判例全文 line
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【事件名】共同著作名義「ノンタン」絵本事件
【年月日】平成10年3月30日
 東京地裁 平成2年(ワ)第4247号 著作権存在確認等請求事件、
 平成3年(ワ)第14827号 著作権存在確認等反訴請求事件
 (弁論終結日 平成9年3月17日)

判決
東京都(以下住所略)
 原告(反訴被告) 清野幸子
右訴訟代理人弁護士 山嵜進
同 野口啓朗
東京都(以下住所略)
 反訴被告補助参加人 株式会社偕成杜
右代表者代表取締役 今村正樹
右訴訟代理人弁護士 三宅陽
東京都(以下住所略)
 被告(反訴原告) 亡 大友義康訴訟承継人 清野美佳
右訴訟代理人弁護士 藤村眞知子
川崎市(以下住所略)
 同 大友秀典
右訴訟代理人弁護士 木下良平
同 長谷川健
同 佐瀬正俊
同 米川勇
同 小川義龍
東京都(以下住所略)
 同 清野光子
右訴訟代理人弁護士 佐瀬正俊
同 米川勇
同 小川義龍
右同所
 被告(反訴原告) 有限会社大友
代表者代表取締役 清野光子
右訴訟代理人弁護士 木下良平
同 長谷川健
同 佐瀬正俊
同 米川勇


主文
1 別紙著作目録記載の各絵本の著作権がいずれも原告(反訴被告)に帰属することを確認する。
2 被告(反訴原告)亡大友義康訴訟承継人清野光子、同大友秀典及び被告(反訴原告)有限会社大友は、別紙物件目録1記載の物件を製造し、頒布してはならない。
3 被告(反訴原告)亡大友義康訴訟承継人清野美佳は、原告に対し、金125万円を(但し、内金50万円については、被告(反訴原告)有限会社大友と連帯して)支払え。
4 被告(反訴原告)有限会社大友は、原告に対し、金150万円を(但し、内金50万円については、被告(反訴原告)亡大友義康訴訟承継人清野美佳と連帯して)支払え。
5 その余の本訴請求を棄却する。
6 反訴請求をいずれも棄却する。
7 訴訟費用は、両事件を通じて、すべて被告(反訴原告)亡大友義康訴訟承継人ら及び被告(反訴原告)有限会社大友の負担とする。
8 この判決の第3項及び第4項は仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
【本訴請求関係】
一 請求の趣旨
1 主文1項に同じ。
2 被告亡大友義康訴訟承継人ら及び被告有限会社大友は、別紙物件目録1記載の物件を製造し、頒布してはならない。
3 被告亡大友義康訴訟承継人清野美佳及び被告会社は、原告に対し、金300万円を支払え。
4 主文7項及び8項同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
【反訴請求関係】
一 請求の趣旨
1 別紙著作目録記載の各絵本の著作権の全部が亡大友義康の遺産に属することを確認する。
2 反訴被告は、別紙物件目録2の1ないし13記載の絵本及びかるたを出版、製造又は頒布してはならない。
3 反訴被告は反訴原告有限会社大友に対し、金760万0800円及びこれに対する昭和59年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 反訴訴訟費用は反訴被告の負担とする。
5 第3項について、仮執行宣言。
6 (右反訴請求第1項についての予備的請求の趣旨)
 別紙著作物目録記載の各絵本の著作権について、その10分の9の共有持分権が亡大友義康の遺産に属することを確認する。
二 反訴請求の趣旨に対する答弁。
1 本案前の答弁
 反訴請求の趣旨3項について却下を求める。
2 本案の答弁
 主文6項及び7項同旨
第2 当事者の主張
 以下、本件訴訟当事者等につき、次のとおり呼称する。
 原告(反訴被告)は「原告」、反訴被告補助参加人は「補助参加人」、承継前被告(反訴原告)大友義康は「亡大友」あるいは「承継前被告亡大友」、被告(反訴原告)亡大友義康訴訟承継人清野美佳は「承継人美佳」、同承継人清野光子は「承継人光子」、同承継人大友秀典は「承継人秀典」、被告(反訴原告)有限会社大友は「被告会社」、訴外株式会社三恵及び同センモリ株式会社はそれぞれ「訴外三恵」「訴外センモリ」。
 なお、承継人光子、同秀典及び被告会社を合わせて「被告会社ら」といい、被告会社らの主張を便宜上亡人友の主張として表示することもある。
【反訴請求に対する本案前の答弁に関する主張】
一 原告
 反訴の要件の有無は、反訴提起時に存在する本訴にかかる訴訟資料に基づいて判断されるべき事柄であり、反訴に対する反訴被告の対応についての予測に基づいて判断すべきものではない。被告会社が反訴請求原因3項で主張する、原告が取得した金員がすべて本件絵本発行による印税収入によるものであるかどうかは必ずしも明らかではないから、右事実主張に基づく本請求は、本案との牽連性がない。
二 被告会社
 被告会社は、著作権に起因する印税収入を管理する会社であり、原告が右会社から横領した金員はすべて印税収入である。したがって、右横領金員がいずれの所有に属するかは、別紙著作目録記載の絵本の著作権が誰に帰属するかについての主張に関連するものであることは明らかである。
