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【事件名】SMAP追っかけ本事件B
【年月日】平成10年11月30日
 東京地裁 平成10年(ワ)第1603号 出版差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成10年8月24日)

判決
 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


主文
一 被告らは、自ら又は第三者をして別紙物件目録一記載の書籍の出版、販売をしてはならない。
二 被告らは、自ら又は第三者をして別紙物件目録二記載の出版物の出版、販売をしてはならない。
三 原告らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
一 被告らは、自ら又は第三者をして別紙物件目録一記載の書籍の出版・販売・発送・配達・頒布・展示等の一切の行為をしてはならない。
二 被告らは、自ら又は第三者をして別紙物件目録二記載の出版物の出版・販売・発送・配達・頒布・展示等の一切の行為をしてはならない。
第2 事案の概要
一 本件は、芸能人である原告らが、みだりに自己の自宅や実家の所在地に関する情報を公表されないという人格的利益(いわゆるプライバシーの利益)に基づいて、出版社とその代表取締役である被告らに対し、原告らの自宅等の所在地を掲載した書籍等の出版・販売等の差止めを請求した事案である。
二 争いのない事実等(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一)原告ら
(1)原告中居正広、同木村拓哉、同稲垣吾郎、同草g剛、同香取慎吾は、株式会社ジャニーズ事務所(以下「ジャニーズ事務所」という)に所属する者で「SMAP」と命名されたグループのメンバーである。同グループは平成3年にレコードデビューし、その前後から、右原告らはグループとして又は各人で、演奏活動、舞台出演、ドラマ出演等の芸能活動を行っている。
(2)原告長瀬智也、同城島茂、同山口達也、同国分太一、同松岡昌宏は、ジャニーズ事務所に所属する者で「TOKIO」と命名されたグループのメンバーである。同グループは平成6年にレコードデビューし、その前後から、右原告らはグループとして又は各人で、演奏活動、舞台出演、ドラマ出演等の芸能活動を行っている。
(3)原告堂本剛、同堂本光一は、ジャニーズ事務所に所属する者で「Kinki Kids」と命名されたグループのメンバーである。同グループは平成4年に芸能界にデビューし、以降、右原告らは歌手、テレビドラマやバラエティ番組への出演等の芸能活動を行っている。
(4)原告坂本昌行、同長野博、同井ノ原快彦、同森田剛、同三宅健、同岡田准一は、ジャニーズ事務所に所属する者で「V6」と命名されたグループのメンバーである。同グループは平成7年にレコードデビューし、その前後から、右原告らはグループとして又は各人で、舞台出演、ドラマ出演、コンサート出演等の芸能活動を行っている。
(5)原告らはいずれも、ジャニーズ事務所に所属するタレントの中で現在もっとも人気を博しているグループのメンバーであり、その芸能活動を通じていわゆる芸能人として固有の名声、社会的評価、知名度を得、多数のファンを獲得している。
(二)被告ら
 被告株式会社鹿砦社(以下「被告鹿砦社」という。)は、出版物の編集、発行、販売等を行う会社である。そして、被告松岡利康は、被告鹿砦社の代表取締役である。
2 被告らの出版活動及び被告らの出版した原告らに関する書籍等
(一)被告らは、被告松岡利康を発行人、被告鹿砦社を発行所として、近年精力的に芸能人の私生活に関する事項を中心に記載した書籍を多数出版してきたが、そのうち、原告らに関する書籍は次のとおりである。
・「SMAP大研究」
 著者 SMAP研究会、初版第1刷 平成7年6月12日
・「木村拓哉、稲垣吾郎、森且行 SMAPに会いたい!上」
 著者 SMAP同窓会一同、初版第1刷 平成8年2月20日
・「中居正広 香取慎吾 草g剛 SMAPに会いたい!下」
 著者 SMAP同窓会一同、初版第1刷 平成8年2月20日
・「SMAP見つけた!誰も知らないスーパーアイドルの素顔」
 著者 SMAP応援団、第2刷 平成8年4月25日
・「徹底解明・中居正広のおヘソ」
 著者 中居正広応援団、初版第1刷 平成8年7月25日
・「徹底解明・木村拓哉のおへソ」
 著者 木村拓哉応援団、第2刷 平成8年7月30日
・「徹底解明・香取慎吾のおヘソ」
 著者 香取慎吾応援団、第2刷 平成8年7月30日
・「徹底解明・稲垣吾郎のおヘソ」
 著者 稲垣吾郎応援団、初版第1刷 平成8年10月25日
・「徹底解明・草g剛のおヘソ」
 著者 草g剛応援団、初版第1刷 平成8年10月25日
・「中居正広まるごと百科」
 著者 中居正広研究会、初版第1刷 平成9年6月5日
・「木村拓哉まるごと百科」
 著者 木村拓哉研究会、初版第1刷 平成9年6月5日
・「香取慎吾まるごと百科」
 著者 香取慎吾研究会、初版第1刷 平成9年6月5日
・「稲垣吾郎・草g剛まるごと百科」
 著者 稲垣吾郎・草g剛研究会、初版第1刷 平成9年6月5日
・「Kinki Kidsが知りたい!」
 著者 大阪Kinki Kids研究会、第4刷 平成8年5月5日
・「めっちゃKinki Kids」
 著者 大阪Kinki Kids研究会、第2刷 平成8年8月30日
・「イケてる!堂本剛」
 著者 堂本剛応援団、第2刷 平成8年12月25日
・「イケてる!堂本光一」
 著者 堂本光一応援団、第2刷 平成8年12月25日
・「Kinki Kidsまるごと百科」
 著者 Kinki Kids研究会、初版第1刷 平成9年5月5日
・「V6でキメ!(上)」
 著者 V6同窓会一同、第1刷 平成9年3月25日
・「V6でキメ!(下)」
 著者 V6同窓会一同、第1刷 平成9年3月25日
・「ジャニーズおっかけマップ」
 著者 ジャニーズ同窓会、初版第1刷 平成8年9月10日
・「2丁目のジャニーズ」
 著者 原吾一、初版第1刷 平成7年11月15日
・「2丁目のジャニーズ 死闘篇」
 著者 原吾一、初版第1刷 平成8年4月20日
・「2丁目のジャニーズ 最終戦争篇」
 著者 原吾一、初版第1刷 平成8年7月20日
・「ジャニーズのすべて 少年愛の館」
 著者 平本淳也、初版第1刷 平成8年4月20日
・「ジャニーズのすべて2 反乱の足跡」
 著者 平本淳也、初版第1刷 平成8年6月30日
.「ジャニーズのすべて3 終わりなき宴」
 著者 平本淳也、初版第1刷 平成8年9月15日
・「ジャニーズ噂の真相Q&A」
 編著者 平本淳也&ジャニーズ同窓会、初版第1刷 平成8年10月25日
・「ジャニーズ・スキャンダル」
 編者 鹿砦社編集部、初版第1刷 平成9年3月15日
・「ジャニーズ帝国崩壊」
 著者 本多圭、初版 平成9年8月20日
・「ジャニーズおっかけマップ・スペシャル」(後記本件書籍)
 著者 ジャニーズ同窓会、初版第1刷 平成9年10月20日
(二)「SMAP大研究」に関する仮処分及び本案訴訟
