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【事件名】「週刊文春」の少年法違反事件
【年月日】平成11年6月30日
 名古屋地裁 平成9年(ワ)第5034号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論の終結日 平成11年5月19日)

判決
原告 甲野太郎
被告 株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役 安藤満
右訴訟代理人弁護士 古賀正義
同 小野晶子
同 石橋達成


主文
一 被告は、原告に対し、金三〇万円及びこれに対する平成九年七月三一日から支払済みまで年五分割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第一 原告の請求
一 被告は、原告に対し、一〇〇万円びこれに対する平成九年七月二四日から払済みまで年五分の割合による金員を支え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 一項につき仮執行宣言
第二 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、被告の発行する週刊誌の記事が、原告の名誉を毀損しプライバシーを侵害したとして、不法行為の損害賠償請求権に基づき、慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為日と主張する平成九年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 前提となる事実(後掲各証拠で認定するほかは、当事者間に争いがない。)
1(一)原告は、昭和五〇年一〇月生まれで、現在、殺人罪などで名古屋地方裁判所に第一審が係属中の刑事被告人である。
(二)被告は、図書及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、「週刊文春」と題する週刊誌を発行している。
2(一)被告は、平成九年七月一七日発売の同月二四日号の「週刊文春」(以下「本件週刊誌一」という。)誌上に、別紙一のとおり、「『少年』にわが子を殺されたこの親たちの悲鳴を聞け、長良川リンチ殺人、名古屋アベック殺人、山形マット殺人」と題して、長良川リンチ殺人に関する記事(以下「本件記事一」という。)を掲載した。右記事では、「平成六年十月、愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人がおきた。」、「乙山さんと友人一人を鉄パイプや角材で滅多打ちにして撲殺、遺体を遺棄した。結局犯人グループは四件の殺人を犯している。」と記載し、被害者乙山の父親が語る会話方式で、長良川リンチ殺人の被告人らに反省の様子がなく、「事件から今日に至るまで、どの被告の保護者からも謝罪の言葉ひとつないんです。」と記載したが、犯人に関しては、「シンナーを媒介に集まった犯人グループ(十六歳から二十一歳までの八人)」、「犯人グループの主犯格Kは昭和五十年生まれ(当時19歳)と記載し、氏名等は記載していない。
(二)被告は、平成九年七月三一日発売の同年八月七日号の「週刊文春」(以下「本件週刊誌二」という。)誌上に、別紙二のとおり、「『少年犯』残虐」と題して、長川リンチ殺人に関する記事を掲載し、原告について「乙埜他朗」という仮名を用い、犯行当時一九歳であり、「法廷で着替えて主役を気取る」、「犯人少年には全く反省がない」、「乙山さんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」などと記載した(以下「本件記事二」という。)。
二 争点
1 本件記事一は、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するか。
(原告の主張)
(一)本件記事一の次の記載は、いずれも虚偽である。なお、本件記事一は、犯人グループの犯行として記載しているが、このグループに、原告も含まれている以上、原告の周りの人や事件を知る人には、原告の犯行であることがわかり、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害する。