【本訴請求関係】
一 請求原因
1 当事者
(一)絵本作家である原告は、昭和45年4月30日、亡大友と婚姻し、昭和52年7月23日に長女である承継人美佳をもうけたが、昭和60年5月14日協議離婚した。
(二)亡大友は、平成7年1月16日に死亡した。承継人光子及び同秀典は、亡大友の遺言によって、別紙著作目録記載の各絵本の著作権の持分を承継人美佳とともに各3分の1ずつ遺贈されたと主張している。
(三)被告会社は、昭和57年4月2日に設立された会社である。
2 別紙著作目録記載の各絵本の著作権の帰属
(一)別紙著作目録記載の各絵本(以下これらを総称するときは「本件絵本(一)」といい、個別の絵本を指称するときは、右目録中の番号に合わせ「本件絵本(一)@」のように表示する。)は、昭和51年8月以降、補助参加人から出版されているが、本件絵本(一)には、「ノンタン」と呼ばれる一定の外面的特徴を与えられた小猫が主人公として描かれている。
 その外面的特徴の内容は、以下のとおりである。
(1)身体、顔、尻尾等の輪郭がいずれも黒く、毛糸が縮れたような太い波線をもって描かれ、柔らかな感じを表現している。毛の色は白一色である。
(2)身体に比べ、大きな四角型(横長)の顔と、内側が桃色に彩色された三角の大きな耳を持ち、ひげは左右にまっすぐに3本で身体の輪郭と同様の波線をもって描かれている。
(3)両目と鼻の位置関係は水平に横一直線であり、鼻は桃色で丸く、目は開いているときは鼻より大きく、丸く描かれている。
(4)顔は正面を向いていることが多く、身体の姿勢も単純で全体に愛らしく、いかにも幼児好みに描かれている。
(5)絵本の背景などは、白、赤、青、黄、緑、桃色、水色等の原色で描かれ、暖かみが出るように工夫されている。
(6)なお、他に登場する動物(豚、兎、熊、狸、亀、鳥など)も、前記のような特徴的な波形の黒い輪郭線をもって描かれており、全体に、単純な図柄の中に動きを感じさせるものがある。
(二)本件絵本(一)は、原告と亡大友の共同著作名義となっているが、物語のストーリー、図柄、キャラクター、配色等を創作したのは原告であり、亡大友は、原告の指示に従って線書きや着色作業等その一部に関与した補助者に過ぎず、本件絵本(一)はいずれも原告が著作したものである。
(自白の撤回に対する異議)
 被告会社らは、当初、本件絵本(一)は原告との「共同著作である」旨陳述しており、原告が本件絵本(一)の制作に創作的に関与していたことを認めていたものであるから、被告会社らが、後記請求原因に対する認否及び反論の二2(二)(1)において、原告が著作者であることを全面的に否認している部分は自白の撤回にあたる。原告は右自白の撤回に同意しない。
(三)本件において著作権法14条の推定が破られるのは、以下の事実から明らかである。
(1)本件絵本(一)の印税は、昭和57年6月30日まで、補助参加人から原告個人の預金口座に送金されていた。被告会社が設立された後は、被告会社名義の預金口座に送金されるようになったが、亡大友が本件絵本(一)の印税を自己の名で受け取った事実はない。
(2)原告は、幼児向け月刊誌に挿し絵、カット、連載漫画を載せたり、文房具等の商品にキャラクターを提供する等の仕事をしており(甲第17号証ないし甲第24号証)、昭和47年10月ごろから徐々にノンタンを描き得る力量を備えていったものであり(甲第16号証)、これらの作品には、本件絵本(一)に近似しこれと連続性をもった共通点が随所に見られる。
(3)他方、亡大友は、昭和28年6月ごろから、多くの漫画作品を発表し、漫画家として活動してきたもののようであるが、これらの漫画作品にも、また、原告が自分の仕事先(出版社)に頼んで紹介してもらったカット等の仕事内容を見ても、本件絵本(一)につながるような近似性ないし連続性は全く見出せない。
(4)原告は、亡大友と離婚したのちも、ノンタンシリーズの続刊を執筆しているが、亡大友はほとんど作品がない。
 原告と亡大友との夫婦仲が完全に悪化し、原告が承継人美佳を連れて別居に至った昭和59年11月23日を境に、本件絵本(一)の続刊を共同著作名義で出版することはできなくなったが、当時、本件絵本(一)は補助参加人の有力な出版物の一つであり、補助参加人がノンタンシリーズの継続を望んだのは当然である。そして、補助参加人が本件絵本(一)を描き継ぐ者として選択し、現に別紙物件目録2の1ないし3の絵本(以下「本件絵本(二)」と総称する。なお、個別に指称するときは、物件目録2中の番号に合わせて「本件絵本(二)@」のように表示する。)を描き続けることができたのは、原告であって亡大友ではない。もし、亡大友が本件絵本(一)を創作したのであるならば、本件絵本(一)以降もノンタンに近似し、これに連続した作品を別の形で生み出すはずであるが、そのような作品は、本件絵本(一)Iの模倣と評するほかない一作(甲第60号証)を除き皆無である。
(5)本件絵本(一)の原画に残された文字は、全て原告の筆跡であり、亡大友の筆跡は皆無である。また、原告は、絵本を著作するために日頃から創作ノートを用意し、絵本のアイデア、ストーリー、登場する動物の設定、言葉等をメモしていた(甲第号101証及び甲第102号証)。
