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【事件名】昭和天皇コラージュ訴訟事件(2)
【年月日】平成12年2月16日
 名古屋高裁金沢支部 平成11年(ネ)第17号 国家賠償等請求控訴事件
 (原審・富山地裁平成6年(ワ)第242号)
 (平成11年12月20日 口頭弁論終結)

判決
第一審原告 別紙当事者目録記載のとおり
右28名訴訟代理人弁護士 中北龍太郎
第一審被告(被控訴人・控訴人) 富山県
右代表者知事 中沖豊
第一審被告(被控訴人) 富山県教育委員会教育長 橋本清
右両名訴訟代理人弁護士 細川俊彦
右両名指定代理人 山本勇宰
同 金森達雄
同 林清文
同 荒木康


主文
一1 原判決中、第一審被告富山県の敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人である第一審原告らの第一審被告富山県に対する請求を棄却する。
二 第一審原告らの控訴をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 第一審原告ら
(控訴の趣旨)
1 原判決中、第一審原告らの敗訴部分を取り消す。
2 第一審被告富山県、第一審原告大浦信行に対し金一〇〇万円、第一審原告大浦信行を除く第一審原告ら各自に対し金一〇万円、及び右各金員に対する平成六年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 第一審被告富山県教育委員会教育長のした、第一審原告大浦信行が製作した「遠近を抱えて」と題する連作版画7、8、9、10の売却処分及び「86'富山の美術」と題する図録の焼却処分が無効であることを確認する。
4 第一審被告富山県教育委員会教育長は右版画を買い戻し、右図録を再発行せよ。
5 訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。
6 第2項につき仮執行宣言
(第一審被告富山県の控訴の趣旨に対する答弁)
1 第一審被告富山県の第一審原告(控訴人・被控訴人)らに対する控訴を棄却する。
2 控訴費用は同第一審被告の負担とする。
二 第一審被告ら
(第一審被告富山県の控訴の趣旨)
1 主文第一項と同旨
2 訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。
(第一審原告らの控訴の趣旨に対する答弁)
1 主文第二項と同旨
2 控訴費用は第一審原告らの負担とする。
第二 事案の概要
一 本件は、第一審原告大浦信行(以下「第一審原告大浦」という。)の製作した「遠近を抱えて」と題するコラージユと呼ばれる手法を用いた連作版画7、8、9、10(以下「本件作品」という。)を収蔵していた富山県立近代美術館(以下「県立美術館」という。)が、本件作品及び本件作品等を収録した図録(以下「本件図録」という。)を非公開、本件図録を非売品とし(以下、まとめて「本件非公開措置」という。)、さらに、本件作品を他に売却し(以下「本件売却」という。)、本件図録を焼却した(以下「本件焼却」という。)ことから、第一審原告大浦は表現の自由を侵害されたなどと主張し、その他の第一審原告らは知る権利を侵害されたなどと主張して、第一審被告富山県(以下「第一審被告県」ともいう。)に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を求めるとともに、第一審被告富山県教育委員会教育長(以下「第一審被告教育長」という。)に対し、本件売却及び本件焼却の無効確認並びに本件作品の買い戻し及び本件図録の再発行を求めた事案である。
 原審は、第一審原告ら(原判決時の原告数は三五名)の第一審被告県に対する請求につき、第一審原告佐伯利丸につき金三万円、第一審原告浅見克彦、同太田俊男、同岡山寛、同柏木美枝子、同木下忠親、同佐伯篤子、同澤田陽子、同三橋秀子、同宮崎俊郎及び同胸永等につきそれぞれ金二万円、及び右各金員に対する平成六年九月一七日 (訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、右第一審原告ら一一名のその余の請求及びその他の第一審原告らの請求を棄却し、第一審原告らの第一審被告教育長に対する訴えについてはこれをいずれも不適法として却下した。そこで、第一審原告ら(二八名)及び第一審被告富山県がそれぞれの敗訴部分を不服として本件各控訴に及んだ。
二 当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる前提事実