(二)被告は「平成六年十月、愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人がおきた。」と記載して、原告が連続して一府三県で四件もの強盗殺人を犯したかのように断定している。しかし、原告は、起訴されている後記長良川事件以外に、強盗殺人罪を犯しておらず、虚偽である。
(三)被告は「乙山さんと友人一人を鉄パイプや角材で滅多打ちにして撲殺、遺体を遺棄した。」と記載しているが虚偽である。すなわら、原告が乙山の脈を測ったときにはまだ脈が残っていたので、原告が現場から立ち去ったときに乙山は生きていた。したがって原告は死体を遺棄していない。このことは、起訴されている罪名に死体遺棄罪がないことからも明らかである。
(四)「どの被告の保護者からも謝罪の言葉ひとつない。」との記載は、原告には家族といえる者もいないのに、あたかも原告には両親がいて、居もしない両親から謝罪もないと記されているものであり、虚偽である。
(被告の主張)
(一)本件記事一は、犯罪に関するものであり、被告は、右記事を、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で掲載し、各記載内容は次のとおり真実であるから違法性がない。しかも、本件記事一は、犯人グループについての記載であり、原告とのつながりを記載上窺うことができない。
(二)「平成六年十月、愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人がおきた。」との記載は、真実である。
 すなわち、原告は、平成六年九月二八日発生の丙川竹夫を被害者とする殺人、死体遺棄事件(以下「大阪事件」という。)、同年一〇月六日発生の戊田夏夫を被害者とする傷害、殺人事件(以下「木曽川事件」という。)、同月七日発生の丙山冬夫及び乙山一郎を被害者とする各監禁、強盗殺人事件、並びに乙野秋夫を被害者とする監禁、強盗致傷事件(以下「長良川事件」という。)について、いずれも共犯として実行行為に関わっている。
 右によると、丙山及び乙山を被害者とする長良川事件は強盗殺人事件である。そして、大阪事件は大阪府、高知県にまたがる事件、木曽川事件は愛知県内、長良川事件は愛知県、岐阜県、大阪府にまたがる事件であることから、犯罪の広域性を表現し、法定刑の最も重い強盗殺人罪を挙げて、「平成六年十月、愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人がおきた。」と記載したことが不当とはいえない。
(三)「乙山さんと友人一人を鉄パイプや角材で滅多打ちにして撲殺、遺体を遺棄した。」との記載は、真実である。遺体を遺棄したとの記載については、死体遺棄罪の構成要件をほぼ充足する事実関係があった。検察官が死体遺棄罪の立件を見送ったのは、乙山の死亡時期が判然としないために過ぎない。
(四)「どの被告の保護者からも謝罪の言葉ひとつない。」との記載は真実である。
2 本件記事二は、少年法六一条に違反して、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害するか。
(原告の主張)
(一)本件記事二のうち「法廷で着替えて主役を気取る。」との記載は、名古屋拘置所の規則では着替えの持参は禁じられているから、原告が法廷で着替えることはあり得ず、虚偽である。
 また、「犯人少年には全く反省がない」、「乙山さんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」との記載は、原告が、平成七年九月以降、被害者に詫びたい気持ちから、月一回住職の諭しを受けて、同九年三月からはキリスト教の説教を受けて、被害者の冥福を祈って反省していることから、虚偽である。
(二)少年法六一条は、少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢等により、関係者が見てその者が誰か推知できるような記事を出版物に掲載することを禁じているが、原告は、長良川事件の当時少年で、本件記事二の「乙埜他朗」が原告を指すことを関係者は容易に推測できる。したがって、被告は、本件記事二に、原告を指すことを容易に推測することができる仮名「乙埜他朗」を用いたことによって、原告のプライパシーを侵害し、名誉を毀損した。
(被告の主張)
(一)本件記事二は、犯罪に関するものであり、公共の利害に関する事実について専ら公益を図る目的で掲載、発行されていて、その内容は次のとおり真実であるから違法性がない。