(6)原告は、本件絵本(一)@ないしBが出版されることが決定し、その原画の作成に着手する前に、単身トンガヘ旅行しているが、その時の原告と亡大友との往復書簡(甲第94号証及び甲第95号証)からは、右絵本の著作者は原告であり、亡大友はこれに関与していなかったことが優に窺える。
(7)本件絵本(一)の発行時期と同じくして、原告には、本件絵本(一)と近似しあるいはこれと連続性を有する他の作品が豊富にあるのに対し(甲第41号証、甲第50号証、甲第65号証、丙第4号証の1ないし5、丙第5号証)、亡大友にはそのような作品は全くないし、漫画家ないし絵本作家としての仕事そのものが乏しかった。
(8)(被告会社ら主張の根拠事実に対する認否)
 被告会社らが主張する亡大友の著作であることの根拠事実(請求原因に対する認否及び反論2(四))のうち、(1)及び(2)の事実は否認する。特に、本件絵本(一)と本件絵本(二)の相違点の主張は、原告の絵本作家としての成長、作風や作画上の好みの変化等を無視しており、このような比較は全く無意味である。キャラクターの描き方が著作時期によってその同一性を失わない限度で異なることがあるのは当然であるし、仮に有意な相違があるとするならば、それは一貫してノンタンシリーズを創作し続けてきた原告の作家としての成長を物語るものである。
 同(3)のうち、本件絵本(一)@ないしBについて、契約名義上亡大友だけが契約者になっていることは認めるが、その余は否認する。
(四)亡大友は、本件絵本(一)を創作するについて補助的作業をしたに過ぎないが、仮に同人の関与が著作者としての行為であり、本件著作物が共同著作物であると評価されるとしても、本件絵本(一)の物語部分に亡大友が関与したことはなく、作画についても、その全体の構成、配置、配色、その他の一切の創意工夫に関する部分及び機械的仕上げに関する部分の大半は原告によって行われたものであるから、亡大友が取得する共同著作権の持分割合は10パーセントを越えるものではない。
3 被告会社らの行為
(一)亡大友(その死亡後は承継人ら)及び被告会社らは、昭和62年4月ころから、原告の許諾を得ないまま「ノンタン」の図柄が表示された別紙物件目録1記載の商品(以下「本件商品」という。)を訴外三恵及び同センモリとともに製造販売している。
(二)右行為は、著作物としてのノンタのキャラクターそれ自体を複製するものであり、仮にノンタンのキャラクターそれ自体に著作物性が認められないとしても、本件絵本(一)に登場するノンタンの絵柄を有形的に再製するものであるから本件絵本(一)の複製に該当し、原告の複製権を侵害する。
(三)仮に、本件絵本(一)の著作権が原告と亡大友の共有に属していたとしても、共有著作権は共有者全員の合意によらなければ行使できないところ、原告は本件商品の製造販売に合意した事実はない。
4 亡大友及び被告会社は、右3の行為により金300万円を下らない利益を上げた。
5 よって、原告は、本件絵本(一)についての著作権の確認を求めるとともに、承継人ら及び被告会社に対し右著作権(複製権)に基づき本件商品の製作販売の差止めを、亡大友の債務を承継した承継人美佳及び被告会社に対し、右著作権(複製権)侵害の不法行為による損害の賠償をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否及び反論(承継人光子、同秀典及び被告会社)
1 請求原因1の各事実は認める。
2 請求原因2(著作権の帰属)について
(一)同2(一)のうち、本件絵本(一)が昭和51年8月以降、補助参加人から出版されていることは認めるが、ノンタンの外面的特徴に関する主張は争う。
(二)(1)同2(二)のうち、本件絵本(一)が原告と亡大友との共同著作名義であることは認めるが、その余は否認する。本件絵本(一)は、ストーリー、図柄、キャラクター、配色等すべて亡大友の主導の下、同人が創作したもので、原告は補助者に過ぎない。
(自白の撤回に対する異議の主張について)
被告会社らは、当初から右事実主張をしており、本件絵本(一)が原告と亡大友との共同著作物であると主張したことは法的見解ないし解釈に過ぎず、事実を認めているものではない。仮に自白の撤回に該当するとしても、その内容において真実に反するものであるから、原告の同意がなくても自白の撤回は許される。
(2)仮に、原告が補助者の立場でないとしても、本件絵本(一)は原告及び亡大友の共同創作によるものである。少なくとも、毛筆によって絵を仕上げることはすべて亡大友がしてきたもので、このことは本件絵本(一)と本件絵本(二)を比較すれば明瞭であるし、着色もほとんどが亡大友の発案に基づくものである。話の筋、構成については、原告が読者の立場から亡大友に意見を述べたことはある。
(三)同2(三)(推定覆滅事由)について