(1 当事者等、2 本件作品及び本件作品の県立美術館における展示、購入の経過等、3 富山県議会における議員の発言、4 本件作品、本件図録の廃棄等を求める動き、5 本件非公開措置並びに本件売却及び本件焼却に至る経過、本件作品及び本件図録の公開を求める動き)は、原判決「第二事案の概要」の二に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 本件の争点(1 無効確認訴訟の適法性、2 義務付け訴訟の適法性、3 本件非公開措置並びに本件売却及び本件焼却の違法性、4 第一審被告県の責任、5 第一審原告らの損害)及び争点に関する各当事者の主張は、第一審原告ら及び第一審被告県の控訴理由の要旨を次のとおり付加するほかは原判決「第二 事案の概要」の三に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六五頁七行目末尾に「また、県立美術館長は平成五年一月一三日に同美術館内で職員その他の者に対し「(本件作品の公開は)一般県民の感情からいって好ましくないし、皇室に対しても尊厳を損なう作品は公開できない」と発言した。」と付加し、同一〇八頁末行目「知る権利」とあるのを「特別観覧する権利」と改め、同一一五頁六行目末尾に「特に第一審原告小倉、同柏木、同佐伯篤子は、最終的には、本件売却処分が理由となって本件作品を特別観覧できなかった。」と付加する)。
(第一審原告らの控訴理由の要旨)
1 原判決は、第一審原告らの第一審被告教育長に対する本件売却及び本件焼却の無効確認訴訟について、本件売却及び本件焼却は行政庁の処分には当たらないとして、右訴えは不適法であると判断したが、原審で詳述したとおり、第一審原告らは本件作品に対する特別観覧請求権及び本件図録の閲覧請求権を有しており、それに加えて、第一審原告大浦は一市民に本件作品を鑑賞してもらう権利をも有しているのであるから、本件売却及び本件焼却は第一審原告らの権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている場合に該当するものとして抗告訴訟の対象となる「処分性」が認められるべきである。したがって、本件売却及び本件焼却についての「処分性」を否定して、右無効確認請求に係る訴えを不適法とした原判決の判断は誤っている。
2 原判決は、第一審原告らの第一審被告教育長に対する本件作品の買い戻し及び本件図録の再発行を求める訴訟について、義務付け訴訟の要件である義務の「明白性」を欠くとして、右訴訟は不適法であると判断したが、美術館の市民に対する義務(市民の作品・図録鑑賞権を保障するために適性に作品・図録を保管すべき責務)に照らせば、右訴訟は義務付け訴訟の要件である義務の「明白性」の要件を充足していることが明らかであるから、この点の原判決の判断は誤っている。
3 原判決は、第一審原告大浦の名誉侵害に基づく損害賠償請求について、同第一審原告の主張を排斥して、同人の名誉毀損ないし名誉感情侵害の事実を認めなかったが、この点の原判決の判断は誤っている。
4 原判決は、本件売却及び本件焼却に違法はない旨判断したが、仮に県立美術館の所蔵品の売却や焼却に富山県教育委員会(以下「県教育委員会」という。)や県立美術館長の裁量に委ねられる面があるとしても、本件売却及び本件焼却は作品破棄等要求団体の攻撃を恐れるという極めて不合理な理由で行われたものであり、その裁量権を著しく逸脱するものとして違法であるから、この点の原判決の判断は誤っている。
(第一審被告富山県の控訴理由の要旨)
 原判決は、県立美術館が本件作品及び本件図録を非公開としたこと、即ち本件作品については特別観覧許可申請に対する県教育委員会による不許可、本件図録については県立美術館長による閲覧の拒否が違法であるとして、第一審原告(控訴人兼被控訴人)佐伯利丸ら一一名についての第一審被告県に対する損害賠償請求を一部認容した。しかし、本件作品等の公開について一般市民が有する権利はせいぜい「見る権利」に留まり、憲法上保障された「知る権利」ではない(富山県立近代美術館条例七条の定める特別観覧制度は、特別観覧の手続を定めたものにすぎず、知る権利を具体化するものではない。)から、原判決がこの点について「美術館が管理運営上の障害を理由として作品及び図録を非公開とすることができるのは、利用者の知る権利を保障する重要性よりも、美術館で作品及び図録が公開されることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避、防止することの必要性が優越する場合であり、その危険性の程度としては、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、客観的な事実に照らして、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である。」と判断したのは厳格に過ぎて不当であるし、仮に右の基準を適用したとしても、本件においては、原審で主張した客観的事実に照らして県立美術館の管理運営上の障害として差し迫った危険の発生が具体的に予見されており、また本件作品は昭和天皇の人格権を侵害する疑いがあったのであるから、本件作品及び本件図録を非公開としたこと(観覧等を拒絶したこと)には地方自治法二四四条二項に定める「正当な理由」があり、これを違法とした原判決はこの点の判断を誤っている。
第三 当裁判所の判断