 被告らは、平成7年6月初旬に前記「SMAP大研究」を出版・販売する計画を有していた。事前にこれを知った原告中居正広、同木村拓裁、同稲垣吾郎、同草g剛、同香取慎吾外5名は平成7年5月24日、同書籍の販売等差止めを求める仮処分を東京地方裁判所に申請した。
 同年7月18日、東京地裁は出版差止め仮処分決定を下したが、被告らは審理途中の同年6月12日、同書籍を出版した。
 現在、同書籍に関する本案訴訟が東京地裁に係属している。
(三)「タカラヅカおっかけマップ」に関する仮処分及び本案訴訟
 被告らは、宝塚歌劇団に所属する芸能人に関して、平成8年11月に「タカラヅカおっかけマップ」と題する書籍を出版した。同書籍で住居情報等の私事を公開された芸能人らは、平成8年12月、同書籍の出版、販売等の差止めを求める仮処分を神戸地裁尼崎支部に申し立て、同支部より平成9年2月12日に差止めを命ずる決定が下された(甲4)。
 現在、この紛争の本案訴訟が同支部で審理されている。
3 本件書籍の出版等
(一)「ジャニーズ・ゴールド・マップ」に関する仮処分及び本案訴訟
 被告らは、平成8年9月10日に「ジャニーズおっかけマップ」と題する書籍(以下「96年度版おっかけマップ」という。)を原告らに無断で出版し、その販売を行っていたが、右「96年度版おっかけマップ」には、原告ら及びジャニーズ事務所所属のその他のタレントらの自宅や実家の所在地が、地図や写真付きで町名まで示されて掲載されていた。
 原告らは、「96年度版おっかけマップ」の出版・販売に苦慮していたところ、平成8年12月に被告らが「96年度版おっかけマップ」をもとに、被告らの宣伝文によれば「さらに詳細なマル秘データ」を加えた書籍として「ジャニーズ・ゴールド・マップ」と題する書籍を出版しようとしていること、更に、同書籍には原告らの自宅や実家の住所等が番地まで特定されて掲載される予定であることを知ったことから、平成8年11月8日、右「ジャニーズ・ゴールド・マップ」の出版・販売等の差止めを求める仮処分を神戸地方裁判所尼崎支部に申し立てた。
 平成8年11月21日、同支部は、原告らの右申立てを認める仮処分決定を下した(甲2)。
 そして、「ジャニーズ・ゴールド・マップ」出版等差止めの本案訴訟は、東京地方裁判所で争われ、東京地裁は平成9年6月23日、被告らに対して同書籍の出版・販売を禁ずる旨の判決を言い渡した(甲3)。
右訴訟は控訴審で控訴棄却となり、現在上告審に係属中である(甲46、弁論の全趣旨)。
(二)本件書籍の出版・販売及び本件書籍の内容
 被告らは、「ジャニーズ・ゴールド・マップ」についての仮処分決定及び第1審判決を受けた後である平成9年10月に、原告らに無断で別紙物件目録一記載の書籍(甲1、以下「本件書籍」という)を出版し、その販売を行った。
 本件書籍の中で各原告についての記載がなされているのは、それぞれ以下の頁である。これらの頁においては、各原告の顔写真と共にその経歴や人物紹介等の掲載がされている他、原告ら(原告三宅健を除く)の自宅又は実家の所在地が番地まで特定して表示され、当該所在地を示す地図とその建物の写真が掲載されている(甲1)。
 原告 中居正広 150頁及び151頁
 同 木村拓哉 100頁及び101頁
 同 稲垣吾郎 62頁及び63頁
 同 草g 剛 102頁及び103頁
 同 香取慎吾 90頁及び91頁
 同 長瀬智也 152頁及び153頁
 同 城島茂 130頁及び131頁
 同 山口達也 202頁及び203頁
 同 国分太一 108頁及び109頁
 同 松岡昌宏 182頁及び183頁
 同 堂本剛 148頁及び149頁
 同 堂本光一 146頁及び147頁
 同 坂本昌行 118頁及び119頁
 同 長野博 156頁及び157頁
 同 井ノ原快彦 66頁及び67頁
 同 森田剛 194頁及び195頁
 同 三宅健 188頁
 同 岡田准一 84頁及び85頁
(三)本件書籍に関する仮処分原告らは、被告らに対して本件書籍の出版・販売等の禁止及び同種出版物の出版・販売等の禁止を求めて、平成9年11月25日、神戸地裁尼崎支部に仮処分申立てをした。
 同年12月17日、同支部は、原告らの右申立てを認める仮処分決定を下した(甲5)。
三 争点
1 本件書籍の出版・販売の違法性(原告らの住居情報の要保護性)
(原告らの主張)
(一)原告らのプライバシーの権利
 原告らは、みだりに自己の自宅や実家の所在地に関する情報を公開されないという人格的利益(いわゆるプライバシーの権利)を有する。被告らによる本件書籍の出版・販売によって、原告らは右プライパシーの権利を侵害された。
 プライバシー権は憲法によって基礎づけられた権利であり、一般に、プライバシー侵害の成立要件としては「公開された内容が、(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、(ロ)一般人の感性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであること」が必要とされている。
 原告らが私生活を営む自宅や実家の所在地に関する情報は、各原告の私生活上の事実であるから(イ)の要件を満たす。また、それらの情報は一般の人々に知られていない事柄であるから(ハ)の要件を満たす。
更に、原告らが私生活を営む自宅や実家の所在地に関する情報は、以下に述べるとおり(口)の要件も満たしている。
 そもそも個人は、自分の近親者や友人、仕事関係者等に必要があって住所を知らせることがあるが、これは不特定多数の者に知られることについての承諾を意味するわけではない。今日の社会において、住居情報が一般に公開を望まれない事項として広く認識されていることは明らかである。今日では、住居情報は見ず知らずの人々に知られたくはない、公開されると心理的な負担を感じるとの認識が一般的であり、住居情報はプライパシーとして保護されるべきだとの共通の理解が社会に存在する。
 ところで、原告らは非常に人気の高い芸能人であり、特に若年層に支持されている者であるから、住居情報の保護の要請は通常人の場合以上に大きい。原告らの特異な立場からして、その自宅や実家の所在地が公開されることは、熱狂的なファンや芸能人の私生活をことさらに面白おかしく、又はスキャンダルとして報道することの多いマスコミ等の攻勢に直接さらされることにつながる。また、仮にこうした直接的な接触がただちに生じないまでも、いついかなるときに誰から注視されているやもしれないという緊張した心理状態に私生活の場でさえも追い込まれることになる。有名芸能人である原告らは、その芸能活動及び関連する活動中には一挙手一投足にいたるまで世間から注目を浴び、気の休まるときがないため、自宅や実家という唯一の安息の場所を失えば、平穏な私生活を送ることは到底望み得なくなる。このような原告らの置かれた状況に照らせば、一般人の感覚を基準にして原告らの立場に立った場合に、住居情報の公開は望まれないこと及び住居情報が公開されることによって心理的な負担、不安を覚えることは通常人の場合以上に明らかである。
 したがって、本件においては、前記(口)の要件も満たされる。
(二)被告の主張に対する反論