(1)同2(三)(1)のうち、被告会社が設立されるまでは、原告の預金口座に印税が送金されていたことは認める。但し、当時亡大友にはアパ一トの家賃収入があったため、節税対策として一時原告名義の口座で印税を受け入れていたもので、その後口座名義自体が被告会社になったり、原告及び亡大友になったりしており、右は著作権の帰属と関係はない。
(2)同2(三)(2)は否認する。甲16号証は売り込みのためのフィクションに過ぎない。また、甲第17号証から甲第24号証の作品は、亡大友の作品を原告名義で発表したものである。原告は、これらの作品では「大友おみ」とのペンネームを使用しているが、原告は自分の名前のままで発表することは恥ずかしいといって、亡大友のペンネームであった「大友康匠(やすおみ)」の最後をとって「大友おみ」の名で発表しているのである。
(3)同2(三)(3)は否認する。当時、大友は絵本作家としての地位を有していた。
(4)同2(三)(4)のうち、原告がノンタンシリーズの続編を出していることは認めるが、その余は否認する。亡大友がノンタンシリーズを出していないのは、原告と離婚後は、対外的に夫婦の共同著作として発表した作品の続編を出すことに心理的抵抗を覚えるという芸術家的潔癖さからであり、なおかつ原告と補助参加人を巻き込んでの摩擦を避けたいという気持ちが働いたからである。
(四)むしろ、以下の事実からすれば、本件絵本(一)が亡大友の創作によるものであることが明らかである。
(1)本件絵本(一)の特色は、リズムのある口調とかわいらしい登場人物を含めた絵にある。このリズムのある口調は、亡大友の以前からの作品にも表われている独特のものであるし、一定のふるえを適度に加味した毛筆によって描かれた線により、柔らかさが表現できている点に絵の特色がある。このような線を描く技術は亡大友にしかなかった。
(2)本件絵本(一)と、原告が単独で発表した続刊である本件絵本(二)とを対比すると、キャラクターの描き方、図柄、配色、口調等が次のとおり異なり、本件絵本(一)の著作者と本件絵本(二)の著作者とは別人であることが明らかである。
@ 本件絵本(二)では、原告は毛筆を使いこなせないためデザイン・ペンによっている。そのため、柔らかな線が出せないでいるのに対し、本件絵本(一)では毛筆を使用することにより柔らかな線が描かれている。この点は、登場するキャラクターが「愛くるしい」との印象を読者に与えるか否かを決する重要な要素である。
A ノンタンのひげの角度とひげの線の震わし方が全く異なる。本件絵本(二)では、本件絵本(一)に比べひげが大きく開いた角度であり、かつ不必要に震えをつけているため、顔にいかつい印象を与えることとなり、柔らかな愛くるしさが損なわれている。
B ノンタンの耳の輪郭の描写が異なる。すなわち、本件絵本(二)では、本件絵本(一)に比べやや尖った輪郭で丸みに乏しいため、優しさの表現に欠けるところがある。更に、本件絵本(二)の耳は、本件絵本(一)と比べ常に相当大きく書かれている。
C ノンタンの指の描き方が異なる。亡大友は、ノンタンの愛くるしさを表現するため、その指をぬいぐるみのように描き、人間の指を感じさせないようにしているが、原告は、人間の指に近いノンタンの指を描いている。
D 動物の輪郭の線の描き方が異なる。亡大友は、動物の持っている体感を感じさせるようにする目的で、毛並みを描くときに震える線を使い、その暖かみを表現しようとしている。しかし、原告の描き方は、その目的に気付いていないため、亡大友の描き方を真似てはいるものの、その毛並み、体感が出ていない。また、その目的がないためか、ときどき直線的に描かれている。
E 背景の描き方が異なる。原告は、背景についての気遣いがない。そのため背景をなるべく描こうとしない傾向があり、描いているとしても雑である。
 亡大友は、背景が子供に与える影響、背景が物語の中の表現となっていることを意識しつつ描いているため、なるべく背景を描くことによる表現を考えながら描いている。例として「ノンタンぶらんこのせて」のブランコの木についている毛虫の一連の動作、「ノンタンのたんじょうび」の草むらの中の虫の姿などは、自然界の中には、ママだけではなく動物も一緒にいることを表現し、あわせて、2度、3度絵本を見る子供が、新たに小動物等を発見する喜びを期待して描いている。
F 小物類などの描き方が異なる。原告は、画家としてのデッサン力に欠けているため、自動車等の小物の形が崩れている。同じ原因で、原告の絵はノンタンの首と胴体とのバランスが崩れているものがみられる。
G 色合い及び色の濃さが異なる。亡大友は、色塗りをするときは、色を工夫し、絵の具の色をそのまま使うことは少なく、色を配合して塗っていた。原告は、被告が用意した色を単に塗っていたに過ぎない。そのためか、原告は色に対する気遣いがなく、その色は明確に異なる。
H ノンタンのあごの描き方が異なる。原告の描くノンタンは、あごがあごとして独立して描かれている。亡大友は、全体的な丸みを出すため、あごを描いているときも顔と一体となっているように描き、あごを独立しているようには描いていない。
I 絵の全体的な丸味が異なる。原告の絵は、背景の小物の描き方に丸味がなく、ややもすると角がそのまま角として描かれている。しかし、亡大友は、なるべく丸味をもたせて描くようにしていたため、角も丸く描かれている。これにより、絵の全体の柔らかさが異なる。
