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【事件名】虚偽事実の加筆事件
【年月日】平成10年11月30日
 奈良地裁 平成9年(ワ)第318号 慰謝料等請求事件
 (弁論終結日 平成10年9月3日)

判決
奈良市(以下住所略)
 原告 浅井美恵子
右訴訟代理人弁護士 川西渥子
同 木村哲也
同 尾崎博彦
同 小松陽一郎
同 藤谷和憲
同 白波瀬文夫
同 大東恭治
同 江野尻正明
同 河原誠
東京都(以下住所略)
 被告 株式会社産業経済新聞社
右代表者代表取締役 羽佐間重彰
埼玉県(以下住所略)
 被告 田所龍一
住居所不詳
(就業先)東京都(住所略) 株式会社産業経済新聞社
 被告 斉藤富夫
右3名訴訟代理人弁護士 熊谷信太郎
同訴訟後代理人弁護士 布村浩之


主文
一 被告株式会社産業経済新聞社及び被告田所龍一は、原告に対し、連帯して金80万円及びこれに対する平成9年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告株式会社産業経済新聞社及び被告田所龍一の連帯負担とする。
四 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告に対し、連帯して金1100万円及びこれに対する平成9年6月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社産業経済新聞社は、別紙記載の謝罪広告を、同被告の発行する新聞「サンケイスポーツ」に、方形枠の2段組で、謝罪広告とある部分は20級活字、その他の部分は他の記事と同級の活字により1回掲載せよ。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 本件は、「ねこプロ」なる名称を用いて、パチンコ専門誌、雑誌等にパチンコの情報や関連記事等を連載したり、テレビ出演などをしている原告が被告株式会社産業経済新聞社の発行するサンケイスポーツに「ねこプロ放浪記」という題名でコラムを執筆し計6回掲載されたが、その掲載された内容の一部は原告の送付した原稿をサンケイスポーツの特報部次長である被告田所龍一が原告の了解を得ることなく改変したもので、また、その改変後の内容は原告の名誉を毀損する点があるとして、被告田所龍一の右行為は原告の著作者人格権及び名誉権を侵害する不法行為であり、サンケイスポーツの編集長である被告斉藤富夫は、被告田所龍一の右改変行為を防止し、原告の著作者人格権及び名誉権を侵害しないように編集する義務があるにもかかわらず、漫然これを放置したから不法行為であり、さらに、被告株式会社産業経済新聞社は、その従業員である右2名の不法行為につき使用者として責任を負うべきであると主張し、連帯して慰謝料1000万円、弁護士費用100万円の合計1100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年6月28日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告株式会社産業経済新聞社に対して、著作権法115条、民法723条に基づき、原告の名誉回復の措置として請求2記載のとおりの謝罪広告の掲載を求めた裁判である。
一 争いのない事実等
1 原告は、昭和38年生まれの独身女性であり、奈良市内の消費者金融会社などの勤務を経て、パチプロとして「ねこプロ」なる名称を用いて、パチンコ専門誌、雑誌等にパチンコの情報や関連記事等を連載したり、テレビ出演などをしている者である。
2 被告株式会社産業経済新聞社(以下「被告会社」という。)は、産経新聞やサンケイスポーツ等の新聞を発行している新聞社であり、被告斉藤富夫(以下「被告斉藤」という。)は、被告会社の発行するサンケイスポーツの編集長であり、被告田所龍一(以下「被告田所」という。)は、同紙の特報部次長である。
3 平成9年2月初旬ころ、原告は被告田所から、原告がサンケイスポーツの関東・東北・北海道で販売される版に連載するコラム(以下「本件コラム」という。)を執筆することを依頼され、これを引き受けた。
