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【事件名】出版社のデザイン盗用事件
【年月日】平成12年9月28日
 東京地裁 平成11年(ワ)第13459号 著作権に基づく損害賠償等請求事件
  (口頭弁論終結の日 平成12年7月13日)

判決
原告 平野敬子こと 工藤敬子
右原告訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 市毛由美子
同 前田裕司
同 鈴木隆文
同 大井法子
同 渡邉良平
同 杉浦尚子
同 大江修子
同 古本晴英
被告 株式会社角川書店
右代表者代表取締役 角川歴彦
右被告訴訟代理人弁護士 前田哲男


主文
一 被告は、原告に対し、四二〇万円及びこれに対する平成一一年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決のうち第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、原告に対し、金一一〇〇万円及びこれに対する平成一一年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、その費用をもって、原告のために、株式会社毎日新聞社(東京本社)発行の、毎日新聞の全国版朝刊社会面に、別紙掲載条件で別紙記載の謝罪広告を一回掲載せよ。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
四 仮執行宣言
第二 事案の概要
 本件は、グラフィックデザイナーである原告が、被告出版社(株式会社角川書店)に対して、原告の創作に係る図画について、被告が無断でその一部を切り離して複製し、新たに発行する文庫シリーズ(「角川mini文庫」)のシンボルマークとして、文庫の表紙や新聞雑誌広告、電車中吊り広告等に使用したと主張して、著作権(複製権)侵害を理由とする損害賠償等を求めている事案である。
一 前提となる事実関係(末尾に証拠を掲げた事実のほかは、争いがない。)
1 原告は、「平野敬子」の名称を用いて活動を行っているグラフィックデザイナーであるが、日本グラフィック展年間作家賞新人賞(昭和六三年)、毎日広告デザイン賞第三部最高賞(平成二年)、デザインフォーラム銀賞(平成五年)、東京ADC賞(平成五年、六年、一〇年)、ニューヨークADC賞金賞(平成一〇年)等の受賞歴を有し、東京アートディレクタークラブの会員である(甲一四、二三、二四)。
2 被告は、日本有数の大手出版社であり、角川文庫を始めとする各種文庫を含む図書・定期刊行物の出版・販売を業として行っている。
3 原告は、平成七年二月ころ、羽毛が空中に舞う様子を描いた図画(以下「本件著作物」という)を創作し、被告が出版する書籍「ブラック・ティー」の装丁として本件著作物を複製することを許諾した(別紙1は、本件著作物を複製して作成した書籍「ブラック・ティー」の装丁である。)(甲一の一ないし三)。
4 被告は、本件著作物ないしその複製物をスキャニングしたものを利用して、次のような各標章を作成して、これを使用した。
(一) 本件著作物のうち右上部の羽根を描いた部分(以下「本件著作物羽根部分」という)を切り離して、複製縮小し、横書きした「角川mini文庫」又は「角川カラーmini文庫」の文字と共に約九ミリメートル×八ミリメートルの枠内に配してシンボルマーク(別紙2(一)(二)。以下「被告シンボルマーク」という)を作成し、これを被告発行のミニ文庫シリーズの表紙に付して使用した。右マークの付されたミニ文庫シリーズは、平成八年一一月二七日から同一〇年一一月三〇日までに六一五万一四二七冊が出荷された(甲二、三、四の一ないし三、七の三の一ないし三、乙八、弁論の全趣旨)。