一 争点1(第一審原告らの第一審被告教育長に対する本件売却及び本件焼却の無効確認訴訟の適法性)について当裁判所も、右の無効確認訴訟は不適法であると判断するが、その理由は、原判決一一六頁二行目から一一八頁九行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
二 争点2(第一審原告らの第一審被告教育長に対する本件作品の買い戻し及び本件図録の再発行を求める訴訟の適法性)について 当裁判所も、右の訴訟(義務付け訴訟と解される)は不適法であると判断するが、その理由は、原判決一一八頁末行目から一二一頁末行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
三 争点3(本件非公開措置等の違法性の有無)について
1 第一審原告大浦に対する違法性の有無について
 当裁判所も、本件非公開措置等は第一審原告大浦に対する関係で違法性があるとは認められないから、第一審原告大浦の第一審被告県に対する損害賠償請求は理由がないと判断するが、その理由は、次に付加訂正するほか原判決一二三頁四行目から一二七頁八行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
(一)原判決一二四頁四行目「これを」から同頁八行目末尾までを、「これを芸術上の表現活動の自由についていえば、芸術家が作品を製作して発表することについて公権力がこれを妨げることは許されないが、公権力に対し、芸術家が自己の製作した作品を発表するための作為、たとえば、展覧会での展示、美術館による購入等を求める憲法上の権利を有するものではないといわなければならない。」と改める。
(二)原判決一二五頁初行目から二行目にかけて「公開を求めることはできないのであるから、」とあるのを「公開を求める憲法上の権利はない(私法上も第一審原告大浦は本件作品を昭和六一年三月に第一審被告県へ売却(代金合計二〇万円)したことによってその所有権を喪失しているところ、右売却の際に購入者との間で本件作品の公開を義務付け、あるいは他への売却を禁じるような特約が締結された形跡は窺えない。)のであるから、」と改める。
(三)原判決一二六頁八行目「理由が公表されたことによって、」とあるのを「理由が公表されたこと、あるいはそのころの県立美術館長の発言などによって」と改め、同一二七頁一行目から二行目にかけて「公表された理由は、」とあるのを「公表された理由や前記県立美術館長の発言は、」と改める。
(四)原判決一二七頁七行目末尾に行を改めて、「原審における第一審原告大浦本人の供述も右の判断を左右しない。」と加える。
2 第一審原告大浦以外の第一審原告らに対する違法性の有無について
 当裁判所は、本件非公開措置等は第一審原告大浦以外の第一審原告らに対する関係でも違法性があるとは認められないから、右第一審原告らの第一審被告県に対する損害賠償請求は理由がないと判断するが、その理由は、以下のとおりである。
(一)第一審原告らは、本件非公開措置によって、本件作品を鑑賞し、本件図録を閲覧する権利を侵害された旨主張するので、まずこの点について検討する。
 本件の富山県立近代美術館は、前記第二の二(原判決引用)のとおり、昭和五六年に開館し、国内外における二〇世紀美術の流れを展望するとともに、郷土美術の伝統をたしかめ発展させることを基本姿勢とし、二一世紀をめざして、新しい創造の可能性を見いだすにふさわしい文化拠点としての役割を果たすことを運営の基本方針とし(甲一三の二)、美術品等を収集、保管、展示することや、美術に関する案内書、解説書、目録、図録、年報、調査報告書等を作成し、頒布する事業を行い(富山県立近代美術館条例四条(1)、(4)、甲一三の三)、入館者は、常設展示室及び企画展示室において展示している美術品を観覧することができるほか、県教育委員会の許可を受けて、展示又は保管している美術品について学術研究等のために模写、模造、撮影等の特別観覧をすることができ、県教育委員会は、美術品の管理のために必要な範囲内で条件を付すことができるとされている(同上例七条一、二項)。そして、特別観覧をしようとする者は、特別観覧をしようとする日の七日前までに、特別観覧許可申請書を第一審被告教育長に提出しなければならないとされている(同条例施行規則四条一項、甲一三の一)。
 県立美術館についての右の美術品の特別観覧に係る条例等の規定は、美術館の開設趣旨やその規定の仕方、内容に照らしても、第一審原告らが主張するように憲法二一条が保障する表現の自由あるいはそれを担保するための「知る権利」を具体化する趣旨の規定とまで解することは困難である。しかしながら、県立美術館は地方自治法二四四条一項にいう公の施設に当たり、県立美術館が所蔵する美術品を住民が特別観覧することは、公の施設を利用することにほかならないから、県教育委員会は、地方自治法二四四条二項に定める正当な理由がない限り、住民のした特別観覧許可申請を不許可とすることは許されないと解すべきである。