 具体的な内容は以下の通りである。
 毎週火曜日の紙面に半年から1年にわたって連載する。
 原告がOLからパチプロになった話を自伝という形で書く。
 字数は12字×40行
4 本件コラムは、「ねこプロ放浪記」という題名の原告の顔写真・実名入りコラムとして、第1回が平成9年2月18日に、以降同年3月25日の第6回まで毎週火曜日のサンケイスポーツの関東・東北・北海道で販売される版に計6回掲載された(以下右計6回の掲載されたものを「本件掲載文」という。)。
5 本件コラムの第5回及び第6回掲載の冒頭部は次のとおりである。
(一) 第5回(平成9年3月18日付)冒頭部(以下「第5回の問題部分」という。)−「人生を食いつぶしていくパチンコ。金融会社に務めてますます"憎しみ"が深まるばかり。いや、パチンコはやらない私の人生まで、ついに狂わせたのです。」
(二) 第6回冒頭部(以下「第6回の問題部分」という。)−「いまになって思えば、わたしはパチンコに"取り憑かれ"ていたのです。パチンコで負けて借金し、そのお金を返すために体を売る。そんな"パチンコ地獄"の現実から、勤めていた金融会社をリストラされる−という形で解放されたわたしは、急に元気になりました。」
6 本件掲載文は原告が被告田所に送付した原稿とは同一ではなく、被告田所において手を加えたものである。本件掲載文のうち第1ないし4回目の掲載文について、原告は掲載内容を了知した以降被告会社、被告田所などに対し、右修正について意見・苦情などが〈ママ〉述べたことはない(原告、被告田所各本人尋問の結果)。本件コラムが掲載されたのが前記地域であることから、奈良県に居住する原告は居住地でそれを購入して入手することはできなかった。原告は第1回掲載後、被告会社から右掲載紙を送付されてこなかったので、被告田所に連絡を取り右掲載紙を送付することを要請したところ、その数日後に送付された。第2回分以降も同様である。
7 被告会社は、本件コラムの連載と同一の火曜日である平成9年4月8日付のサンケイスポーツに、本件コラムの連載と同じ第26面に、縦6・5センチメートル、横5センチメートルの大きさで、編集面に使用している活字と同一のF活字を用いて次の「お詫び」と題する記事(甲第3号証、以下「お詫び文」という。)を掲載した。お詫び文は、原告が同年3月28日に被告会社から同時に第5回分、第6回分の掲載文の送付を受け、その後その内容に抗議したことから、被告会社においてその掲載内容を決定し掲載したものであるが、その当時掲載内容について原告と被告会社との意見は異なり、原告はお詫び文の内容を事前に見ておらず、了承していなかった。
[お詫び] 3月25日付の「ねこプロ放浪記」で、「パチンコで負けて借金し、そのお金を返すために体を売る。そんなパチンコ地獄の現実から、勤めていた金融会社をリストラされるという形で解放されたわたしは、急に元気になりました」という文章があり、あたかも浅井さんご自身のことのような記述になっています。
 本紙が退社した事情の補足説明として原文に一部加筆したものですが、表現不足で浅井さんの名誉や信用を傷つけ、さらにご家族や関係者にご迷惑をおかけしました。おわびします。
二 争点
1 被告田所の責任−名誉毀損による不法行為の成否
(原告の主張)
 被告田所が原告の了解を得ることなく改変し掲載した第6回の問題部分は、単なる表現不足ではなく虚偽の事実を捏造したもので原告の社会的評価を低下させ、原告の名誉を毀損する。第6回の問題部分を通常人の普通の注意力をもって読めば、原告が体を売っていたと理解することは明らかである。被告らは、後記のように、サンケイスポーツは継続して購読する読者を予定しているから、第5回と第6回の両方を読めば、「体を売る」というのが原告自身のことではなく、原告の勤務していた金融会社の顧客のことであることがわかると主張するが、否認する。サンケイスポーツは継続して購読する読者を予定しているというのは被告らの思いだけで、現実には様々な読者がいる。また、たとえ第5回目を読んでいたとしても、翌週第6回目を読んで「体を売る」のが原告自身のことではなく、原告の勤務していた金融会杜の顧客のことであることがわかる人はまずいない。