(1)被告らは、「高額納税者名簿」「住宅地図」「厚生省名鑑」「厚生省職員録」「厚生省便覧」を挙げて、個人の住居の所在地を公表しているこれらの出版物が現に出版されているのであるから、本件書籍で原告らの住居所在地を公表することもまた、社会的に許容されると主張する。
 しかし、こうした議論は乱暴にすぎる。そもそも、「ジャニーズ・ゴールド・マップ」控訴審判決でも認定されたように、仮に類書と呼べるものが存在したとしても、差止めが問題となっている書籍の出版が原告らの人格的利益を侵害しないことにはならないのである。なおかつ、被告らが列挙した出版物は、出版までの経緯・内容が本件書籍とは全く異なっており、直ちにそれを本件書籍と同列に論じることはできない。
(2)原告らは著名な芸能人であるが、芸能人についてもプライバシーが保障されなければならないことは当然である。芸能人も私生活を営む人間であることには一般人と変わりがないからである。これは裁判例においても当然のこととして認められてきたものである。
 芸能人がその職業柄、自分の日常がある程度公表されることを事前に承諾しているという立論に従うとしても、その範囲は無制限でなく、社会通念上承諾していると推認できる範囲に限られる。
 芸能人は、芸能活動を営む便宜のために、自らの技量や個性を広く世間に知られることを望むかもしれない。しかし、自宅や実家の所在地は、芸能活動を営み発展させていくためには関連がない情報である。芸能活動を営む上で必要な連絡先(所属事務所や会社等)が別に確保されているのであればなおさらのこと、自宅等の所在地を公開する必要性は全くない。むしろ、自宅等は、一般にプライバシーの範囲が通常の人に比べて少ないとされる芸能人にとって残された数少ないプライバシー享受の最後の拠り所となる場所であるから、その公開を承諾していないと考えるのが自然である。
 したがって、芸能人個人の自宅、実家の住所地について、社会通念上芸能人であればその公開を承諾していると推認することはできない。したがって、これらの情報が、芸能人であるが故に公表が認められる事項だということはできない。
(3)また、被告らは、本件書籍は原告らの自宅所在地等を掲載しているにすぎないものではなく「おっかけの心得」としてファンとしての節度ある行動を呼びかげるなどしているなどと主張する。
 しかし、おっかけの心得やファンレターの書き方といった内容の記載があるからといって、「おっかけ」を容易にする情報を提供して「おっかけ」行為を助長するという、本件書籍の性質が変わるものではない。すなわち、被告らが原告らに違法行為を働いていることは、いささかも変わらないのである。
 被告らは、不見識なファンは被告らの出版物の有無にかかわらず存在するとも主張するが、仮にそうだとしても、それは「おっかけ」を助長するような出版物を被告らが出版することを正当化する理由とはならない。
(被告の主張)
(一)住居情報の要保護性
 およそ、私生活上の事実として公表・公開されたくない自由、利益とは、本来、それが公表されることによって当人の社会的地位、名誉等が著しく棄損されかねない性質の事柄についてのものに限られて認められるべきものである。そうであれば、個人の住居情報は、それが他人に知られたくない自由や法的利益の対象となるものとは解されない。すべての個人の生活は、同時に社会共同体の一員としての共同社会生活であり、住民基本台帳法は、住民の利便の増進と行政の合理化のために、住民一人ひとりに対してその住所等の届出を義務づけていることに留意すべきである。
 原告らは、その自宅や実家の所在地に関する情報を公表されること自体が、直ちに原告らのプライバシー権に対する侵害である旨主張するが、右主張には論理の飛躍があって到底首肯し難い。
 高額納税者の住所、氏名、納税額の記載がされている「高額納税者名簿」、個人や会社の名称が記入されたゼンリンの「住宅地図」、公務員の住所・電話番号が記載されている「厚生省名鑑」「厚生省職員録」「厚生省便覧」等のように、本件書籍と同様に個人の住所や電話番号等を特定した出版物は現に数多く出版されており、しかも、これらの書籍の出版については、社会通念上何ら違法とは評価されずに世間に受け容れられ、国家機関等もこれを利用しているところ、本件書籍と前記各書籍との間には、住居情報の公表において何ら差異はない。つまり、個人の住居の所在地に関する情報を公表すること自体は、社会的に許容されているものであり、本件書籍のこの点に関する記載もまた、社会的に許容されているものと認められるのである。両書籍においては、その出版の「目的」や「品位」が違う等の反論もあり得ようが、「目的」「品位」等というような主観的判断基準は余りにも不明確なものである。その「使われ方」の違いについても、結局は書籍の購入者側においてそれをどのように利用し行動するのかという点が問題となるにすぎない。
 以上、出版物に住居を特定する情報が記載されていること自体何ら問題ではないことは明らかである。
 確かに、原告らは、自らが人気者である故に特異なストーカー的人物から思いもよらない危害を加えられるかもしれないとの考えを持つかもしれないが、しかしながら、かかる不明確極まりない、また客観的に確認し難い「危惧感」をもって本件書籍の出版の違法性を基礎づけることは、表現の自由に対する強度の制約となる危険があり到底許されるものではない。
(二)芸能人である原告らのブライバシー
 原告らのように芸能人として著名人と目される者については、同人らの有する社会的名声や地位及び芸能活動等のために、その周囲からの注目を浴び、社会的関心の的とされることは回避し難いところであり、一般の通常人の場合とは比較し得ないほどまでに、私生活上の事実のみならず、時にはその全貌さえも公開されることを甘受せざるを得ない立場にある。このことは、著名人らの意思や感情にかかわらず、社会的にも止むを得ないこととして是認され、かつ長年にわたって社会的にも許容されてきているところであって、このことは、著名人らが社会の注目や関心の対象とされる限り、受忍せざるを得ない社会的負担という他ない。
 原告らの如く大衆のアイドルを目指し、かつ、アイドルであり続けようとして社会的活動を継続する「著名人」は、自らが「著名人」という社会的地位を希求して、それを獲得したものであるのだから、自らの私生活上の事柄に関する記事の公表については、つとにこれに同意したものと推定される。そして、その地位が著名化するに応じて公的なものとなった以上、その公表されようとする私生活上の事実も最早私的なものではあり得ない。
 したがって、「著名人」たる原告らの住居に関する情報は、公共の利益に関する事項として、右推定的承諾ないしは同意の限度内に止まる限り、その公表が違法とされることはないというべきである。
 また仮に、本件書籍の発売によって多くのファンが原告ら自宅付近に押しかけ、そのために喧噪にわたるような事態が生ずるに至ったとしても、そのこと自体は、本来、ファンら一人ひとりの自覚、自重に期待すべき性質の問題であって、かりそめにも、表現・出版の自由の制限、禁止によって回避を図るべき筋合いのものではない。原告らは、本件書籍の発売によって原告らのプライバシー権が侵害される旨主張するが、その主張するところは自宅等を知られたくない自由に対する侵害ではなく、一部不見識なファンらによる居住の平穏に対する侵害のおそれであって、それは本件書籍の発売とは全く無関係なものである。また、アイドルである原告らの自宅等周辺の喧騒状態は、原告らの請求の趣旨どおりの判決が言い渡されたとしても、これによって防止、予防できる性質のものではない。