(二) 本件著作物羽根部分の中央部分に横書き又は縦書きした「角川mini文庫」の文字を重ね合わせたマーク(別紙3(一)(二)。以下「被告広告マーク」という)を作成し、これを新聞雑誌広告、駅貼ポスター、電車中吊り広告及び書店備付陳列用ケースに付して使用した。新聞広告は、平成八年一〇月二七日付け朝日、読売の各紙及び同年一二月二八日付け朝日新聞に掲載された。雑誌広告は、同年一一月から同九年二月までに発行された「東京ウォーカー」「月刊ザテレビジョン」「シュシュ」「月刊カドカワ」「月刊あすか」等の雑誌に掲載された。駅貼ポスターは、平成八年一一月二七日から同年一二月三日までの一週間、JRの札幌、仙台、名古屋、大阪、広島、福岡の六駅に合計二四枚掲示された。電車中吊り広告は、同年一一月二七日、二八日の二日間、JR中央線、京浜東北線、山手線、東急、小田急、東武、京王、西武の私鉄各線、札幌、仙台、福岡の各市営地下鉄線などに合計一万枚掲示された。また、書店備付陳列用ケースは、全国の書店に配付され、そのなかには現在も店頭で使用されているものがある。(甲八の一ないし一三、九の一ないし三、一一の一、二、一五の二、三、一五の四の一、一六の一、二)
(三) 新聞広告に、本件著作物羽根部分を横書きした「本日創刊」の文字の背景として使用し(別紙4。以下「被告新聞広告背景」という。なお、以下、被告シンボルマーク、被告広告マーク及び被告新聞広告背景をあわせて「被告マーク」と総称することがある)、これを平成八年一一月二七日付けの読売新聞、朝日、産経、毎日の各紙に掲載した(甲一〇の一)。
二 本件における争点
1 被告による本件著作物の著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否
2 原告の被った損害
三 争点に関する当事者の主張
1 著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否(争点1)について
(一) 原告の主張
 被告は、書籍「ブラック・ティー」の装丁作成のために原告から受領していた本件著作物ないしその複製物を無断でスキャニングして、前記のとおり(前記一4参照)、本件著作物羽根部分を利用して被告マークを作成して、これらを使用したものであり、故意で、本件著作物の一部を複製して改変し、加えて、その際に、本件著作物における空中に舞う柔らかな羽毛の表現を、粗雑なスキャニングにより台無しにしたものであるから、本件著作物の著作権(複製権)を侵害するとともに、著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものである。
 本件著作物の特徴は、本来直線形状である羽根をあえて曲線形状で描き、また、一本の羽根の中で羽毛のばらついている部分とかたまっている部分とを取り混ぜて描くことにより、羽根に当たる空気の流れないし風を感じさせて羽根の柔らかさを表現していることにある。すなわち、羽根の曲がり具合及び羽毛のばらつき具合が、本件著作物の特徴である。被告マークにおいては、いずれも、本件著作物の前記特徴が再現されているものであり、どこにでもある羽根の単なるシルエットとは明らかに異なるものである。
(二) 被告の主張
 本件著作物の表現形式上の本質的な特徴は、「やわらかな羽毛が空中に舞う様子を数枚の羽根相互の間隔と色彩・トーンによって表現したものであること」及びその各羽根を極めて繊細なタッチの線と微妙なトーンによって表現している点にあるが、被告マークにおける羽根の部分においては、@一枚の羽根であるために「空中に舞う様子を数枚の羽根相互の間隔による」表現はそもそも全く再現されておらず、また一枚の羽根の特徴についても、Aスキャニングの解像度が低かったために、細い線による表現の部分が消えたり、潰れたりして輪郭線が大きく変化しているうえ、全体的に線による描画ではなくなり、単なるモノトーンの羽根の形をしたシルエットとなっているため、本件著作物の表現形式上の一つである繊細なタッチの線と微妙なトーンもまた再現されておらず、Bその結果として、被告マークの羽根部分は、本件著作物とは全く異質の、どこにでもある羽根の単なるシルエットになっており、見る者をして本件著作物を想起させてその表現形式上の本質的な特徴を覚知させるに足りないというべきである。よって被告マークの羽根部分は、本件著作物を複製したものではない。