 また、前記美術館条例には図録について閲覧を認める規定は存在しないが、前記のとおり図録の作成頒布が県立美術館の事業の一つとされており、県立美術館は地方自治法二四四条一項にいう公の施設に当たり、県立美術館が所蔵する図録を住民が閲覧することも公の施設を利用することにほかならないから、県立美術館の管理者は、地方自治法二四四条二項に定める正当な理由がない限り、住民が図録を閲覧することを拒んではならないものと解される。
 そこで、県教育委員会による本件作品の特別観覧許可申請の不許可、県立美術館及び県教育委員会による本件図録の閲覧の拒否について、地方自治法二四四条二項の「正当な理由」が認められるか否かについて検討するに、県立美術館としては、購入・収蔵している美術品や自ら作成した美術品の図録については、前記特別観覧に係る条例等の規定を「知る権利」を具体化する趣旨の規定と解するか否かにかかわらず、観覧あるいは閲覧を希望する者にできるだけ公開して住民への便宜(サービス)を図るよう努めなければならないことは当然であるが、同時に美術館という施設の特質からして、利用者が美術作品を鑑賞するにふさわしい平穏で静寂な館内環境を提供・保持することや、美術作品自体を良好な状態に保持すること(破損・汚損の防止を含む。)もその管理者に対して強く要請されるところである。これらの観点からすると、県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性が客観的に認められる場合には、管理者において、右の美術品の特別観覧許可書を不許可とし、あるいは図録の閲覧を拒否しても、公の施設の利用の制限についての地方自治法二四四条二項の「正当な理由」があるものとして許される(違法性はない)というべきである(この点について、原判決が示した「美術館が管理運営上の障害を理由として作品及び図録を非公開とすることができるのは、利用者の知る権利を保障する重要性よりも、美術館で作品及び図録が公開されることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避、防止することの必要性が優越する場合であり、その危険性の程度としては、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、客観的な事実に照らして、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要である」との基準は、憲法二一条が保障する「集会の自由」を制約するおそれのある事案については相当であるが、本件のような美術品及びその図録の観覧あるいは閲覧に関する事案については厳格に過ぎて相当でないというべきである)。
 そこで、右の本文の基準に従って本件作品及び本件図録の本件非公開措置が県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性が客観的に認められる場合に該当するか否かについて検討する。本件においては前記第二の二(原判決引用)のとおり、本件作品及び本件図録の公開について、県立美術館等に対し、執ような抗議、抗議文の送付、県立美術館館長等との面談の要求、本件作品等の廃棄や県立美術館長の辞任等を求める右翼団体による街宣活動、富山県立図書館における本件図録の破棄事件、県知事に対する暴行未遂事件などが相次いで発生しており、さらに、公開派による本件非公開措置に対する抗議行動があったのであるから、これらの状況のもとで本件作品及び本件図録を公開(図録の販売も含む)した場合には、県立美術館の管理者としては本件作品の特別観覧者及び本件図録の閲覧者を含めた利用者に平穏で静寂な環境を提供・保持する要請を満たすことができなくなる可能性が多分にり、また、特別観覧制度を利用して本件作品を損傷しようとする者が紛れ込む可能性が否定できない状況にあったというほかははないから、県立美術館の管理運営上の支障を生じる蓋然性が客観的に認められる場合に該当するものと認めるのが相当である。
 そうすると、その余の点について検討するまでもなく、本件非公開措置には、地方自治法二四四条二項に定める「正当な理由」が有るというべきであるから、違法性は認められず、本件非公開措置の違法を前提とする第一審原告ら(前記第二の二(原判決引用)のとおり、第一審原告佐伯利丸、同浅見、同太田、同岡山、同柏木、同木下、同佐伯篤子、同澤田、同三橋、同宮崎及び同胸永は、県教育委員会に対して本件作品の特別観覧許可申請をしたが、県教育委員会がこれらをいずれも不許可としたため、本件作品の特別観覧をすることができなかった者であり、右第一審原告佐伯利丸ら一一名を除く第一審原告らは、本件作品の特別観覧を希望し、本件作品等の公開を求める署名用紙に署名したり、県立美術館や県教育委員会に出向き公開を請求したりしていたものの、本件作品の特別観覧許可申請をすることはしなかった者であり、第一審原告佐伯利丸は本件図録の閲覧を求めたが、これが拒否されたため、本件図録を閲覧することができなかった者である。)の第一審被告県に対する損害賠償請求は理由がない(なお、第一審被告県は、本件作品が昭和天皇の人格権を侵害する疑いがあったことを本件非公開措置が正当であることの一理由として主張するが、右主張が理由がないことは原判決一三五頁四行目から一三七頁末行目までの説示のとおりである)。