(三)被告らの本件書籍の出版目的等
 原告らは、本件書籍が原告らの住所等を公表することをもって、みだりな公表であり、社会的相当性はないものと主張して、あたかも本件書籍が原告らの住居情報の公表のみを唯一の目的とし、これのみを企図して出版・販売されたものであるかの如く主張する。
 しかしながら、本件書籍は、単に原告らの自宅の所在地等のみを掲載しているわけではなく、例えばその「第二部おっかけマニュアル」として208頁以下には、原告らのファンに向けて「おっかけの心得」を説き、遵守すべき社会的ルール等を解説するなどして、その読者らに対し節度ある行動を呼びかけたり、214頁以下においては、「ファンレター・プレゼント」の見出しをもって、ファンレターの書き方などについて懇切に指導しているところである。
 すなわち、本件書籍は、熱狂的な多くの原告らファン層に向けて、原告らの身辺等のいわゆる関心事や芸能活動の現状を知らせ、その欲求、要望に応えつつ、ファンとしての節度ある行動の指針を示し、真に原告らが大衆のためのアイドルであり続け得るよう、原告らの芸能活動等を温かく見守ってほしいとの心情や意図を込めた上で企画、編集され発売されたものであった。
 本件書籍の発売が、原告らの自宅等を知られたくないとの意思に反するものとしても、本件書籍の主たる内容は、あくまでも原告らの芸能活動を紹介しつつ、これに関連して必要最小限度において、原告らの自宅、実家の所在地等をファンらに対して知らせようとしているものにすぎず、この程度をもって社会的相当性を逸脱したと冒すべきではない。
(四)原告らの主張に対する反論
 原告らが、プライバシーの成立要件として掲げる要件のうち(ハ)の要件についてみるに、実際に芸能人の自宅住所等を記載した本が既に出版されていることに照らせば、原告らの自宅等は既に社会的に公表されており一般の人々に既に知られている事柄である。
 また、原告らの住居情報は、右の要件のうち(ロ)の要件を満たすものか、すなわち一般人の感覚を基準として、公開されることによって心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であるといえるのかについても疑問がある。
 本件においては、原告らの自宅の所在地等が一般に知られていない事実であること及び原告らが本件書籍の発行・販売等によって現実に被害を受けるおそれのあることについて、何らの立証もなされていない。
 したがって、結局のところ原告ら人格的利益の侵害の事実を認めることはできない。
2 本件書籍の出版・販売等の差止めの適否
(原告らの主張)
(一)被告らによる本件書籍の出版・販売によって、原告らはプライバシーの権利を侵害され、侵害はなお継続している。
 原告らは、芸能界全体を見まわしても現在その人気はトップレベルにあり、一種の社会現象まで起こしている。タレント等のファン気質として、熱心なファンであればあるほど、そのタレントの身近に迫り何らかの形で接触したいと願うことは顕著な事実であるところ、多数の若年層のファンを持つ原告らにとってはなおのこと、こうしたファンの攻勢にさらされるおそれが高い。また、原告らに接触を試みるのは好意を寄せるファンばかりではない。有名芸能人の常として、原告らの動向に好感、反感おり混ぜて多数の人々がさまざまの関心を持っている。有名芸能人が見知らぬ者から悪質ないやがらせを受ける事例は、数多く報道されているところである。
 実際に、「96年版おっかけマップ」が発売されたころから、原告ら本人だけでなく、その家族、関係者らは、落書き、深夜まで及ぶ人々の滞留、郵便物抜き取り等の多大な迷惑を既に被ってきている。
 更に、今回のように番地までが特定されて所在地が公開されたことで、直接出向かずとも郵便その他の手段を使って危険物を送付するといった陰湿な行為が行われる危険が現実のものとなるのである。
 そもそも、プライバシー権はその性質上、その保護のためには差止めという手段によるべき必要性が格段に高いものである。このことは、同じく人格権のひとつである名誉権と比較しても明らかである。
 まず、名誉権侵害に対しては、言論には言論をもって、自ら被害の回復をはかる余地がある場合もあり得るが、プライバシー権の侵害に対しては、言論は対抗手段として機能せず、自力救済はおよそ不可能である。また、名誉権侵害に対しては、謝罪広告掲載や反論文掲載が原状回復処分として意味を持つ場合もあろうが、プライバシー権侵害にあっては、これらの処分では、プライバシーに係わる公表したくない事項を再度とりあげることになり、被害の回復のためには、かえって逆効果となってしまう。更に、プライバシー侵害による損害は、その性質上金銭賠債によって容易に埋め合わせられるべきものでもない。
 すなわち、プライバシー権については他の救済方法では実効性が乏しいため、救済手段として侵害行為の差止めが果たす役割が大きいのである。
 本件においても、各原告が自己のプライバシー権の侵害を排除し、その侵害を予防するためには、本件書籍の出版・販売等を差し止めるよりほかに有効な手段はない。自宅や実家の所在地に関する事実は一般に、一旦公開されると原状回復ができない。原告らの住居情報が公開されれば、原告らはファンの攻勢を恒常的に受けて私生活の平穏が害される危険にさらされることになるが、そうした場合、結局原告らが転居しない限り原告らの私生活の平穏の回復は望めない。また「ジャニーズ・ゴールド・マップ」事件の東京地裁判決が認定しているように、本来他人に知られたくない自宅や実家の状況が広く知られることによる心理的な負担は回復不能である。
 したがって、原告らは、本件書籍により平穏な私生活を営むことが著しく困難になるという重大かつ著しく回復困難な損害を被るところ、その侵害を防ぐには、公開を差し止めることがもっとも有効かつ実際的な救済手段なのである。
 以上によれば、プライバシーの権利に基づき、本件書籍の出版・販売・発送・配達・頒布・展示等の一切の行為が差し止められるべきである。
(二)最大判昭和61年6月11日(民集40巻4号872頁、「北方ジャーナル」事件)は、「公共の利害に関する事項」について、「当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されない」としながら、「その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、(中略)例外的に事前差止めが許される」と判示している。
 これを本件についてみると、第1に、表現の事前差止めが問題となった右判決の事案に比べて、本件では単純に自宅所在地などの事実の公開の是非が問われているのみであり、第2に、原告ら芸能人の私生活に関する事実については、そのファンの興味を引く事項であったとしても、これを「公共の利害に関する事項」とはいうことはできない(同旨の裁判例として東京地判平成5年3月29日判タ872号250頁)。