 被告は、原告の刑事法廷における態度その他外部に現われるところからしか「反省」の事実の存否を窺うことができないところ、原告が被害者の遺族に謝罪の手紙を出していないこと、公判開始以来少なくとも約三年間共謀と殺意を完全に否定していたことなど、外部に現われる資料を総合判断し、乙山松夫の談話を引用して、「法廷で着替えて主役を気取る。」、「犯人少年には全く反省がない」、「乙山さんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」との記事を掲載した。したがって、「全く反省がない」というのは、右諸般の事実に基づくフェアコメントであり、「やったことへの反省はなく」という乙山の父親の談話を引用したものであって、本件記事二は真実である。
(二)「乙埜他朗」という仮名は、容易に原告を推知せしめるものではない。すなわち、「乙埜他朗」という仮名は、原告の同一性を隠蔽するために用いたもので、「乙埜」の埜は、原告の氏の「野」の字を避け、名の「太郎」は正確に読みにくいので「他朗」という仮名を用いたもので、十分に同一性を隠蔽している。
3 被告には、本件記事一、二が真実であると信じるにつき相当な理由があったか。
(被告の主張)
 仮に本件記事一、二の記載内容に真実でない部分があったとしても、被告は、右各記事を起訴状や冒頭陳述書に基づいて記載しているから、真実であると信じるについて相当な理由があったので、不法行為責任を負わない。
(原告の主張)
 被告は、虚偽であることを知って本件記事一、二を掲載しているから、真実であると信じるについて相当な理由があったとはいえない。
4 原告の慰謝料額はいくらが相当か。
第三 <証拠関係略>
第四 当裁判所の判断
一 争点1、3(本件記事一が、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害して、被告に不法行為責任が成立するか。)について
1 <証拠略>によると、原告に対する各公訴事実の内容及びその審理経過は、次のとおりであると認められる。
(一)大阪事件
 原告(当時一八歳)は、平成六年九月二八日午前三時ころ、当時一九歳の少年一名と共に、大阪市内の路上を通行中の丙川竹夫(当時二六歳、以下「丙川」という。)ほか一名にいいがかりをつけて、丙川を、原告らの溜まり場である同市内のマンションの一室に連れ込んだ上、暴行を加えて飯場で稼働させようとしたが不首尾に終わったことから、いずれも当時一九歳及び一八歳の少年三名と共謀の上、同日午後八時ころ、右部屋で、丙川の首を絞めて殺害した。さらに、原告は、右少年三名及び暴力団組員である丁原梅夫と共謀の上、同日午後一〇時ころ、同所で、丙川の死体を布団で包んでガムテープで固定するなどし、翌二九日、右死体を高知県安芸郡奈半利町の山中に遺棄した。
(二)木曽川事件
 原告(当時一八歳)は、いずれも当時一九歳の少年三名と共謀の上、平成六年一〇月六日午後七時三〇分ころ、愛知県稲沢で、戊田夏夫(当時二二歳、以下「戊田」という。)に対し、頭部、顔面等をビール瓶、ほうきの柄等で殴打するなどの暴行を加え、次いで、翌七日午前一時ころ、同県中島郡の愛知県木曽川祖父江緑地公園駐車場で、戊田に対し、頭部を殴打し、腹部を足蹴するなどの暴行を加え、さらに、同日午前二時ころ、同県尾西市の木曽川左岸堤防上で、頭部、背部をカーボン製パイプで殴打する暴行を加えて、瀕死の傷害を負わせた。
 原告及び前記少年三名は、当時二一歳の男性と共謀の上、同日午前二時ころ、戊田を尾西市の木曽川河川敷に遺棄して殺害しようと企て、戊田を同河川敷に蹴り落とし、河川敷雑木林内まで両手足を持って引きずるなどの暴行を加えた上、同所に遺棄して立ち去り、戊田を死亡させて殺害した。
(三)長良川事件
(1)原告(当時一八歳)は、当時一九歳ないし二一歳の男性四名及び一六歳の女性一名と共謀の上、乙原秋夫(当時二〇歳、以下「乙原」という。)を自動車内に監禁した上、金品を強取しようと企て、平成六年一〇月七日午後一〇時ころ、愛知県稲沢市の稲沢グランドボウル駐車場で、乙原を脅迫して、普通乗用自動車の後部座席に乗車させて発進させ、そのころから翌八日午前八時三〇分ころまでの間、右駐車場から同県江南市の江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場、岐阜県安八郡輪之内町の長良川右岸堤防などを経て、大阪市中央区の路上に至るまで、同車を疾走させるなどして、乙原を車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