(被告らの主張)
 否認する。第6回の問題部分を通常人がなんの先入観なく読めば、原告が体を売っていたとは思わないはずであり、また、サンケイスポーツは継続して購読する読者を予定しているから、第5回と第6回の両方を読めば、「体を売る」というのが原告自身のことではなく、原告の勤務していた金融会杜の顧客のことであることがわかるはずであり、原告の名誉はなんら毀損されていない。2 被告田所の責任−著作者人格権の侵害による不法行為の成否
(原告の主張)
 第5回の問題部分及び第6回の問題部分は被告田所が原告の了解を得ることなく原告の送付した原稿を改変したもので、原告の著作者人格権を侵害し不法行為が成立する。
(被告らの主張)
 否認する。原告は被告田所が原稿の手直しをしたうえ掲載することを予め承諾しており、これにより著作者人格権不行使の約定がなされたものである。従って、著作者人格権の侵害による不法行為という原告の主張は理由がない。
3 お詫び文の掲載による原告の名誉回復の有無
(被告らの主張)
 第6回の問題部分は原告の名誉を毀損するものではないが、被告会社は、原告からのクレームに対し誠実に対応するためお詫び文を掲載した。その際、読者の目に留まりやすいように、本件コラムの連載と同一の火曜日に本件コラムの連載と同じ第26面に掲載し、縦6・5センチメートル、横5センチメートルの大きさで、太枠でしっかりと囲み、編集面に使用している活字と同一のF活字を用いるなどの配慮をした。これにより、原告の名誉は回復されたというべきである。なお、原告はお詫び文の内容を事前に了承していなかったが、それは原告が被告らが到底受け容れることができないことに固執したからである。
(原告の主張)
 否認する。第6回の問題部分は被告田所が原告自身が過去に売春をしたかのような認識を一般読者に与えることを企図して改変したもので、この点についての真摯な告白と謝罪がなければ、謝罪広告としての意味がなく、お詫び文は内容がきわめて不十分であり、なんら名誉回復措置になっておらず、かえって事実に反する説明がなされている。
理由
一 争点1について
 前記のように、第6回の問題部分は、「いまになって思えば、わたしはパチンコに"取り憑かれ"ていたのです。パチンコで負けて借金し、そのお金を返すために体を売る。そんな"パチンコ地獄"の現実から、勤めていた金融会社をリストラされる−という形で解放されたわたしは、急に元気になりました。」という記述であり、主語はいずれも「わたし」であり、本件コラムは「ねこプロ放浪記」という題名の原告の顔写真・実名入りのコラムであるから、通常の読者からすればあたかも原告自身が過去に売春をしたことがあるように読めることは明らかである。そして、甲第4号証の1、2、第6号証、原告、被告田所各本人尋問の結果によれば、第5回掲載文、第6回掲載文の掲載された新聞を平成9年3月28日に被告会社から送付を受けた原告はその内容を読み、驚き、翌同月29日にファックスで抗議の文書(甲第4号証の1)を被告田所に送付したところ、同人は同日原告にファックス(甲第4号証の2)で謝罪の意思を表示したことが認められる。そこにおいて、被告田所自身も「ご指摘通り、この回だけを読んだ人は、そう思うでしょう。なんとお詫びしてよいか。〜まったく違う意味に受け取られる内容になってしまったことは、書くことを商売にしている者にとって、恥ずべき失態です。お怒りはごもっともです。ただただ、恐縮するばかり。」と記載して、読者からすればあたかも原告自身が過去に売春をしたことがあるように読めるとの原告の抗議になんら異を唱えていないことが認められる。
 このような内容の記事が不特定多数の読者がいるわが国でも著名なスポーツ新聞であるサンケイスポーツのコラムに顔写真・実名入りで掲載されたことにより、独身女性である原告の名誉権が侵害され、多大な精神的苦痛を被ったことは容易に推認される。