 ましてや、被告らの出版物は、原告らの芸能人としての人気に便乗して、商業主義的な興味本位の目的で出版されるものであり、いくら原告らが芸能人として有名であるからといっても、その私生活に関する事実の公開が専ら公益を図る目的のものでないことは明白である。また前述のとおり、かかる事実は公開されると、ファンやマスコミは勿論、不特定多数の人々に広く住居を知られることになり、ファンらが直接来訪したり電話をしてきたりするおそれが恒常的に生じ、原告らはもはや平穏な私生活を営むことが著しく困難になるという重大かつ著しく回復困難な損害を被る。その意味で、事前にその事実の公開を差し止めることが唯一の有効な救済手段なのである。
(被告らの主張)
 争点1における被告らの主張において主張したとおり、そもそも本件書籍の出版・販売は違法な行為ではない。
 また、表現行為に対する事前の差止めは、事後的な損害賠償と比較して、ドラスティックな手段であるだけに、行為者に与える打撃・不利益が大きく、そのため、差止めが認められるための違法性の程度は、損害賠償が認められるための違法性以上に高度なものが必要とされる。
3 同種出版物の出版・販売等の差止めの適否
(原告らの主張)
(一)本件書籍の出版・販売等は差止めのみでは、原告らの権利救済方法として不十分である。
 差止めの範囲を画するについては、現に権利を侵害され、あるいは将来も侵害されるであろう者を保護するためにはいかなる範囲の侵害行為の差止めが必要かという観点から判断されるべきであるところ、同種の侵害行為が反復継続する蓋然性が高い場合においては、個々的な行為のみを対象とした差止めだけでは、僅かに形を変えた侵害行為に対しては無力であることから、そのような場合には、差止めの対象を一定の類型の侵害行為として特定することによって実効性ある救済を実現することが求められるのである。
 被告らは、芸能人の私生活に係わるいわゆる暴露本を盛んに出版しており、とりわけジャニーズ事務所に所属する芸能人及びジャニーズ事務所に関する出版物を多数発行してきた。しかも、本件書籍が抱える法的論点は「ジャニーズ・ゴールド・マップ」に関する仮処分及び本案訴訟を通じて争われてきたものと同じである。被告らは「ジャニーズ・ゴールド・マップ」事件の仮処分決定及び第1審判決を踏まえた上で、あえて本件書籍を出版した。また、被告らは法廷の内外で「芸能人にプライバシーはない」との発言を繰り返しており、原告らの住居情報を公開することの違法性をいささかも認識しようとしない。被告らは原告らとの係争事件について、自己の主張を喧伝する文書をマスコミ各社宛に連日にわたって配布していたが、本件書籍出版差止仮処分事件の第1回審尋終了後に配布された文書には「ジャニーズ側がまたもや差し止めの訴えを起こしてきた限りには、われわれは、次回審尋までに一気に完売にもっていき、彼らの思惑を粉砕するつもりです」との記載があった。このように被告らには、違法行為をおかそうとも意に介さない態度がうかがえる。
 更に、被告らは、出版物や前記配布文書等において、ジャニーズ事務所及び同事務所に所属する芸能人たちを挑発する姿勢をとり続けている。近時は被告らの言動はエスカレートして、前記のとおりマスコミ各社にファックスで連日配布した文書には、「これは〈戦争〉なのだ!ジャニーズとの永続的戦争に勝利するぞ!」、「奢りわめくジャニーズに死闘を宣言!」、「ジャニーズ、醜く怯える!!」、「これからも泥沼から抜け出せないようにしてやるぞ!」、「生き馬の目を抜く芸能ゴロが『プライバシー権』なんて笑わせてくれるな!!」、「われわれは、ジャニーズと抱き合い心中の覚悟だ!」、「われわれは既に、ジャニーズ事務所に対して死闘(デスマッチ)を宣言している」等の文字が記載されていた。
 被告らのこうした尋常ではない態度からすると、本件書籍の出版が判決で差し止められたとしても、被告らは裁判所が示した法理に従おうとせず、判決主文の文言に形式上は抵触しない形を探りながら、題名・体裁・出版の形態等を変えて次々と同種出版物を出版するおそれが強い。
 また、被告らにとって、原告らをはじめとするジャニーズ事務所に所属する芸能人の私生活を題材にした出版物の出版・販売は多大な収入源であり、これまでに200万部を売り上げたといわれている。経済的な面から見ても、被告らにおいて同種出版物刊行のおそれは強い。
 このような状況の中で、個々の出版物ごとに差止請求をしていくだけでは、原告らの対応は常に後追いにならざるを得ず、原告らが同種請求の繰り返しを強いられるうちに、被告らによる侵害は着々と進むことになる。それでは、原告らにとって、被告らの侵害行為に対する有効な司法的救済の途は閉ざされるに等しい。
 なお、原告城島茂、同松岡昌宏、同堂本光一及び同森田剛の実家として本件書籍に掲載されているものは現在では正確ではなく、原告三宅健については自宅又は実家の所在地に関する記載はないが、これは被告らの調査がたまたま尽くされなかったからにすぎず、これら原告にとって侵害の危険が去ったことを意味するものではない。
 このように、原告らをはじめとするジャニーズ事務所所属のタレントは、今後も被告らの出版物の対象とされるおそれがあり、被告らが、原告らの自宅又は実家の所在地を住居表示あるいは地図などによって特定して掲載した出版物を、本件書籍以外にも今後とも発行する可能性は極めて高い。
 以上によれば、本件書籍のみならず、同種出版物についても、出版、販売、発送、配達、頒布、展示等の一切の行為が差し止められる必要がある。
(二)(1)被告らは、原告らの請求の趣旨の第二項は抽象的不作為請求であるから不適法であると主張し、表現行為の差止めが問題となる場合においては、債務者のなすべきでない作為が漠然・不明確であると表現活動に萎縮的効果をもたらすので、債務者のなすべきでない作為の特定は厳格になされなければならないなどと主張する。
 しかしながら、一般に「抽象的不作為請求」として問題になるのは、一定のホン数以上の騒音を発生させてはならないという請求のように、単なる抽象的な不作為命令を求める申立てで足りるのか、それともその不作為請求を達成するために被告が具体的に何をすればよいのかまで請求の中に示されていなければならないのか、が問題となるような事案の場合であるところ、本件の請求は、原告らが求めている結果をもたらすために、被告らが何をすべきかの作為の選択に迷うという性質のものではないのであるから、この点が特に問題になることはない。
 また、その出版行為等が「原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載」するものであるか否かは容易に判断が可能であるのだから、本件訴えでは「被告らのなすべきでない作為」は十分に明確にされている。
 「街頭宣伝活動等の差止め」「パブリシティ権侵害に基づく差止め」「契約に基づく差止め」等、本件請求のように一定の類型の行為の差止めを認める判例は多数存在するのであり、将来生起するおそれのある侵害の差止めをしようとする場合、個別の事項だけでなく、一定の類型の行為を特定した上で禁止対象とすることはむしろ当然に行われているものである。