(3)本件絵本(一)@ないしBについて、昭和51年8月1日に初めて補助参加人と出版契約を締結しているが、これは亡大友のみが契約している。これも本来、本件絵本(一)は亡大友の創作によるものであるためである。
(五)請求原因2(四)は否認ないし争う。
3 請求原因3のうち、亡大友及び被告会社らが、昭和62年4月ころ以降、本件商品を訴外三恵及び同センモリとともに製造販売していることは認める。原告の許諾を得ていないとの点は否認する。
4 請求原因4の事実は否認する。被告会社は単に許諾料相当分の金額を受領しているに過ぎず、製造販売自体による利益を得ている訳ではない。
三 請求原因に対する認否及び主張(承継人美佳)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)、(二)及び(三)(1)ないし(4)の事実は認める。
3 同3(一)及び同4の事実は知らない。
4 承継人美佳の主張
(一)本件絵本(一)は、ストーリー、図柄、キャラクター、配色等、原告の創意、主導の下に同人が創作した著作物であって、亡大友が制作作業に関わっていたとしても、その関与には創作性はない。
 承継人美佳(昭和52年7月23日生まれ)は、昭和59年まで両親と同居し、本件絵本(一)の創作状況に接し、絵本を描く原告のそばで遊び、原告が語ってくれるお話を聞いて育ったものであって、承継人美佳の心にも記憶にも、子供のために絵本の仕事をしている原告の姿が焼きついており、無邪気な童心に同化できる想像力豊かな原告の個性からノンタンが生み出されたことを感じてきた。一方、父義康(亡大友)は「大人の世界の人」であり、幼児のためにお話を聞かせてくれたり絵を描いていた記憶はない。
(二)被告会社らが、本件絵本(一)の著作者が亡大友であるとして主張する根拠事実のうち、リズムのある口調は原告の創意の現れであるし、毛筆の使用や絵の具を混色することは、特徴とはいえない。その他の絵の相違についての主張は、時によって、あるいは時の経過により同じ著作者でも変わり得る点であって、いずれも亡大友が関与したことを証するものではないし、少なくとも創作性とは関係のないコツや技術であって、作品自体の個性や著作者の個性を表すものではない。鮮明な色調は、幼児向け絵本ではポジティブな視覚効果を与えるものである。
 そもそも、本件絵本(一)が子供達に愛され、ロングベストセラーとなったのは、幼児達の心をとらえる個性があったからである。本件絵本(一)の特徴は、登場するキャラクター達の愛らしい表情やしぐさ、リズミカルな語調、「いい子」でなくても無邪気に自己主張するキャラクター達、幼児が自然にキャラクターと友達になれる楽しいストーリーにあり、給自体には高度の表現技術を要するものではない。
(三)原告と亡大友が離婚した後も、原告だけがノンタンの絵本を描き得ている。ノンタンの絵本のリズムある語調、創作的なキャラクターの絵は、原告の著作物の特徴であって、原告が創作した「こぎつねこんちゃん」と亡大友が創作した「こぐまのプックン」とを比較すると歴然としている。
四 抗弁(著作権ないし商品化許諾権の譲渡)
1 被告会社は、印税及び本件絵本(一)の商品化権による収入を管理するため、昭和57年4月2日設立されたもので、亡大友あるいは原告と亡大友は、被告会社設立とともに著作権及びその二次的使用権である商品化許諾権を同社に譲渡した。これは、キャラクター商品等の製造販売及びその商品化許諾権についての管理の委託契約に基づくものである。
 したがって、仮に原告が本件絵本(一)の著作者であるとしても、もはや原告には著作権は帰属していないし、被告会社は権限を有している。
2 キャラクターの商品化は、右譲渡された著作権に基づいて、被告会社が訴外三恵及び同センモリにノンタンの使用を許諾をしているものである。
五 抗弁に対する認否
抗弁事実はいずれも否認する。被告会社を通じて印税収入を受け取っていたが、それは単に節税のためである。また、著作権譲渡は、補助参加人との間で締結された本件絵本(一)の出版契約が個人名でなされていること、出版契約の中で著作権の譲渡が禁じられていることから、その不存在は明らかである。
六 再抗弁(譲渡契約の解除)
 仮に原告が被告会社に対し、本件絵本(一)の著作権ないし共有著作権を譲渡した事実が認められるとしても、原告は、平成4年7月7日の本件準備手続期日において、右譲渡契約を解除する旨の意思表示をした。
 右譲渡契約なるものが仮に存在するとしても、それは、原告の著作権から生じる印税収入の節税のためにその管理を委託する趣旨でなされた管理委託契約であり、原告と亡大友との夫婦関係や協力関係が継続すること及び印税収入が原告に配分されることが当然の前提である。しかるに、原告と亡大友との夫婦関係や協力関係は既に消滅し、著作物利用に伴う収入も原告には配分されていない。しかも、亡大友及び被告会社は、原告の著作権は被告会社に譲渡されたとの主張をするとともに、平成元年8月31日に原告が被告会社の社員総会に出席し、資本金を300万円から600万円に増加し、その増資出資口数を亡大友と訴外手塚英宗が引き受け、これに伴う定款変更に賛成したかのような虚偽の社員総会議事録を作成し、これを行使して資本金増額の登記手続を行い、更に、亡大友及び被告会社は、平成元年11月1日には取締役であった原告を解任しており、前記著作権の委託管理の前提となる信頼関係は既に絶たれている。