 原告らは、乙原に対し、同月七日午後一〇時ころ、稲沢グランドボウル駐車場から江南市に向けて走行中の同車内で、顔面を殴打し、「財布を見せろ」などと申し向け、同日午後一〇時三〇分ころ、江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場に停車中の同車内で、顔面を数回足蹴し、さらに翌八日午前二時三〇分ころ、同県一宮市丹陽町のサークルK「一宮インター店」駐車場に停車中の同車内で、顔面を足蹴にし、頭部を金属製パイプで殴打するなどの暴行を加え、同所から大阪市に向けて走行中の同車内において、「財布を出せ」と申し向けて反抗を抑圧した上、現金約三〇〇〇円及び財布一個を強取し、その際、右暴行により、乙原に全治約一週間を要する頭部外傷等の傷害を負わせた。
(2)原告は、いずれも当時一九歳の少年二名と共謀の上、丙山冬夫(以下「丙山」という。)及び乙山一郎(以下「乙山」という。)を自動車内に監禁して金品を強取した上、殺害しようと企て、同月七日午後九時四五分ころ、稲沢グランドボウル駐車場で、右両名に対し、それぞれ顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えた上、同日午後一〇時ころ、普通乗用自動車後部座席に乗車させて発進させ、そのころから翌八日午前一時ころまでの間、同駐車場から江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場、岐阜県こどもの国駐車場などを経て、岐阜県安八郡輪之内町の長良川右岸堤防まで同車を疾走させるなどして、丙山及び乙山を車内から脱出不能な状態において不法に監禁した。
 原告らは、同月七日午後一〇時ころ、稲沢グランドボウル駐車場から江南市に向けて走行中の同車内で、反抗抑圧状態にあった丙山及び乙山に対し、「財布出せ」などと申し向けて脅迫し、丙山から現金約八〇〇〇円を強取した上、同日午後一〇時三〇分ころ、江南緑地公園木曽川左岸グランド駐車場に停車中の同車内で、顔面を手拳で殴打する暴行を加えた後、翌八日午前一時ころ、前記長良川右岸堤防東側河川敷で、丙山及び乙山に対し、殺意をもって、金属パイプで、頭部、背部等を多数回殴打するなどして、右両名を、多発損傷に基づく組織間出血により失血により死亡させて殺害した。
(四)原告の公訴提起
 原告は、平成七年一月一八日、大阪事件等の容疑者として逮捕され、同年四月二八日、戊田を被害者とする傷害、殺人事件(木曽川事件)、乙原を被害者とする監禁、強盗致傷事件(長良川事件)、丙山及び乙山を被害者とする各監禁、強盗殺人事件(長良川事件)で、名古屋地裁に起訴された。また、原告は、同年六月八日、丙川を被害者とする殺人、死体遺棄事件(大阪事件)で、大阪地裁に起訴された。
(五)審理経過
 原告は、名古屋地裁に係属した木曽川・長良川事件の平成七年における第二回公判で、殺意、共謀の点を否認していたが、平成一〇年五月の公判で、右の点について概ね認めるに至った。
2 本件記事一は、原告に関する記事とわかるか。
 被告は、本件記事一は、犯人グループについての記載であり、原告とのつながりを記載上窺うことができないと主張する。
 よって検討するに、<証拠略>によると、本件記事一は、「愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人事件」の犯人に関して、「シンナーを媒介に集まった犯人グループ(十六歳から二十一歳までの八人)」、「犯人グループの主犯格Kは昭和五十年生まれ(当時19歳)」と記載している事実が認められ、右記事自体から、犯人グループの中に原告が加わっていたことを窺わせることはできない。
 しかし、週刊誌の記事が誰のことを記載したものかどうかの判断は、当該記事自体に限定されるものではなく、読者の立場から知りうる他の情報等も総合考慮して、不特定多数の読者に、原告が犯人グループに加わっていたことがわかるかどうかを検討する必要があるところ、<証拠略>によると、原告らの刑事事件は現在公判中で、新聞報道もなされているのであって多数の読者が右事件の犯人グループを知ろうと思えば、裁判を傍聴するなどの方法により知ることも可能であったと認められる。