 被告らは、サンケイスポーツは継続して購読する読者を予定しているから、本件コラムの第5回と第6回の両方を読めば、「体を売る」というのが原告自身のことではなく、原告の勤務していた金融合杜の顧客のことであることがわかるはずであると主張する。しかし、スポーツ新聞の性格上、サンケイスポーツの読者が定期的に購読している者ばかりでなく、相当の割合で非定期的に又は1回的に購読する者がいることは明らかであり、また、全ての定期的な読者が毎回本件コラムを読んでいるわけでもないこともまた明らかである。そして、被告田所も本人尋問において、本件コラムを毎回続けて読む読者ばかりでないことは認めている。さらに、本件コラムがサンケイスポーツに掲載されたのは週1回であって、たとえ本件コラムの第5回を読んだ読者が1週間後に第6回を読んだとしても、一般的なスポーツ新聞の読者の読み方を前提とすると、前回の内容を正確に思い出して第6回を読むとは必ずしもいえないから、被告らの右主張は理由がない。
二 争点2について
1 争いのない事実等、甲第1号証の1ないし6、第2号証の1ないし3、第4号証の1、第5ないし7号証、乙第5ないし7号証、原告及び被告田所各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平成9年2月上旬頃、被告田所は原告に電話をかけ、被告がOLからパチプロになった間の話を自伝という形で書き、サンケイスポーツの紙面に週1回ずつ半年から1年にわたって連載すること、連載1回分の文字数などを伝えたうえで連載を依頼し、原告がこれを引き受けた。
(二) 右電話の際、被告田所から原告に対し、本件コラムが読者から人気を博した場合には最終的には単行本にして出版したいとの希望が述べられ、これに対し、「ねこプロ」なる名称を用いて、パチンコ専門誌、雑誌等にパチンコの情報や関連記事等を連載したり、テレビ出演などをしていた原告もそのようなことは当然望むところであり、前向きの意思を同人に表明した。
(三) 本件コラムの題名「ねこプロ放浪記」は被告田所が原告に提案し同人がそれを受け容れ決定したもので、被告田所は以前大評判となり相当部数の売り上げを記録した「麻雀放浪記」を意識して右題名を提案した。原告も被告田所のそのような意思を理解したうえで右題名に賛成した。
(四) 前記の通り、本件掲載文は原告が被告田所に送付した原稿とは同一ではなく、いずれも被告田所において手を加えたものである。このうち、原告が本訴で問題にしていない第1ないし4回の掲載文においても、量的に相当な部分に追加、訂正などが存在する(その原稿は甲第2号証の1、2であり、掲載文は甲第1号証の1ないし4である。)。その中には、「その通り、私、普通じゃないんですよネ。」(第1回目の掲載文)、「実は数年前まで、わたしにとってパチンコは"悪魔"のような存在だったのです。」(第2回目の掲載文)、「パチンコに溺れている人たちを助けてあげなきゃ。そんな、気持ちがいけなかったの? 仕事(金融会杜)も順調にいき始めた夏、運命の神様はまた"いたずら"を始めたのです。世間でよくいわれる「女の嫉妬」。なぜか店長の態度が…。」(第4回目の掲載文)などの被告田所が追加した部分がある。しかし、それらについては、原告が掲載内容を了知した以降被告会社、被告田所などに対し、右修正について意見・苦情などを述べたことはない。前記のように、第5回掲載文、第6回掲載文の掲載された新聞を平成9年3月28日に被告会社から送付を受けた原告はその内容を読み、驚き、翌同月29日にファックスで抗議の文書(甲第4号証の1)を被告田所に送付したが、そこにおいても第1ないし4回の掲載文についてはなんら問題にしていない。
(五) 原告が被告田所に送付した第1回目の原稿(甲第2号証の1)には原告が記載した「本当にありますのほうがいいでしょうか?」との記載がある。
(六) 原告は、高校卒業後大学受験に失敗し浪人中大学受験を断念してケーキ屋でアルバイトをしたのを初め以後OLとしてゴルフ場のフロント受付、歯科助手、ブティック店員、会社事務員などの仕事に就いた後消費者金融会社に勤務し、平成6年1月頃辞めたという職歴であり、パチプロになる以前、文章を作成する仕事についたことはない。また、原告は特に文章作成について高校までに受けた教育以外専門的な教育を受けたことは現在までにない。