(二)第一審原告らは、さらに、本件売却及び本件焼却により、本件作品を鑑賞し、本件図録を閲覧する権利を侵害された旨主張するので、この点について検討する。
 県立美術館による美術品の取得ないし処分、図録の発行ないし処分等に関しては、前記二(原判示引用)のとおり、美術品の取得、処分等の手続について富山県会計規則及び富山県立近代美術館美術品管理要綱に規定がある(乙二、九)ほかは、美術品の取得ないし処分、図録の発行ないし処分等についての法令の規定は存在しないこと、これらの事項については、その性質上、美術品に関する高度な専門的判断が必要であることからすると、県教育委員会及び県立美術館長の広範な裁量に委ねられているものと解するほかはない。この点、本件作品及び本件図録についての本件非公開措置が、県立美術館の利用者に対する一時的な利用制限(観覧あるいは閲覧制限)であるのに対し、本件作品の売却及び本件図録の焼却はこれらの行為によって、少なくとも県立美術館においては本件作品及び図録の観覧あるいは閲覧希望者が将来に渡ってこれを観覧・閲覧することを不可能にする行為であるから、県立美術館の利用者に対する影響は本件非公開措置以上に大きい面があることは否定し得ないところであるが、美術館がどのような作品を購入し、保持するか否かの問題と美術館が所蔵する美術品をどのような場合に公開しないことができるかの問題とを比較すれば、その性質上前者の方が後者に比較して美術館側の裁量の余地が大きくてもいたしかたないと解されるから、右の点も前記の判断を左右しない。
 そして、本件売却及び本件焼却については、前記美術館美術品管理要綱(八条)及び富山県会計規則(一三一条)に定められた手続を経てなされており、今までに検討した本件の事実経過からすると、県教育委員会及び県立美術館長がその裁量を逸脱して本件作品を売却し、本件図録を焼却したものとまで認めることはできない(第一審原告らが指摘するように、作品破棄等要求団体の攻撃を恐れたことも本件作品を売却し、本件図録を焼却した理由の一つであることが否定できないとしても、そのことをもってただちに県教育委員会及び県立美術館長がその裁量を逸脱したとまで認めることは相当でない)。その他、県教育委員会及び県立美術館長がその裁量を逸脱したことを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件売却及び本件焼却を違法なものとまでいうことはできないから、この点についての第一審原告らの主張は採用できず、本件売却及び本件焼却の違法を前提とする第一審原告らの第一審被告県に対する損害賠償請求は理由がない。
四 以上のとおりであるから、第一審原告らの本訴各請求中、第一審被告県に対する請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり、第一審被告教育長にする請求に係る訴えはいずれも不適法として却下すべきである。
第四 よって、原判決中、右と異なり第一審原告(控訴人兼被控訴人)らの第一審被告富山県に対する損害賠償請求を一部認容した部分は相当でないから、第一審被告富山県の控訴に基づき右部分を取り消した上、右第一審原告らの第一審被告富山県に対する請求を棄却し、第一審原告らの控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所金沢支部第1部
 裁判長裁判官 窪田季夫
 裁判官 気賀澤耕一
 裁判官 本多俊雄


(別紙)
当事者目録
第一審原告(控訴人) 青山正二
第一審原告(控訴人・被控訴人) 浅見克彦
第一審原告(控訴人) 池田龍雄
第一審原告(控訴人) 大浦信行
第一審原告(控訴人・被控訴人) 太田俊男
第一審原告(控訴人・被控訴人) 岡山寛
第一審原告(控訴人・被控訴人) 佐伯利丸
第一審原告(控訴人) 小倉正史
第一審原告(控訴人・被控訴人) 柏木美枝子
第一審原告(控訴人) 勝山敏一
第一審原告(控訴人) カラ・ベッシャー
第一審原告(控訴人・被控訴人) 木下忠親
第一審原告(控訴人) 日下正秀
第一審原告(控訴人) 久保ゆかり
第一審原告(控訴人) 小澤浩
第一審原告(控訴人・被控訴人) 佐伯篤子
第一審原告(控訴人・被控訴人) 澤田陽子
第一審原告(控訴人) 中河伸俊
第一審原告(控訴人) 温井昭典
第一審原告(控訴人) 野村昌生
第一審原告(控訴人) 針生一郎
第一審原告(控訴人) 福住治夫
第一審原告(控訴人) 水谷敬
第一審原告(控訴人・被控訴人) 三橋秀子
第一審原告(控訴人・被控訴人) 宮崎俊郎
第一審原告(控訴人・被控訴人) 胸永等
第一審原告(控訴人) 八木勝自
第一審原告(控訴人) 山内美智子
 (以上28名)
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