七 再抗弁に対する認否
 譲渡契約について、原告が亡大友との夫婦関係や協力関係が継続すること、印税収入が原告に配分されることが当然の前提であったことは否認し、その余は争う。仮に本件絵本(一)が共同著作物であるとしても、著作者全員の合意によらなければ契約解除のごとき処分行為はできないものである。
八 再々抗弁
1 譲渡契約が、夫婦関係や協力関係が継続すること等が前提であったと仮定しても、そのような状態を破綻させたのは原告であり、有責者である原告から譲渡契約を解除することは信義則上許されない。
2 仮に、被告会社に対する譲渡契約の解除が認められるとしても、著作権の譲渡を受けていた被告会社からすでに適法にキャラクター使用許諾を受けている訴外三恵及び同センモリら第三者の権利を害することは許されないから、被告会社が、キャラクター商品について製造差止めその他の請求を受ける立場にはない。
九 再々抗弁に対する認否
 再々抗弁はいずれも争う。
 第三者の権利が害されるか否かは、当事者間における契約解除の効力とは何ら関係がない。解除の結果、相手方である被告会社が商品化の権限を失うに至ることはいうまでもないから、ひいては被告会社の右権限に依存していたにすぎない第三者の地位も消滅するというべきである。
【反訴請求関係】
一 請求原因
1 当事者
 本訴請求原因1のとおり。
2 本件絵本(一)の著作権の帰属
(一)本訴請求関係二の本訴請求原因に対する認否及び反論(被告会社ら)2項のとおり、本件絵本(一)は亡大友の創作によるもので、原告は補助者の立場にあったものに過ぎない。すなわち、ストーリー、図柄、キャラクター、配色などすべては亡大友の主導の下に制作されたものである。
(二)本来本件絵本(一)は、亡大友の創作によるものであるが、原告がごく一部ではあるが色塗りを手伝ったり、亡大友の創作したストーリーに読者の立場から意見を述べたこともあった。右により仮に本件絵本(一)について、原告が著作活動を分担したと認められるとしても、それによる原告の共有著作権の持分は1O分の1を越えるものではない。
3 横領行為原告は、昭和59年11月2日に200万円、同月20日に560万0800円(合計760万0800円)を被告会社の預金から持ち出した。これらは、被告会社が所有する金員であるから、被告会社は、民法709条により、原告に対して右金員と同額の損害賠償請求権を有する。
4 著作権侵害
(一)原告は、本件絵本(二)を補助参加人から出版し、また、別紙物件目録2記載番号13のかるた(以下「本件かるた」という。)を製作し、補助参加人を通じて販売している。
(二)本件絵本(二)は、いずれも主人公のノンタンをはじめ、登場人物の名称、容貌、姿態等の主要部分はすべて酷似しており、本件絵本(一)を複製ないし翻案したものである。また、本件かるたの絵は本件絵本(一)の図柄を模倣したもので、本件絵本(一)についての著作権を侵害するものである。
(三)仮に本件絵本(一)が共同著作物であると認められたとしても、原告は、本件絵本(二)を本件絵本(一)と同じくノンタン絵本として公表しているものであるから、共同著作者全員の合意によらなければ複製できないものである。
(四)よって、承継人光子及び同秀典は、原告に対し、著作権ないし共同著作権に基づき、本件絵本(二)及び本件かるたの製造販売の差止めを求める。
二 反訴請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実については否認する。その詳細は、本訴請求原因2口及び(三)に記載のとおりである。
3 同3の事実については、原告が右金員を取得したことは認めるが、その余の主張は争う。そもそも、原告が取得した760万0800円は、本件絵本(一)の印税収入であるから、当該金員は著作権者である原告の所有に属するものであり、不法行為を構成しない。
4 同4(一)中、原告が本件絵本(二)を出版している事実は認め、その余は否認する。同(二)中、本件かるたについては否認し、その余の事実は認めるが、(三)、(四)の主張は争う。
三 抗弁
1 反訴請求原因3に対して(消滅時効)
(一)仮に当該金員が被告会社の所有であったとしても、被告会社は、昭和61年7月17日、その主張にかかる不法行為による損害賠償請求権を被保全権利として、東京地方裁判所に不動産仮差押申請手続をしているが、右手続において、被告会社は疎明資料として、不法行為であるとする事実を述べた亡大友作成の昭和61年7月16日付け上申書を提出している。したがって、被告会社は、そのころ原告の金員持出行為を既に知っていたものであり、被告会社が原告の右行為を知ったときからすでに3年を経過している。
(二)原告は、右消滅時効を援用する。