(七) 原告によると、平成6年3月頃からパチンコを始め、同年の暮れか平成7年の初めころからパチンコ雑誌の記事やパチンコ関係の本を書くようになったとのことであり、平成7年3月30日に株式会社ごま書房発売の「パチンコで月50万円稼ぐ法」を、同年11月に株式会社ごま書房発売の「パチンコでお金と恋人を手に入れる法」を(パチゲット研究会との共著)、平成9年5月31日に株式会社双葉社発売の「ねこプロ流パチンコ必勝スタイルV」を出版した。このうち「パチンコで月50万円稼ぐ法」は、原告が話したことを出版社の担当者が原稿に起こし、それを原告が書き直すという過程を経るという方法により執筆された。
2 以上の認定事実に基づき判断する。
 まず、本件証拠上、原告と被告田所との間において、掲載に先立ち、もし原告が被告田所に送付した原稿に同人から見て追加、修正、変更すべき部分があるときにはどのようにするかといったことが明示的に話し合われたとは認められない(被告田所は、本人尋問において、原告から第1回目の掲載の直前に送られてきた原稿を見た後原告に電話をして、ある程度新聞に合う形の文章に直さなければならず、それはこちらでうまくやりますと話すと、原告は了解したと供述するが、弁論の全趣旨によれば、右のような事実は本人尋問前には被告らから主張されておらず、また、甲第6ないし8号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は右原稿を送付した平成9年2月16日午後10時44分の直後に被告田所に電話をして49秒間という短時間通話したことが認められるが、それとは別に被告田所が供述するような電話があったとは認めがたい。)。しかし、前記認定事実、特に本件コラムが読者から人気を博した場合には最終的には単行本にして出版するとの話が両名の間であったこと、本件コラムの題名は被告田所が以前大評判となり相当部数の売り上げを記録した「麻雀放浪記」を意識して提案し、原告もそれを認識していたこと、第1ないし4回の掲載文も原告が被告田所に送付した原稿とは同一ではなく、いずれも被告田所において手を加えたもので、量的にも質的にも相当な部分に追加、訂正などが存在するが、原告が掲載内容を了知した以降被告会社、被告田所などに対し、右修正について意見・苦情などを述べたことはないことなどからすれば、本件コラムが読者から人気を博した場合には最終的には単行本にして出版するという双方の共通認識を実現するため、被告田所が新聞記事としてふさわしい表現に訂正することは勿論、スポーツ新聞の一般的な読者に受け入れられやすい文章に付加、訂正することについて、原告は黙示的に承諾していたと認められる。その限度で著作者人格権不行使の約定が黙示的になされたと認めるのが相当である(なお、被告田所は、平成9年2月16日に送られてきた原稿に先立ち、原告から原稿が送付されたが適切ではなかったので書き直しを指示したところ原告はそれに従ったと供述する。しかし、その原稿の現物が存在せず、右原稿の内容についての被告田所の供述が必ずしも説得的ではなく、原告本人尋問の結果に対比して、にわかに信用しがたい。)。しかし、原告の名誉を毀損し、原告に精神的苦痛を与えるような付加、訂正を行うことを原告が承諾していたということは到底ありえない。
 以上に基づき具体的に判断する。まず、第5回の問題部分について判断する。甲第1号証の5、第2号証の3によれば、第5回目の話は、原告が消費者金融会社に勤めていた際、同社に対する借金を返済するためパチンコをしたが負けてしまいついには売春をするしかないと電話で述べた女性顧客の話を信用して原告が対応したところ、店長から怒られ、右対応のしかたが原因で右消費者金融会杜を意に反して辞めることになったというもので、「いや、パチンコはやらない私の人生まで、ついに狂わせたのです。」との部分は、第5回目の話と内容的に矛盾するものではない。さらに、「人生を食いつぶしていくパチンコ。金融会社に務めてますます"憎しみ"が深まるばかり。」の部分は、問題のある表現だが、原告が本訴では問題にしていない「実は数年前まで、わたしにとってパチンコは悪魔のような存在だったのです。」(第2回目の掲載文)と同様、本件コラムが読者から人気を博した場合には最終的には単行本にして出版するという双方の共通認識を実現するため被告田所において読者に受け入れられやすい文章を付加したものであり、乙第6号証によれば、原告が「ねこプロ流パチンコ必勝スタイルV」において、原告がパチンコをするようになった以降のことではあるが、「パチンコ地獄」、「パチンコは悪魔」、「パチンコを憎んでいた私」などの表現を用いていることが認められるなどもあわせ考えると、第5回の問題部分は黙示的な承諾の範囲内のものと認める。