(2)更に、被告らは、本件差止めが表現の自由に対する深刻な制約、侵害となると主張している。表現の自由は配慮を受けてしかるべき権利ではあるが、表現の自由といえども、他者の権利を侵害する場合においてまで無制限に行使できるものではないことは言を俟たない。以下に述べる理由から、同種出版物の差止めは許容されるべきである。
 まず、原告らが本件差止めにより公開の禁止を求めているのは、思想や意見の表現ではなく原告らの自宅又は実家の所在地という単なる特定の事実にすぎない。そもそも表現行為が厚く保障されるべき根拠としては、一般的にそれが民主的政治過程の維持に不可欠であることと、個人の自律及びそれに基づく人格的発展にとって重要であることが挙げられているが、原告らの自宅等所在地がどこであるかという単なる事実はこうした根拠とはそぐわない。
 そして確かに、事実の公表であっても表現行為として十分に保障されるべき場合もあるであろうが、原告らの自宅等所在地は、公共の利害又は社会の正当な関心事とは無関係の、専ら私事に属する事実にすぎない。しかし、被告らの本件書籍及び同種出版物の出版等は、原告らの人気に便乗して、ひとえに経済的利益の追求のためになされるものにすぎず、何らの公益目的を見出すことができないことは明らかである。被告らの行為を一応表現活動の一種であるととらえるとしても、本件は、表現の自由の保障が議論される場面で本来想定される事態とは全く異なるものなのである。
(被告らの主張)
(一)抽象的不作為請求であること
(1)原告らは、「被告らは、自ら又は第三者をして、別紙物件目録2記載の出版物の出版・販売・発送・配達・頒布・展示等の一切の行為をしてはならない」旨請求し、別紙物件目録2においては、「原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載した出版物」を掲げている。
 しかしながら、かかる請求は、被告らに対して、抽象的な不作為を請求するものであって許されず、不適法を理由に却下されるべきである。
 そもそも民事訴訟は、原告が判断を求めた事項についてのみ裁判をすることができるものであり、したがって、原告としては、いかなる範囲の裁判を求めるのか、審判の対象となるべき訴訟上の請求を特定したければならない。
 したがって、一定の不作為を請求する差止請求の場合には、原告は、「債務者のなすべきでない作為」を特定することによって、一義的で解釈の余地がないまでに特定しなければならず、右特定の程度に至らない場合には、抽象的不作為請求として不適法却下を免れない。
 とりわけ、本件のように表現行為の差止めが問題となる場合においては、「債務者のなすべきでない作為」が漠然・不明確であるとすると、表現活動に萎縮的効果をもたらし過度に広範な規制となって、表現の自由に対する深刻な制約、侵害をもたらす危険が高い。したがって、本件では「債務者のなすべきでない作為」の特定は厳格になされなければならない。
 しかるに、原告らが出版等の禁止を求める別紙物件目録2記載の出版物は、「原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、図面等によって特定して掲載した出版物」という、極めて漠然とした表現となっており、禁止される出版行為が如何なる行為であるのかが判然とせず、一義的で解釈の余地がないものであるとは到底解し得ない。とりわけ、自宅又は実家の所在地を、どのような方法により、どの程度まで特定することが許されないのかが全く不明確である。一例を挙げるならば、「原告Aは閑静な住宅街に居を構えている」との一文を含む出版物でさえも出版を禁止されることになりかねない。
(2)原告らは、差止め対象が不特定であるとの右被告らの主張に反論して、「原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載」するとの特定方法であれば、本件同種出版物がこれに該当するか否かの判断は容易に可能であるなどと主張するが、「住居表示」あるいは「図面」によって特定するに当たり、どのような「表示」方法、あるいはどの程度の大きさの「図面」により、どの程度まで詳細な内容をもって掲載するかは、これを行う人物によって千差万別であるのだから、本件では「被告がなすべきでない作為」は到底特定されているものとはいい難く、容易に判断可能であるものとは認めがたい。
 原告らは、例えば街頭宣伝活動の差止め等の裁判における差止めの対象活動、行為がいずれも本件被告らの態様と同じであると主張するが、「街頭宣伝活動等の差止め」の事例において差し止められた街宣活動は、明らかに業務妨害罪、信用棄損罪に該当する犯罪行為であり、本件書籍の出版とはこの点において全く異なるものであるのみならず、高度に違法な侵害行為に対する差止めという特殊な場合であるし、「バブリシティ権侵害に基づく差止め」の事例もまた著作権法/19条以下の罰則等の適用される犯罪行為に対する差止めであって、やはり本件の場合とは異なるものである。
(二)表現行為に対する事前差止めであること
(1)そもそも、表現行為に対する事前の差止めは、事後的な損害賠償と比較して、ドラスティックな手段であるだけに、行為者に与える打撃・不利益が大きく、そのため、差止めが認められるための違法性の程度は、損害賠償が認められるための違法性の程度とは明確に区別されるべきであるのみならず、それ以上に高度の違法性が必要とされる。
(2)原告らは、本件差止めの対象が思想、意見の表明ではなく単なる特定の事実の公表行為にすぎないなどと主張する。
 しかしながら、被告らによって公表されるであろうところの「原告らの自宅又は実家の所在地」それ自体が、仮に「単なる特定の事実にすぎない」事柄であるとしても、その所在地をどのような表現方法をもって、どの程度まで詳細に表示あるいは図示して表現するかは、まさしく被告らの評価、判断により異なり、大いに左右されるところであって、これをもって原告らのいうように「単なる特定の事実にすぎない」として一蹴するのは明らかに誤謬であり、表現の自由の理解に欠けるものという他ない。
 原告らの右主張は、原告らの自宅等所在地が公共の利害又は社会の正当な関心事とは無関係であり、かつ、被告らによる本件書籍同種の出版物は、ひとえに経済的利益の追求のためのものであって、何らの公益目的も見出せないことをその理由の一つとしている。しかしながら、右原告らの理由とするところは、現代社会の多様化、複雑化現象の拡散、拡大という現実に目を覆い、ますます多種多様化しつつある価値観、とりわけ現代の若者の関心事を直視しようとしない一方的、専断的な議論という他ない。本件書籍が原告らの多くのファンらによって講読されている事実が物語っているとおり、被告における本件書籍等の出版は、いわば社会的需要に応えるための出版であり、公益目的が全く見出せないとの原告らの見解は極論にすぎるものである。
第3 当裁判所の判断
一 争点1(本件書籍の出版・販売の違法性(原告らの住居情報の要保護性))について