 また、著作者人格権侵害の主張については、前述のとおり、被告マークは、本件著作物とは全く異質な印象を見る者に与えるものであって、これを見た第三者が原告の本件著作物を想起し、それとの同一性ないし類似性に思い至るものではないから、そもそも同一性保持権の侵害が問題となる余地はない。
 原告の主張する故意についていえば、被告マーク作成当時の被告のデザイン担当部署のアルバイトは、被告マークの羽根部分が本件著作物をスキャニングして得たものから作成したこと及びその作成経過を上司等に報告することを失念していた。そのため、被告は本件著作物を許諾を得ず使用していたことは覚知していなかったもので、被告に著作権侵害の故意はない。
2 原告の損害(争点2)について
(一) 原告の主張
(1) 著作権(複製権)侵害による財産上の損害
 著作権法一一四条二項にいう「著作権‥‥‥の行使により通常受けるべき金銭の額」は、本件のようにデザイナーの著作物をシンボルマークとして利用する場合は、デザイナーに対するデザイン料等の一回的対価となるのが一般的である。かかる対価は、通常はデザイナーの技量に対する評価によって決せられる。原告は、日本グラフィック展年間作家賞新人賞、毎日広告デザイン賞第三部最高賞、デザインフォーラム銀賞、東京ADC賞受賞三回、ニューヨークADC賞金賞等の受賞歴があり、日本のデザイン界を背負って立つ若手美術家である。このことは、原告が東京アートディレクタークラブの会員である事実によっても証明されている。同クラブは、全国で一○万から二○万人いるとされている美術家のうちから、厳格な入会審査によりトップレベルの約七○名のみが入会を許されている由緒ある団体であり、特に女性デザイナーでは二○年前に入会した姉妹のデザイナーに次いで三人目の会員である。このレベルのデザイナーは、通常仕事を行うにあたってデザイナーサイドがデザイン料を提示するイニシアティブを持っている。本件マークに相当する場合の原告のデザイン料、すなわち一連の商品群のシンボルとして、商品はもとより広告や販促物等に一貫して用いられるマークの通常のデザイン料は、少なくとも七○○万円を下らない。ちなみに原告は、平成一○年に姫路市のイベント「ひめじウエルカム21」のシンボルマークを制作し、デザイン料として、姫路市の申し出に従い五二五万円(消費税込み)が、原告の主宰する有限会社ヒラノステュディオに支払われている。かかるシンボルマークは、イベントというサービスのマークであるが、ポスター、販促物に使われる点で本件に比することができる。またこの金額であるが、一般に地方自治体その他の公的団体のマークデザインは、予算措置との関係で通常より安い金額とならざるを得ず、デザイナーは、公的団体による公的行事という特殊性にかんがみ、通常より三割程度安いデザイン料でも仕事を引き受けざるをえなかったものであるから、これを逆算すれば、その額が七○○万円を下ることはない。
(2) 著作権・著作者人格権の侵害等による精神的損害
 本件ミニ文庫シリーズは、下品な不倫体験談や射幸心をあおる内容の書籍を含むものであり、そのような内容を示唆する当該書籍の表紙に本件著作物を複製・改変した被告シンボルマークが付されたことによって、原告のデザイナーとしての社会的名誉・名声は大きく傷つけられた。しかも、全国の書店に配布された本件広告マークの付された書店備付陳列用ケースのなかには、現在も店頭で使用されているものがある。
 以上によれば、原告の被った精神的損害を慰謝するに足る金額は、三○○万円を下らない。
(3) 弁護士費用
 原告は、本件事件に関する被告との訴訟前の交渉、本訴提起及びその遂行を原告代理人に依頼した。これに要する弁護士費用のうち、少なくとも一○○万円は、被告の不法行為により原告の被った損害である。
(4) 名誉回復措置