 次に、第6回の問題部分は通常の読者からすればあたかも原告自身が過去に売春をしたことがあるように読めることは明らかであり、このような原告の名誉を毀損し、原告に精神的苦痛を与えるような付加、訂正を行うことを原告が承諾していたということはありえないことは前記の通りである。そうすると、第6回の問題部分は原告の著作者人格権を侵害し不法行為が成立する。
 以上から、第6回の問題部分は、独身女性である原告の名誉権を侵害するとともに原告の著作者人格権を侵害するもので、不法行為が成立する。
 ところで、原告は、第6回の問題部分は、被告田所が虚偽の事実を捏造したものであると主張する。しかし、前記のように、原告は被告田所から、原告が毎週1回ずつサンケイスポーツの紙面に半年から1年の期間本件コラムを連載することを依頼され、これを引き受け、被告田所はサンケイスポーツの特報部次長として右掲載時までの間本件コラムの掲載に関わってきており今後も関わっていく予定であったのであるから、あえて原告自身が過去に売春をしたことがあるとの虚偽の事実を意識的に掲載するというのは考えがたい。そのようなことをすれば、原告との間で本件のような問題が起こることは明らかで、そのようなことをあえて意識的に行ったというのは被告田所の職業、地位、原告との従来の関係などからして考えがたい。前記認定事実及び甲第1号証の1ないし6、第2号証の1ないし4、第4号証の2、第5号証、被告田所本人尋問の結果によれば、同人は本件コラムが読者から人気を博し、最終的には単行本として出版したいとの希望のもと、読者が興味をそそるように原告から送付された原稿に付加、訂正するなどしてきたが、第6回の問題部分もそのようなつもりで付加、訂正を行ったところ、結果的には被告田所の職業、地位からして初歩的なミスを犯してしまったと認めるのが相当である。よって、被告田所が虚偽の事実を捏造したとの原告の主張は採用できない。
三 争点3について
 被告会社は、本件コラムの連載と同一の火曜日である平成9年4月8日付のサンケイスポーツに、本件コラムの連載と同じ第26面に、縦6・5センチメートル、横5センチメートルの大きさで、編集面に使用している活字と同一のF活字を用いてお詫び文を掲載したこと、お詫び文は、原告が同年3月28日に被告会社から同時に第5回分、第6回分の掲載文の送付を受けその内容に抗議したことから、被告会社においてその掲載内容を決定し掲載したものであるが、当時掲載内容について原告と被告会社との意見は異なり、原告はお詫び文の内容を事前に見ておらず、了承していなかったことは前記の通りである。
 しかし、お詫び文は、それを素直に読むと、これを読んだ読者は、第6回の問題部分に原告が過去にパチンコで負けて借金しそれを返すために売春をしたことがあるかのような記載があったが、その部分はサンケイスポーツが加筆したもので、表現不足であり、原告自身が売春したわけではないと理解できる内容であると認められる。
 他方、甲第4号証の5、7、9、原告本人尋問の結果によれば、原告は謝罪文の内容について、あたかも原告自身が過去に売春をしたことがあるように読める記事を書いた主体として被告田所の氏名を表示すること、第6回の問題部分は被告田所が「捏造」したものであること、これらにより原告以外に原告の家族、株式会社プラントピアなどに多大な迷惑をかけたことを深く陳謝するという記載の掲載を要求したことが認められる。しかし、被告田所が虚偽の事実を捏造したとの原告の主張が採用できないことは前記の通りであり、謝罪文に担当者の氏名まで記載することはこの種の事案において通常ではなく、さらに、株式会社プラントピアという原告とは別個の法人に迷惑をかけたことを記載するというのは通常考えられない要求というべきである。以上から、お詫び文の内容について当時原告と被告会社とで意見が異なり、原告はお詫び文の内容を事前に了承していなかったことは、主に原告側の過大な要求に原因があったといわざるを得ない。