(一)一般に、他人に知られたくない私的事項をみだりに公表されない利益(以下「プライバシーの利益」という。)は、個人の人格的生存に不可欠な人格的利益として法的保護に値するというべきものである。そして、公表されたある事項が法的保護の対象となる「他人に知られたくない私的事項」と認められるためには、その事項が、@私生活上の事柄であること、A一般人の感性を基準にして、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、B一般の人々に未だ知られていない事柄であることを要するものと解される。
 そこで、個人の自宅等の住居の所在地に関する情報をみだりに公表されない利益がプライバシーの利益として法的保護の対象となるかについて検討するに、まず、私生活上の本拠地たる自宅等の住居は、一般には本人やその家族の起臥寝食が行われる場所であり、同時にその安息、やすらぎの場所となるものであるから、極めて私事性が高い空間であるということができ、したがって、その所在地に関する情報は私生活上の事柄(前記@)に該当する。
 また、自宅等の住居の所在地に関する情報は、今日の社会において、通常の一般人であれば自分がそれを知らせた相手又は知らせてもよいと思う相手以外の不特定多数の第三者に知られることを望むものではないことは明らかであり、自宅等の住居の所在地が見ず知らずの人に知られることになれば、あるいは自らの私生活の平穏が害されるのではないかとの不安を抱き一般に何らかの心理的な負担を覚える事柄である。したがって、自宅等の住居の所在地に関する情報は、一般人の感性を基準にして、公開を欲しないであろうと認められる事柄(前記A)といえる。
 更に、個人の自宅等の住居の所在地に関する情報は、当該個人の周辺の人々の間等においては周知されている場合が比較的多いものと思われるが、一般の人々に広く知られている事柄ではない。したがって、自宅等の住居の所在地に関する情報が前記Bの要件を満たすことも問題なく認められる。
 以上によれば、一般に、個人の自宅等の住居の所在地に関する情報をみだりに公表されない利益は、プライバシーの利益として法的に保護されるべき利益というべきであり、右のような情報を正当な理由もないのに一般に公表する行為は、プライバシーの利益を侵害する違法な行為というべきである。
(二)この点に関し、被告らは、「高額納税者名簿」等の個人の住所を特定する出版物の存在を指摘して、住居に関する情報の公開は社会的に許容されているなどと主張する。
 しかしながら、それらの出版物が住所等を掲載されている個人の意思に反するにもかかわらずあえてそれを無視して出版あるいは販売されているものとは認められないばかりか、仮にそのような書籍が他に存在するとしても、これをもって直ちに個人の住居情報をみだりに公表する行為が一般的、社会的に許容されているものと解することはできない。なお、住民基本台帳法1条は、同法が住民の利便を増進すると共に、行政の合理化に資することを目的とするものであることを定め、同法4条4項は同法の規定により交付された書類により知り得た事項を使用するに当たっては、個人の基本的人権を尊重するよう務めなければならない旨規定している。右住民基本台帳法の規定等に照らせば、同法の存在が、個人の住居情報は一般に他人に知られたくない私的事項とはいえないとする被告らの主張の根拠たり得ないことは明らかである。
(三)また、被告らは、原告らは芸能人であるからプライバシーの利益についても一般の人と同列に論じられない旨の主張を展開する。
 しかしながら、芸能人であるが故に、その職業柄、一般の人より彼らのプライバシーの範囲が狭く解される場合があるとしても、普段から喧噪状態の中に身を置くことが多い芸能人において、その自宅等の住居情報が一般に知られることを欲するはずはないのであるから、一般に芸能人がその公表を推定的にも承諾しているとはいえるはずもないし、また、芸能人であるからといってその私生活上の事実が全て公的なものになるということもできない。芸能人にとっても自宅等の住居が極めて私事性の高い空間であることは一般の人の場合と変わりがないのであって、芸能人の場合であってもやはり自宅等の住居の所在地についての情報がみだりに公表されない利益については、法的保護の対象となるものと解すべきである。
(四)更に、被告らは本件書籍の出版目的等について言及し、本件書籍の出版、販売には社会的相当性がある旨の主張をするが、本件書籍の内容は、その記載のほとんどが原告らを含むジャニーズ事務所の芸能人及び同事務所に関係ある芸能人等のプロフィールやその自宅等の所在地の紹介、更には彼らのよく訪れる店やテレビ局等の場所の紹介等に終始するものであって(甲1)、被告らの本件書籍出版に当たっての内心的な意図が奈辺にあったかは措くとしても、その全体的な内容を見る限り、原告らのプライバシーの利益を侵害する記載部分の違法性を阻却するような事情を特に認めることはできない。
(五)以上によれば、被告らが原告らの自宅又は実家の所在地を掲載した本件書籍を出版、販売した行為は、正当な理由なく原告らの自宅又は実家の所在地を公表したものであるから、原告らのプライバシーの利益を侵害する違法行為との評価を免れないものである。
二 争点2(本件書籍の出版・販売等の差止めの適否)について
(一)一般的に、プライバシーの利益は、その性質上、いったんメディアによる公表という態様で侵害されるとその回復が極めて困難なものであることが多い。もとより、表現の自由の人権体系上における優越的地位からみて、表現行為の事前差止めについては極力謙抑的でなければならないが、右プライバシーの利益の原状回復の困難性に鑑みると、個人のプライバシーの利益を違法に侵害する表現行為については、その表現行為の内容が専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある場合に限って、例外的にその事前差止めが許されるものというべきである。
 そこで本件についてみるに、原告らは芸能人ではあるが、その私生活についてはそれが特に社会的な出来事や犯罪行為等と関連しない限り、その公表に何ら公益目的は認められないものと解する。原告らが著名であっていわゆるアイドルと呼ばれる人気芸能人であることを考慮しても、個人の住居空間の私事性の高さに照らせば、到底彼らの住居情報を特に社会的な出来事ということはできない。また、前述したように、本件書籍の内容は、原告らの自宅又は実家の所在地についての記載以外の部分をみても、原告ら及び原告ら以外のジャニーズ事務所の芸能人又は同事務所に関係ある芸能人等のプロフィールや彼らのよく訪れる店やテレビ局等の場所の紹介等に終始するものにすぎない。したがって、本件書籍の出版、販売が専ら公益を図る目的のものでないことは明らかである。
 また、本件書籍の出版、発売によって、多数の原告らの熱狂的なファン等が原告らとの接触を切望して本件書籍を購入し、そこに記載のある原告らの自宅又は実家の所在地に赴いたり、郵便物を送りつけたりするような事態、更に、そのようなファン等の行動によって原告らの私生活の平穏が具体的に害されるような事態が生じるであろうことは、容易に想像できるところである。一般人であっても自分の住居の所在地がメディアによって広く公表されるようなことがあれば相当の脅威を感じるのが自然であると思われるが、特に右のような事態に直面することが予想される原告らの心理的な負担や不安感には極めて深刻なものがあるものと推測される。したがって、本件書籍の出版、販売が継続されれば、原告らが重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあることも明らかである。