 したがって、不特定多数の読者に、本件記事一が原告らに関する記事であるとわかるといえるから、被告の右主張は採用できない。
3 本件記事一の内容は事実か。
(一)真実性及び相当性
 一般に名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときには、その行為は違法性を欠いて不法行為にならず、又、摘示された事実が真実であることの証明がないときにも、その行為者においてその事実を真実であると信じるについて相当の理由があるときには、その故意又は過失がなく不法行為にならないと解せられる(最高裁昭和四一年六月二三日第二小法廷判判決、民集二〇巻五号一一一八頁参照)。そして、刑事事件の発生、内容及びその後の被告人等の態度は、公共の利害に関する事項であり、たとえそれが少年のとき犯した罪であっても特段の事情のない限り、専ら公益を図る目的を有するものと認めることができる。
 したがって、本件記事一の内容は、専ら公益を図る目的を有すると認められるから、以下、記載内容が事実であるか検討する。
(二)原告は、本件記事一のうち「愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人事件がおきた」という部分について、原告が一府三県において四件もの強盗殺人を犯したかのように断定して記載していて、それにともない、原告は高知にも行ったことがないのに高知において強盗殺人を犯したように虚偽の記載がなされていると主張する。
 よって検討するに、本件記事時事一は犯人グループが犯した犯罪として記載されているところ、前記第四の一1で認定した原告に対する各公訴事実の内容及び審理経過によると、大阪事件では、大阪市内で殺害して高知県内に死体を遺棄し、木曽川事件では、愛知県内で傷害と殺人を犯し、長良川事件では、愛知県、岐阜件、大阪府内にまたがり監禁して、愛知県内で強盗致傷事件と強盗殺人二件を犯したものであって、犯人グループは、愛知県、岐阜県、大阪府、高知県の広域で、強盗殺人、殺人、強盗致傷、傷害、監禁、死体遺棄を犯している。(この点は、原告も争っていない)
 <証拠略>によると、本件記事一は、「愛知、岐阜、大阪、高知にまたがる連続強盗殺人事件がおきた。」と記載しているが、一府三県で四件の強盗殺人が犯されたとは記載しておらず、同記事の同じ段落の最後に「結局犯人グループは四件の殺人を犯している。」と記載している。そして右各犯行の特徴が、愛知県、岐阜県、大阪府、高知県と広域にわたる犯行であること、殺人という重大な犯罪が短期間の間に四件犯され、そのうち強盗殺人二件が連続して行われていることを考慮すると、犯行に関わりのある愛知、岐阜、大阪、高知の地名を上げた上で、一番重い強盗殺人罪が連続して行われたと要約して記載しても、編集の許容される範囲内といえる。したがって、右記事の内容は、真実である証明がなされたといえる。
 また<証拠略>によると、仮に、原告が高知県での死体遺棄事件に関与していなかったとしても、被告は、大阪事件の起訴状や冒頭陳述書の取材に基づき右記事を掲載しているから、被告が原告の右死体遺棄事件への関与を真実であると信じるについて相当の理由があったと認められる。
(三)原告は、本件記事一のうち「乙山さんと友人一人を鉄パイプや角材で滅多打ちにして撲殺、死体を遺棄した。」との記載について、死体遺棄罪につき起訴されていない以上、死体を遺棄した事実はないと主張する。
 確かに、原告が主張するように、右事件では死体遺棄は起訴されていない。しかし、刑事訴訟法上、検察官に犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の状況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができるという起訴便宜主義が採用されていることからすると、起訴されていない事実がすべて真実でないということはできない。そして、<証拠略>によると、乙山は、少なくとも犯人グループが現場から立ち去る際に生きているかを確かめなければ生死が判然としない状態であったことが認められる。そうすると、法的評価とは別に、社会的な評価から考えると、犯人グループが、生きているか死んでいるか明らかでない状態の乙山を置き去りにしたことを指して、「死体を遺棄した」と評価し記載することは許容できるのであり、右記載は真実である証明がなされたといえる。