2 反訴請求原因4に対して(亡大友の同意)
仮に本件絵本(一)が亡大友と原告の共同著作物であるとした場合、亡大友は、昭和61年5月、原告に対し、本件絵本(二)について、その出版の同意をしているが、右は著作権法65条2項の共有著作権の行使についての合意に該当する。よって、原告による本件絵本(二)の製作頒布は適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
(一)同1(一)の事実は否認する。
(二)被告会社は、原告が右金員の持ち出しについて何の説明もすることなく、長期間にわたり所在不明のまま連絡も取れなかったため、取り敢えず原告に対する貸付金として計上処理していた。
 その後、昭和63年5月25日に被告会社の代理人木下弁護士が原告の代理人山嵜弁護士と著作権をめぐる問題について面談した際、同弁護士から前記金員について借りたものは返す旨述べられ、借入金として返還する旨の意思が明白になった。ところが、平成2年4月10日の本訴提起により、原告は、本件著作物の著作権も印税収入もすべて自己に帰属する旨主張するに至ったものであって、被告会社は、ここにおいて初めて、原告が前記金員を借入金ではなく自己の物として持ち出したものとして、確定的に原告の不法領得の事実を知るに至ったものである。
 したがって、被告会社が原告の不法行為の事実を知ったのは、本訴状送達の日である平成2年5月ごろであるから、消滅時効は完成していない。
2 抗弁2について
亡大友が本件絵本(二)の出版に同意した事実は認め、その余は争う。
五 再抗弁(同意の撤回)
1 亡大友の右同意は撤回されており無効である。
2 亡大友は、昭和60年の秋ごろ、補助参加人から、「原告が新しく一人で描いた絵本(本件絵本(二))を出版してくれなければ、本件絵本(一)の出版も拒否するという申入れがあり、同社としても穏便に事を進めたい。そこで新しい絵本を無断で出版してしまったが、これについて同意をしてくれないか。」との申込みを受けた。
 当時は、亡大友と原告は別居状態にあり、原告は所在不明で同人により離婚届が提出されている状態であり、亡大友としては、早く夫婦間の財産等の清算をしたいと考えていたため、紛争を予防するという意味からも世話になっている補助参加人に迷惑をかけたくないということからも、これに同意した。
3 しかし、その後の原告の行為は、本件絵本(二)の出版を根拠の一つとして、本件絵本(一)に関する亡大友の著作権まで否定しようとしており、右同意の前提と異なる状況に至ったため、亡大友は、反訴状により、平成3年11月25日、右同意を撤回する旨の意思表示をした。
六 再抗弁に対する認否
 再抗弁のうち1は争い、同2は知らない。同3のうち、原告が本件絵本(一)の著作者が亡大友であることを否定していること、亡大友が原告に対し、平成3年11月25日に同意を撤回する旨の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。
第3 証拠
 本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
第1 本訴請求について
一 本件紛争に至る経緯等
1 請求原因1及び本件絵本(一)が昭和51年8月以降、補助参加人から出版されていることは当事者間に争いがない。
 右争いのない事実に、成立に争いのない甲第90号証及び甲第91号証、原告本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認められる甲第41号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第45号証、甲第64号証ないし甲第66号証、証人鴻池守の証言により真正に成立したものと認められる甲第67号証、承継前被告亡大友本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第8号証(原本の存在とも)、乙第9号証及び乙第36号証、証人土屋多弘の証言により真正に成立したものと認められる乙第34号証、証人鴻池守、同土屋多弘の各証言、原告及び承継前被告亡大友本人尋問の結果、後掲括弧内の各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。
(一)本件絵本(一)発行前の原告及び亡大友の創作活動等
(1)原告(昭和22年生まれ)は、漫画家や絵本作家になりたいと思い日頃から絵を描きためていたが、昭和44年ころ、亡大友(昭和9年生まれ)から漫画の指導を受けるようになり、これをきっかけに交際が深まり、両名は昭和45年に婚姻した。
(2)原告は、昭和47年ころ以降、幼児向け月刊誌(講談杜発行の「たのしい幼稚園」及び「おともだち」、小学館発行の「めばえ」)の挿し絵、カット、あるいは付録のイラスト制作等の仕事を引き受けるようになり、また、土屋多弘が代表取締役を務めるトーア出版企画株式会社を通じて、衣料品等に用いるキャラクターデザインにも携わるようになった。
