判例全文 line
line
【事件名】歌謡スナック「シャネル」の営業表示使用禁止事件(3)
【年月日】平成10年9月10日
 最高裁(一小) 平成7年(オ)第637号 不正競争行為禁止請求事件
 (一審・千葉地裁松戸支部平成4年(ワ)第673号、二審・東京高裁平成6年(ネ)第571号ほか)

判決


主文
一 原判決中、「スナックシャネル」及び「スナックシャル」の表示の使用差止請求並びに右表示の使用に係る損害賠償請求に関する部分を破棄する。
二 前項の差止請求に関する部分について被上告人の附帯控訴を棄却する。
三 第一項の損害賠償請求に関する部分を東京高等裁判所に差し戻す。
四 上告人のその余の上告を棄却する。
五 第二項に関する附帯控訴費用及ぴ上告費用は被上告人の負担とし、第四項に関する上告費用は上告人の負担とする。

理由
 上告代理人田中克郎、同松尾栄蔵、同伊藤亮介、同宮川美津子、同石原修、同高市成公、同千葉尚路、同山口芳泰、同森崎博之、同中村勝彦、同升本喜郎、同寺澤幸裕、同赤澤義文、同長坂省の上告理由第一について
一 本件は、上告人が被上告人に対し、被上告人が上告人の営業表示として周知である「シャネル」と類似する営業表示を使用して上告人の営業と混同を生じさせているとして、「シャネル」「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示の使用差止め及び上告人が被った損害の賠償を求めている訴訟である。
 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人は、「シャネル」の表示が付された高級婦人服、香水、化粧品、ハンドバッグ、靴、アクセサリー、時計等の製品の製造販売等を目的とする企業により構成される企業グループ(以下「シャネル・グループ」という。)に属し、「シャネル」の表示等につきシャネル・グループの商標権等の知的財産権を有し、その管理を行うスイス法人である。
2 シャネル・グループは、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られ、シャネル・グループに属する世界各地の会社の営業表示である「シャネル」の表示は、我が国においても、昭和30年代の初めころには周知となり、シャネル製品は、一般消費者に高級品のイメージを持たれるものとなっている。なお、シャネル・グループの属するファッション関連業界の企業は、飲食業にも進出するなど、その経営が多角化する傾向にある。
3 被上告人は、昭和59年12月、千葉県松戸市内の面積約32平方メートルの賃借店舗において、「スナックシャネル」の営業表示を使用し、サインボードにこれを表示して飲食店を開店した。同店は、被上告人の外に従業員1名及びアルバイト1名が業務に従事し、1日数組の客に対し酒類と軽食を提供しており、昭和61年から平成4年までの年間平均売上高は約870万円程度であった。被上告人は、本件訴訟が提起された後である平成5年7月、右飲食店に使用していたサインボード4枚のうち1枚の表示を「スナックシャレル」に変更したが、残り3枚のサインボードについては、現在でも「スナックシャネル」の表示を使用している(以下、この二つの表示を合わせて「被上告人営業表示」という。)。
二 原審は、右事実関係の下において、(1)被上告人営業表示は、いずれも「シャネル」の表示と類似するが、(2)被上告人の営業の種類、内容、規模等に照らすと、被上告人が被上告人営業表示を使用することにより、一般の消費者において、被上告人がシャネル・グループと業務上、経済上又は組織上何らかの関係が存するものと誤認するおそれがあるとは認め難く、被上告人営業表示の使用がシャネル・グループの営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるものと認めることはできないと判示して、上告人の請求を棄却した。
三 しかしながら、原審の右判断のうち(2)の部分は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 旧不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの。以下、これを「旧法」といい、右改正後のものを「新法」という。)1条1項2号に規定する「混同ヲ生ゼシムル行為」とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と右他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信させる行為(以下「広義の混同惹起行為」という。)をも包含し、混同を生じさせる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないと解すべきことは、当審の判例とするところである(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第2小法廷判決・民集37巻8号1082頁、最高裁昭和56年(オ)第1166号同59年5月29日第3小法廷判決・民集38巻7号920頁)。
 本件は、新法附則2条により新法2条1項1号、3条1項、4条が適用されるべきものであるが、新法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる行為」は、右判例が旧法1条1項2号の「混同ヲ生ゼシムル行為」について判示するのと同様、広義の混同惹起行為をも包含するものと解するのが相当である。けだし、(1)
 旧法1条1項2号の規定と新法2条1項1号の規定は、いずれも他人の周知の営業表示と同一又は類似の営業表示が無断で使用されることにより周知の営業表示を使用する他人の利益が不当に害されることを防止するという点において、その趣旨を同じくする規定であり、(2)右判例は、企業経営の多角化、同一の表示の商品化事業により結束する企業グループの形成、有名ブランドの成立等、企業を取り巻く経済、社会環境の変化に応じて、周知の営業表示を使用する者の正当な利益を保護するためには、広義の混同惹起行為をも禁止することが必要であるというものであると解されるところ、このような周知の営業表示を保護する必要性は、新法の下においても変わりはなく、(3)新たに設けられた新法2条1項2号の規定は、他人の著名な営業表示の保護を旧法よりも徹底しようとするもので、この規定が新設されたからといって、周知の営業表示が保護されるべき場合を限定的に解すべき理由とはならないからである。
 これを本件についてみると、被上告人の営業の内容は、その種類、規模等において現にシャネル・グループの営む営業とは異なるものの、「シャネル」の表示の周知性が極めて高いこと、シャネル・グループの属するファッション関連業界の企業においてもその経営が多角化する傾向にあること等、本件事実関係の下においては、被上告人営業表示の使用により、一般の消費者が、被上告人とシャネル・グループの企業との問に緊密な営業上の関係又は同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存すると誤信するおそれがあるものということができる。したがって、被上告人が上告人の営業表示である「シャネル」と類似する被上告人営業表示を使用する行為は、新法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる行為」に当たり、上告人の営業上の利益を侵害するものというべきである。
四 そうすると、原判決中、これと異なる判断の下に、被上告人営業表示に関する上告人の使用差止め及び損害賠償の請求を棄却すべきものとした部分には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は理由があり、その余の上告理由につき判断するまでもなく、原判決中、右請求に関する部分は破棄を免れない。そして、以上の説示によれば第1審判決中、被上告人営業表示の使用差止請求を認容した部分は正当であるから、被上告人の附帯控訴はこれを棄却すべきであり、右表示に係る損害賠償請求に関する部分については、損害額について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。また、被上告人営業表示を除くその余の表示は、被上告人が現に使用しているものではなく、これが使用されるおそれについての主張立証もないので、原判決中、右表示に関する請求を棄却すべきものとした部分は、結論において正当であるから、上告人のその余の上告を棄却することとする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第1小法廷
 裁判長裁判官 藤井正雄
 裁判官 小野幹雄
 裁判官 遠藤光男
 裁判官 井嶋一友
 裁判官 大出峻郎
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/