 原告は、被告の不法行為により著しく社会的名誉及び声望を傷つけられ、今後のデザイナーとしての活動に支障が生じているので、かかる名誉及び声望の回復措置として、別紙記載の謝罪広告の掲載を求める。
(二) 被告の主張
(1) 著作権(複製権)侵害による財産上の損害について
ア 原告の主張する「ひめじウエルカム21」の対価五二五万円は、本件において参酌されるべき著作権使用料とはいえない。右金額には、シンボルマークの制作委託対価及び著作権使用料のみならず、ロゴマークの制作委託及びその使用料が含まれているが、このうち本件において参酌されるべきは、シンボルマークの著作権使用料部分のみである。右契約においては、Tシャツ等の販売用キャラクターグッズへの利用をも含めて「ひめじウエルカム21実行委員会」(イベント終了後は姫路市)に使用権を設定するものであるが、キャラクターグッズにおいては、キャラクターそのものの価値が商品の価値に化体するため、商品販売価格に対するロイヤルティ率も高額に設定されるのが一般であって、本件とは利用形態が異なる。また、発注者が公共団体であることから三割程度安く引き受けざるを得なかったとの原告の主張には、何の根拠もない。
イ 著作権法一一四条二項にいう「著作権‥‥‥の行使により通常受けるべき金銭の額」とは、同様の利用形態における客観的な使用料相場の金額である。同条項は、決して著作権者が損害賠償額を自由気ままに設定することを認めるものではない。「客観的な相場」も著作者のランクによって異なることは事実であるから、原告に本件と同様の書籍シリーズのマークの仕事の実績があればその時の金額を、なければ他の著作者の同種事例を参考にして、本件の利用形態における客観的な相場を算定すべきである。
 被告マークの使用とほぼ同時期に、原告と被告との合意によって決定された他の書籍デザインのデザイン料の最高額(平成七年三月三一日初版発行の単行本「捨て色」(玉岡かおる著)の装丁デザイン及び装画のデザイン料)は金一五万四五○○円(消費税込み)であった。このことに、被告が角川ミニ文庫と同程度以上の規模の他の文庫シリーズ(角川スニーカー文庫、角川ホラー文庫等)のマークの作成・使用の対価として他のデザイナー(氏名は明らかにできない)に支払ったデザイン料が最高でも五○万円であることを併せ参酌すると、原告が実績のあるデザイナーであることを最大限考慮しても、被告が同種マークについて他のデザイナーに支払ったデザイン料の三倍(被告が原告に支払った他の書籍デザインのデザイン料の一○倍)である一五○万円を超えないというべきである。
(2) 著作権・著作者人格権の侵害等による精神的損害について
 被告のミニ文庫シリーズに属する書籍のなかに下品又は射幸心をあおるものが含まれているかどうかは、評価を行う者の価値判断の範疇に属する問題であって、一般論として決めつけることはできない。また、仮にミニ文庫シリーズに属する一部の書籍につき下品又は射幸心をあおるという評価を下す者がいたとしても、原告のデザイナーとしての社会的名誉・名声とは全く無関係である。すなわち、前述のとおり、被告マークは、本件著作物の羽根とは全く異質な印象を見る者に与え、どこにでもある単なる羽根のシルエットになっているし、本件書籍に小さく表示される被告マークの一部に右のような羽根の部分が存在するからといって、これを見た第三者が原告の本件著作物を想起し、それとの同一性ないし類似性に思い至るとは到底考えられず、原告のデザイナーとしての社会的名誉・名声が傷つけられるという事実が発生する余地はない。また被告マークは、特定の内容の書籍に付されているのでなく、角川ミニ文庫という一連のシリーズに付されているものであり、その中には様々な内容の書籍が含まれている(宮沢賢治の童話集・詩集や芥川龍之介の作品集も含まれている)から、仮にたまたま人によっては「下品」と評するおそれの皆無とは言い切れない書籍が一部に含まれることがあったとしても、被告マーク自体が下品等という評価を世間から受けることにはならない。
(3) 弁護士費用及び名誉回復措置について
 弁護士費用及び名誉回復措置についての原告の主張は、争う。