 また仮に、原告が現場を立ち去る際に乙山が生存していたとしても、<証拠略>によると、被告は、長良川事件の起訴状や冒頭陳述書の取材に基づき右記事を掲載しているから、被告が原告の死体遺棄の行為を真実であると信じるにつき相当の理由があったと認められる。
(四)原告は、本件記事一のうち「どの被告の保護者からも謝罪の言葉ひとつもない。」との記載部分について、これがあたかも原告には両親がいて、居もしない両親より謝罪がないと虚偽の事実を記していると主張する。
 しかし、右の記載は、乙山の父親に対して謝罪した者がいないという客観的事実だけを記載したものにすぎず、乙山松夫の陳述書から真実である証明がなされたと認められる。
4 以上に検討した結果によると、本件記事一は、公益を図る目的を有すると認められ、各記載内容は、いずれも真実の証明がなされているか、被告が真実であると信じるにつき相当の理由があったと認められる。
 したがって、被告は、本件週刊誌一に本件記事一を掲載して発行した行為について、原告に対し不法行為責任を負わない。
 二 争点2、3(本件記事二は、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害して、被告に不法行為責任が成立するか。)について
1 本件記事二の内容は真実か。
(一)<証拠略>によると、本件記事二の内容も、刑事事件の発生、内容及びその後の被告人等の態度について記載したものであって、専ら公益を図る目的を有すると認められるから、以下、記載内容が真実であるか検討する。
(二)原告は、本件記事二で、「法廷で着替えて主役を気取る。」、「犯人少年には全く反省がない」「乙山さんは彼らが反省していない証拠の一例に、少年Kから届いた手紙を紹介した。」と原告が反省していないかのような虚偽記載をした旨主張する。
 よって検討するに、確かに、<証拠略>によれば、原告は、起訴当時と比べれば、各事件につき反省している様子が窺えなくもない。
 しかし、<証拠略>によると、本件記事二は、「法廷メモ独占公開」と見出し、「わが子を殺された両親が綴った七〇〇日の涙の記録」との小見出しにあるように、被害者の立場から原告らの刑事事件の公判を傍聴した感想を取材して記事にしたものであるところ、原告からこれまで乙山の父親に謝罪がなく、刑事事件の公判開始以来約三年間、共謀と殺意を否定していた原告を、乙山の父親が法廷で見た際に、原告の法廷での態度を捉えて、主役を気取っている、反省していないと感じ、その感情を丁川三郎の取材の際に述べた事実が認められ、原告が実際に法廷で着替えていたか否か、原告が反省していたかどうかとは別に、右記事は、乙山の父親が被害者側の感情を述べたものとして真実である証明がなされたといえる。
2 本件記事二で使用された原告の仮名「乙埜他朗」は、原告を容易に推知させるか。
(一)原告は、本件記事二において、原告が犯行当時少年であったにもかかわらず「乙埜他朗」という仮名を用いて、原告が犯行に関わっていることを容易に推知させるような記載をしていることから、原告の名誉を毀損し、プライバシーを侵害していると主張する。
 よって検討するに、少年法六一条は、「少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」旨規定している。この規定の趣旨は、未成熟な少年を保護し、その将来の更生を可能にする点にあると解せられる。そして、<証拠略>によると、社団法人日本新聞協会が、昭和三三年一二月一六日、少年法六一条の取扱いの方針として、二〇歳未満の非行少年の氏名、写真などは、紙面に掲載すべきではないとし、ただし、@逃走中で、放火、殺人など凶悪な累犯が明白に予想される場合、A指名手配中の犯人捜査に協力する場合など、少年保護よりも社会的利益の擁護が強く優先する特殊な場合については、氏名、写真の掲載を認めるとの基準を設けていること、並びに、仮名についての基準は設けられていないことが認められる。