 以上によれば、本件書籍の出版、販売を差し止めることは許容されるものと解すべきである。
三 争点3(同種出版物の出版・販売等の差止めの適否)について
(一)まず、本訴において本件書籍と共に差止めの対象として申し立てられている別紙物件目録2記載の出版物については、被告らにおいて現にその出版、販売を具体的に企図しているものではないことから、このような出版物について出版、販売の差止めを求めることが可能かが問題となる。
 なるほど、一般に要保護利益に対する侵害行為の差止めを求める場合には、当該行為により右利益を現に侵害されているか、又は、近い将来侵害されるであろう現実的な危険性が存することが必要であると解されるところ、通常では、本件書籍の出版、販売行為が原告らのプライバシーの利益を侵害するとしてその差止めを命じられた被告らが、あえて同種同内容の出版物を出版、販売する挙に出るとは容易に考え難いところである。
 しかしながら、本件においては前述したように、被告らは、原告らの自宅等の住居の情報を掲載している点が原告らの人格的利益の侵害に当たるとして「スマップ・ゴールド・マップ」の出版、販売の差止めを命じた仮処分及び同内容の本案訴訟第1審判決を受けた後に、あえて「スマップ・ゴールド・マップ」と同じく原告らの自宅等の住居の情報を掲載した本件書籍の出版を敢行しているのであって、かかる被告らの態度及び従前の経緯に鑑みると、被告らにおいて近い将来本件書籍と同種同内容の出版物を出版、販売するおそれは極めて高いものと断ぜざるを得ない。すなわち本件においては、近い将来被告らの同種出版物の出版、販売行為によって原告らのプライバシーの利益が侵害されるであろう現実的な危険性が存するというべきである。
 そして、そのような被告らが出版する原告らの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載した出版物が専ら公益を図る目的のものでないことは明白であるし、また、そのような出版物が出版、販売されれば、原告らが重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれが生じるであろうことは、本件書籍の場合と比べて些かも変わるところがないものである。
(二)もっとも、表現行為の差止めの範囲が曖昧であったり、過度に広範なものであったりすると、それは表現の自由に重大な影響を及ぼすことになるので、本訴の原告らの請求において、被告らが出版、販売すべきでない出版物の特定が十分になされているかについては十分に配慮すべきである。
 そこで、この点につき検討するに、原告らが本訴において本件書籍と共に差止めの対象として申し立てている本件書籍と同種の出版物は、その申立て(請求の趣旨)において「原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載した出版物」と記載されているものであるが、右申立てにいう「特定」とは一般に「多くのものの中で特にそのものだけが該当すると判断すること」を意味するところ、右申立ての記載を見れば、被告らが出版又は販売すべきでない出版物とは、地球上の建築物の中でどれが原告らの自宅又は実家であるのかについて一般人が判断できる程度の住居情報を掲載した出版物のことを指していることは明らかであって、そうであれば、そのような出版物であるか否かの判断は決して困難なものではない。そして、原告らが差止めを求めている出版物についてかかる意味に理解することができるのであるから、本件における差止めの範囲が原告らのプライバシーの利益の侵害を予防するために過度に広範なものとならないこともまた明らかである。
(三)したがって、別紙物件目録2記載の出版物の出版、販売を差し止めることもまた許容されるというべきである。
四 なお、被告らが現に行っていたのは本件書籍の出版と販売のみであること、一般に出版物は出版、販売されなければ、発送、配達、頒布、展示等の行為が存在することはあり得ないのであって、原告らのプライバシーの利益の侵害は本件書籍の出版及び販売を差し止めれば十分に防止できるものと解されること、差止めの対象として「一切の行為」との特定では被告らのなすべきでない行為の特定に十分なものとはいえないことからすれば、原告らが求める本件書籍及び別紙物件目録二記載の出版物に対する出版・販売以外の発送、配達、頒布、展示等の一切の行為の差止請求についてはこれを認めることができない。
五 以上の次第で、本訴請求は主文第一、第二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求については理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条、65条を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第6部
 裁判長裁判官 梶村太市
 裁判官 増森珠美
 裁判官 大寄久


当事者目録
東京都(以下住所略)
 原告 中居正広
右同所
 原告 木村拓哉
右同所
 原告 稲垣吾郎
右同所
 原告 草g剛
右同所
 原告 香取慎吾
右同所
 原告 城島茂
右同所
 原告 山口達也
右同所
 原告 国分太一
右同所
 原告 松岡昌宏
右同所
 原告 長瀬智也
 右法定代理人親権者 母 <略>
右同所
 原告 堂本剛
 右法定代理人親権者 母 <略>
右同所
 原告 堂本光一
 右法定代理人親権者 父 <略>
 右法定代理人親権者 母 <略>
右同所
 原告 坂本昌行
右同所
 原告 長野博
右同所
 原告 井ノ原快彦
右同所
 原告 森田剛
 右法定代理人親権者 養父 <略>
右同所
 原告 三宅健
 右法定代理人親権者 母 <略>
右同所
 原告 岡田准一
 右法定代理人親権者 母 <略>
 右原告ら訴訟代理人弁護士 内藤篤
 同 清水浩幸
 同 坂口昌子
 右原告ら訴訟復代理人弁護士 小林康恵
兵庫県(以下住所略)
 被告 株式会杜鹿砦社
 右代表者代表取締役 松岡利康
兵庫県(以下住所略)
 被告 松岡利康
 右被告ら訴訟代理人弁護士 酒井清夫
 同 清水正英

物件目録
一 ジャニーズ同窓会を編著者、松岡利康を発行者、株式会社鹿砦社を発行所とする「ジャニーズおっかけマップ・スペシャル」と題する書籍
二 原告らのいずれかの自宅又は実家の所在地を住居表示、地図等によって特定して掲載した出版物(但し、一記載の書籍及び株式会社鹿砦社を発行所として平成8年12月1日発行予定であった「ジャニーズ・ゴールド・マップ」と題する定価1万円の書籍は除く)
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日本ユニ著作権センター
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