第三 当裁判所の判断
一 著作権(複製権)及び著作者人格権(同一性保持権)侵害の成否(争点1)について
 前記事実関係(第二、一参照)によれば、本件著作物は、やわらかな羽毛が空中に舞う様子を数枚の羽根相互の間隔とトーンによって表現したものであり、その各羽根を極めて繊細なタッチの線と微妙なトーンによって表現したという点に特徴があるということができる。被告マークは、本件著作物の一部である本件著作物羽根部分をスキャニングするという制作過程を経て作成されたものであるが、被告マークにおいて表示されている羽根は、いずれも、やわらかな羽毛が空中に舞う様子を極めて繊細なタッチの線と微妙なトーンによって表現しているものであって、本件著作物の表現上の特徴を備え、これを見る者をして本件著作物を覚知させるに足りるものというべきである。
 被告マークにおいては、羽根がモノトーンのシルエットとして表されていることから、それが線描画であることがややわかりにくくなっている点はあるが、被告マークにおいても、繊細なタッチの線と微妙なトーンにより、一枚の羽根が空中に舞う様子や、一枚の羽根が柔らかな羽毛の固まっている根元部分と長い羽毛の伸びている先端部分から成り立っている形状を描いている本件著作物の特徴は再現されているものであって、本件著作物とその特徴を共通にし、見る者をして本件著作物を想起させるものである。右の点を争う被告の主張は、採用できない。
 したがって、被告は、本件著作物の一部を取り出してこれを文字等と組み合わせて被告マークを作成し、これを使用したことにより、本件著作物の著作権(複製権)を侵害するとともに、これを一部改変したものとして、原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害したものというべきである。
 また、被告は、書籍「ブラック・ティー」の装丁作成のために原告から受領していた本件著作物ないしその複製物を無断でスキャニングして被告マークを作成し、これを使用したものであるから、右行為による本件著作物の著作権(複製権)侵害ないし著作者人格権(同一性保持権)侵害につき、少なくとも過失があったことは明らかである。
二 原告の損害(争点2)について
1 著作権(複製権)侵害による財産上の損害
(一) 前記の事実関係(第二、一参照)及び証拠(甲一四、二二の一、二、二三、二四)によれば、原告は、日本グラフィック展年間作家賞新人賞、毎日広告デザイン賞第三部最高賞、デザインフォーラム九三銀賞、東京ADC賞受賞三回、ニューヨークADC賞金賞等の受賞歴があり、東京アートディレクタークラブというトップレベルのデザイナー約八〇名からなる団体の会員であるなど、実績ある若手美術家であること、平成一○年八月に、原告の主宰する有限会社ヒラノステュディオと姫路市は、同市主催のイベント「ひめじウエルカム21」のシンボルマーク及びロゴタイプの制作を原告に委託する旨の委託契約を締結し、その対価(委託料)として、姫路市から同会社に五二五万円(消費税及び地方消費税を含む)が支払われていることが認められる。ちなみに、右契約に基づいて制作されたシンボルマーク及びロゴタイプについては、ロゴタイプが通常の太ゴシック体の活字に若干の特色を加味したものにすぎないのに対して、シンボルマークは創作性の高いデザインであり、右イベントの広報宣伝物や販売グッズにおいても、シンボルマークを主とする取扱いがされている。