 しかし、少年の健全育成を目的とする少年法全体の意義・目的、及び少年法六一条の趣旨からすると、少年のとき犯した罪により公訴を提起された者について、たとえ仮名を用いたとしても、記載された仮名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを容易に推知することができるような記事を出版物に掲載することは、その者の将来の更生という観点からは実名による報道と同様に大きな障害になると認められるから、原則として、少年法六一条に反し違法であると解するのが相当である。したがって、かかる態様による推知報道については、「当該行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的に出た場合において」も、単に「摘示された事実が真実であることが証明された」だけでは違法性を阻却するものとはいえず、前記@、Aの基準のように、その者の保護、将来の更生の観点から事件を起こした本人と推知できるような記事を掲載されない利益よりも、明らかに社会的利益の擁護が強く優先されるなどの特段の事情が存することが必要であると解される。
(二)これを本件についてみるに、前示のとおり、原告は、大阪、木曽川及び長良川事件当時、少年であり、右各事件により公訴を提起されている刑事被告人であるが、被告は、本件記事二において、原告につき「乙埜他朗(仮名)」を用いていて、実名と同一の漢字や、頭文字に同一のイニシャルを使用していない事実が認められる。
 しかし、原告の実名「甲野太郎(こうのたろう)と仮名「乙埜他朗」(おつのほかろう)とは、氏のうち「こうの」と「おつの」の「の」が特徴的に同一であり、名のうち「たろう」と「ほかろう」の「ろう」も同様に同一であって、氏及び名ともに全体として音が類似し、しかも実名の「太郎」は「たろう」と読むこともでき、社会通念上、右仮名の使用により、原告の同一性が隠蔽されたと認めることは困難である。ちなみに、被告は、本件記事二において、大阪事件の成人共犯「丁原梅夫」について、類似点がより少ない「丁野二郎(仮名・当時45)」記載している。
 さらに、<証拠略>によると、原告の経歴として、昭和五〇年一〇月に大阪府で生まれ、中学二年生のとき、窃盗で補導されて教護院に入院し、中学卒業後、シンナーなどの窃盗の罪を重ね、平成二年に初等少年院に、平成四年に中等少年院にそれぞれ入院し、この間、女性と同棲し、少年院入院中の平成四年に、同女との間に長男をもうけ、平成五年九月に少年院仮退院後、神戸市内でパチンコ店店員、鉄筋工をして稼働し、平成六年五月、同女と婚姻して子供を認知したが、その後ホストクラブに勤めて多数の女性と交遊して妻子を顧みなかったため、同年八月、離婚した事実が認められる。他方、本件記事二には、原告が長良川事件の犯行時に少年であったことのほか、原告の非行歴、原告が女性と同棲して一児をもうけ結婚したこと等、右経歴に合致する内容が詳細に記載されている。そうすると、<証拠略>も考慮すると、本件記事二に記載された仮名及び経歴等により、原告が大阪、木曽川及び長良川事件の犯人であることを面識のある不特定多数の読者は容易に推知できると認めることができる。
 これに対し、全証拠を検討してみても、本件において、事件当時少年であった原告の右事件を起こした本人と推知できるような記事を掲載されない法的利益よりも、明らかに社会的利益の擁護が強く優先される特段の事情があったと認めることはできない。
(三)したがって、被告が本件週刊誌二で、原告について仮名「乙埜他朗」を用いて、詳細な経歴等を含む長良川事件に関する本件記事二を掲載したことは、少年法六一条に反し、原告の名誉、プライバシーを侵害するものであって違法であると認められる。
3 以上によると、被告が原告に対し、本件記事二で、原告が反省していない旨の記載をした点について不法行為責任は成立しないが、仮名「乙埜他朗」を用いて右記事を掲載した点については、不法行為の損害賠償責任が認められる。
三 争点4(慰謝料額)について
 前示のとおりの本件事実関係、並びに原告提出の各準備書面によると、原告が、前記仮名を使用した本件記事二の掲載によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては三〇万円をもって相当と認める。
四 結論
 よって、原告の本件損害賠償請求は、前記三で認定した三〇万円及びこれに対する不法行為日である本件週刊誌二が発刊された平成九年七月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条を適用し、仮執行宣言の申立は必要がないものと認めて却下して、主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第4部
 裁判長裁判官 水谷正俊
 裁判官 佐藤真弘
 裁判官 今泉愛
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