 そして、お詫び文は原告の名誉回復のための措置として完全ではないものの、前記の通り一定程度以上のものというべきであり、これに第6回の問題部分の違法性の程度などもあわせ考えると、さらに被告会社に謝罪広告をサンケイスポーツ紙上に掲載させる必要性まではないし、それが「著作者の名誉もしくは声望を回復するために適当な措置」ともいえない。しかし、お詫び文の掲載により、原告の名誉権、著作者人格権の侵害が完全に回復されたものともいえず、それは不法行為者に対し慰謝料の支払を命じることにより回復されるべきである。そして、本件記録上認められる諸般の事情を考慮すれば、右不法行為によって原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては金70万円が相当であり、それとは別に事案の概要、審理の経過、認容額などから相当と認める弁護士費用金10万円を損害として認容することにする。
 ところで、被告田所が被告会社の社員でサンケイスポーツの特報部次長であることは前記の通りであり、同人の前記不法行為が事業の執行につきなされたことは明らかだから、被告会社も被告田所の使用者として使用者責任を負う。しかし、被告斉藤は当時サンケイスポーツの編集長であり、編集長という地位が責任のある地位であることは明らかだが、本件においてそれ以上に被告斉藤の過失を肯定するに足りる証拠は認められないから、被告斉藤に対する請求は理由がない。
四 以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告会社及び被告田所に対し、連帯して金80万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成9年6月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条、65条1項但書を、仮執行の宣言につき同法259条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

奈良地方裁判所
 裁判官 窪木稔


謝罪広告
 平成9年3月25日付の本紙コラム『ねこプロ放浪記』のなかで、
 「いまになって思えば、わたしはパチンコに"取り憑かれ"ていたのです。パチンコで負けて借金し、そのお金を返すために体を売る。そんな"パチンコ地獄"の現実から、勤めていた金融会社をリストラされるという形で開放されたわたしは、急に元気になりました。」という文章が掲載されました。
 もとより、筆者のねこプロこと浅井美恵子さんが書いた原稿にこのような記述はなく、金融会社で働いていた筆者が、担当していたお客さんから「パチンコで借金を返そうとしたけどダメで、もう売春しかない」と電話で泣きつかれて説得する話と、リストラではあったけれど職場のストレスから開放されて元気になったという話を合わせて、当社の記者田所龍一が捏造したものです。
 あたかも浅井さんご自身がパチンコで借金を作り、売春をして会社をクビになったかのような誤解を招く事態となりましたが、そのような事実は一切ありません。
 浅井さんの名誉や信用を大きく傷つけ、さらにご家族やご親戚、関係者、読者の皆様に多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫びいたします。
 また、これまでにも「パチンコ地獄」「パチンコは悪魔のような存在」「人生を食いつぶしていくパチンコ」など、原文には全く登場しない記述を無断で挿入して、パチンコを貶める表現をしていたことを、重ねてお詫びいたします。
 今後このようなことが二度と起きないよう、良識を持って紙面作成に努める所存です。
  産業経済新聞社 サンケイスポーツ編集部
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日本ユニ著作権センター
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