 他方、証拠(甲一の一ないし三、乙一二の一ないし三、一三の一及び二、一四の一ないし一〇、一五の一ないし一〇、一六の一及び二、一七の一ないし三)によれば、被告が、平成七年三月二○日初版発行の書籍「ブラック・ティー」(山本文緒著)の装丁イラストデザインの作成を原告に依頼した際の対価が一〇万〇三〇〇円(消費税込み)であったこと、同年三月三一日初版発行の単行本「捨て色」(玉岡かおる著)の装丁デザイン及び装画の作成を原告に依頼した際の原告被告間で合意されたデザイン料は一五万四五○○円(消費税込み)であったこと、平成九年一二月二五日初版発行の文庫版「捨て色」(玉岡かおる著)のカバーデザインの作成を原告に依頼した際に原告被告間で合意されたデザイン料は一○万円(消費税込み、一○パーセントの源泉徴収後の実振込金額)であったこと、被告は被告が発行する雑誌「本の旅人」の平成一○年四月号から平成一一年一月号までの各号について、同雑誌に掲載された連載小説のイラストの作成を原告に依頼したが、その際に原告に支払われたデザイン料はイラスト一点につき一万円(消費税別、源泉徴収前金額)であり、各号のイラスト数が二点ないし三点であったため、月によって支払金額が二万円ないし三万円であったこと、被告がその刊行していた雑誌「野性時代」の平成七年四月号に掲載された小説のイラストの作成を原告に依頼した際に支払われたデザイン料はイラスト一点につき一万五○○○円(消費税別、源泉徴収前の金額)であり、イラスト数が三点であったため四万五○○○円(消費税別、源泉徴収前の金額)が原告に支払われたこと、が認められる。
(二) 著作権法一一四条二項は、著作権者は、故意又は過失によりその著作権を侵害した者に対し、当該著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、賠償を請求することができる旨を規定する。一般に、著作物は著作者の個性がその内容に反映することから、特許権等の工業所有権と異なり、一般的な許諾料の水準を定めることは困難であるが、本件のような商業デザインの場合には、許諾料の額は、デザイナー個人の技量のみならず、当該デザイナーの過去の実績や社会的評価等により大きく異なる。同条項にいう「著作権‥‥‥の行使により通常受けるべき金銭の額」は、基本的には、当該著作者の過去における同種の著作物の使用料の額を参酌して算定するのが相当である。
 本件においては、シンボルマークの制作とその使用の対価という点では、原告が平成一○年八月に姫路市主催のイベント「ひめじウエルカム21」のシンボルマーク等の制作及び使用などの対価として五二五万円の支払を受けたことを考慮すべきである(イベントである「ひめじウエルカム21」と文庫シリーズである本件とでは、たしかに性格の異なる点もあるが、前記のとおり、「ひめじウエルカム21」の委託契約は原告によるシンボルマークの制作とその使用許諾を主要な内容にするものであり、また、右イベントが地域的な催しで限られた期間で終了するのに対して、本件における文庫シリーズは、日本全国を対象地域として長期間にわたって販売が継続されるという点では、シンボルマークの制作・使用により依頼者が受ける利益は大きいから、右イベントの対価の額が本件における使用料相当額に比べて過大であるということはできない)。もっとも、原告と被告との間では、昭和六三年から平成一一年までに、被告の発行する書籍の装丁、ブックカバーのデザイン、月刊誌に掲載された小説のイラストの作成に関して前記のとおりの報酬が支払われているところ、その最高額が一五万四〇〇〇円であり(もっとも、これらは単行本ないし文庫一点のデザインや月刊誌の小説イラストであり、その性質上、本件における使用料相当額に比べるとはるかに低額というべきである)、これらの点をも併せ考慮すれば、本件における被告の侵害行為に対応する本件著作物の使用料相当額は、三〇〇万円をもって相当というべきである。
(三) この点に関して、被告は、被告がミニ文庫シリーズと同程度以上の規模の他の文庫シリーズのマークの制作及び使用に他のデザイナーに支払ったデザイン料が最高でも五○万円であることなどを挙げて、本件における使用料相当額が一五〇万円を超えることはないと主張する。なるほど、証拠(乙四、五、九)によれば、昭和六三年から平成一一年にかけて被告において新たに発行を開始した文庫シリーズについていえば、平成二年二月から発行が開始された「角川ルビー文庫」(平成九、一〇年度の製作数約三八〇万部)は三〇万円、同五年四月から発行が開始された「角川ホラー文庫」(同じく七七〇万部)は五〇万円、同一一年四月から発行が開始された「スニーカー文庫」(同じく八五〇万部)は一〇万円が、マークの制作及び使用の対価として支払われていることなどが認められ、最高額でも右のホラー文庫の五〇万円である。しかし、右各文庫シリーズのマークは、本件における被告マークとは異なる印象を与えるデザインであって(例えば、ホラー文庫のマークはアルファベットの「h」の文字を図案化したものである)、創作性の点で同列に論ずることができないばかりでなく、本件のミニ文庫シリーズにおけるのと同様の規模での宣伝広告がこれらの文庫についてもされたのかどうかも明らかでない。そして何よりも、これらの文庫シリーズのマークの制作を担当したデザイナーの氏名、業績、社会的評価等については何ら明らかにされていないのであるから、これらの文庫シリーズのマークの制作の対価として支払われた額を根拠として、本件著作物の使用料相当額についての前記認定を、過大ということはできない。
2 著作権・著作者人格権の侵害等による精神的損害
 前記の事実関係(第二、一参照)によれば、被告は、本件著作物の一部を切り離して、複製縮小し、これを文字等と組合わせて被告マークを作成した上で、これをミニ文庫シリーズに属する書籍の表紙に付し、また、ミニ文庫シリーズの広告等に付して使用したものであって、被告の右行為により、原告は、本件著作物を一部改変された上で、その意に反する形でこれを使用されたものと認められる。右のとおり、原告は、本件著作物につき、意に反して改変された上で、大規模な宣伝広告において使用されたものであり、加えて、証拠(甲七の二の一、一六の一、二、二四)によれば、ミニ文庫シリーズは書店の買取りとされていることから、原告による抗議がされた後も、既に店頭に並んでいた書籍については回収されず、また、書店に配付された書店備付陳列用ケースのなかには現在も店頭で使用されているものがある。
 この点に関して、原告は、下品な不倫体験談や射幸心をあおる内容の書籍を含む本件ミニ文庫シリーズに被告マークが使用されたことにより、原告のデザイナーとしての社会的名誉が害されたと主張するが、証拠(甲二、三、四の一ないし三、七の二の一ないし五、七の三の一ないし三、八の二ないし一三、一〇の一、二)によれば、ミニ文庫シリーズは、特定の分野に限定することなく、小説、随筆、ドキュメンタリー、実用等の広い範囲の書籍を含むものであって、たしかに書籍のなかには不倫体験やギャンブル必勝法の類を内容とするものもあるが、他方では、宮沢賢治、芥川龍之介、坂口安吾、横溝正史、寺山修司、五木寛之、森瑤子、森村誠一、赤川次郎等の作家の作品もあり、ミニ文庫シリーズがこのように広範なジャンルの作品を含んでいることに照らせば、本件著作物がミニ文庫シリーズに使用されたという事実から直ちに原告のデザイナーとしての社会的名誉が害されたということはできない。
 以上の点に加えて、本件全証拠により認められるその余の諸般の事情を併せて総合考慮すれば、被告の行為により原告が被った精神的損害を慰謝するに足りる額としては、五〇万円をもって相当と認める。
3 弁護士費用
 本件における原告の請求の内容、本件事案の性質、本件訴訟の審理経過その他の事情を総合考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係あるものとして被告に負担させるべき弁護士費用としては、七〇万円をもって相当と認める。
4 名誉回復措置
 右に認定した被告による不法行為の態様、原告の被った精神的損害の内容その他、本件における一切の事情を総合考慮すると、本件においては、前記の損害賠償に加えて被告に謝罪広告を命ずるまでの必要性は存しないものと認められる。
三 以上によれば、原告の請求は、四二〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第四六部
 裁判長裁判官 三村量 一
 裁判官 村越啓悦
 裁判官 中吉徹郎


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