 その際、原告は、小学館の「めばえ」掲載作品には「キヨノサチコ」というペンネームを用いていたが、講談杜の月刊誌掲載作品には、亡大友のペンネーム「大友康匠(やすおみ)」の最後をとった「大友おみ」を使用しており、「たのしい幼稚園」に掲載された「グリンとニャーミィ」という作品(付録も含む)については、既に衣料品のキャラクターに用いられていたことから「大友おみ」のほかに「?キヨノサチコ」との表示も付記していた(甲第17号証ないし甲第23号証(甲第20号証は枝番1ないし3)、甲第46号証の1・2、前掲甲第41号証に添付された作品番号1ないし17の各存在自体。なお、本件絵本(一)が発行される前の原告の作品を「先行作品」ということがある。)。
(3)他方、亡大友は、昭和28年6月ごろ以降、漫画家として多数の作品を発表し、単行本も数多く出していたが、昭和37年から昭和39年にかけて病気入院したのちは活動ペ一スが落ち、原告と知り合ったころはある漫画家のアシスタントをしていた。そして、原告と婚姻後、しばらくして漫画家のアシスタントを辞め、原告と同様に幼児向け月刊誌のカット等の仕事をするようになったが、「たのしい幼稚園」編集部では、テスト等の学習もののカットは亡大友に依頼し、原告には、読者である幼児が自分で見て楽しめるぺ一ジのカット等を主に依頼していた(原本の存在及び成立に争いのない甲第78号証ないし甲第81号証、被告会社らとの関係では成立に争いがなく、承継人美佳との関係では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第84号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第23号証及び乙第24号証)。
(二)本件絵本(一)の発行等(昭和50年ないし昭和59年9月)
(1)原告と亡大友は、昭和50年4月ないし5月ころ、他の出版杜の紹介で、子ギツネを主人公とした「あかんべきつね」というタイトルの絵本原案を補助参加人に持ち込み、編集部の鴻池守がその応対に当たった。その席上、鴻池が右原案の作成者を尋ねたところ、亡大友が原告と共同して作成した旨答えたが、原告は特にこれを否定することはなかった。
 その後、更に3作の絵コンテが補助参加人に提出され、主人公を「ノンタン」という名の子猫に変更した絵本が補助参加人から出版される運びとなり、右4作のうち3作が採用されて、昭和51年8月に「ノンタンぶらんこのせて」と「ノンタンおやすみなさい」が、また、同年10月には、右「あかんべきつね」をもとにした「あかんベノンタン」が相次いで出版された。
 右絵本は好評を博し、これらの続編が補助参加人から次のとおり出版されているが、前3作も含め、いずれも原告と亡大友が共同著作者と表示されている(甲第1号証ないし甲第10号証の存在自体)。
 昭和52年8月「ノンタンおよぐのだいすき」
 昭和52年12月「ノンタンほわほわほわわ」
 昭和53年4月「ノンタンおねしょでしょん」
 昭和53年12月「ノンタン!サンタクロースだよ」
 昭和55年1月「ノンタンあわぷくぷくぷぷぷう」
 昭和55年12月「ノンタンのたんじょうび」
 昭和57年9月「ノンタンボールまてまてまて」
 補助参加人における本件絵本(一)の編集や制作過程における打ち合わせ等は前記鴻池守が担当したが、ほとんどの打ち合わせには原告と亡大友両名が同席した。なお、原告は、当初の3作が発行される前の昭和50年11月から翌51年1月にかけて、単身トンガに旅行している。
(2)本件絵本(一)に描かれたノンタンの絵には、次のような表現上の特徴がある。
@ 身体、顔、尻尾等の輪郭がいずれも黒く、毛糸が縮れたような(震えたような)太い波線をもって描かれ、毛の色は白一色である。
A 身体に比べ、大きな四角型(横長)の顔と、内側が桃色に彩色された三角の大きな耳を持ち、ひげは左右に3本で身体の輪郭と同様の波線をもって描かれている。
B 両目と鼻の位置関係は水平にほぼ横一直線であり、鼻は桃色で丸く、目は開いているときは鼻より大きく、丸く描かれている。
C 顔は正面を向いていることが多く、身体の姿勢も単純である。
D 絵本の背景などは白、赤、青、黄、緑、桃色、水色等の原色で描かれている。
 なお、他に登場する動物(豚、兎、熊、狸、亀、鳥など)も、前記のような特徴的な波形の黒い輪郭線で、単純な絵柄で描かれている。
(3)本件絵本(一)についての補助参加人との出版契約書は、次のとおり5回にわたって作成されたが、いずれも亡大友が契約書作成の手続を行った。
@ 昭和51年8月1日付け(本件絵本(一)@ないしBについて)
A 昭和53年3月15日付け(右書籍について作成し直したもの)
B 昭和56年7月25日付け(右書籍について作成し直したもの)
C 右同日付け(本件絵本(一)CないしHについて)
D 昭和57年9月1日付け(本件絵本(一)Iについて)
 これらの契約書のうち、最初に作成された契約書の著作者名欄には原告と亡大友の名(ペンネーム)が記されていたが、契約当事者たる著作権者の欄には亡大友だけが記されていた。他方、その後に作成された出版契約書では、著作者名及び著作権者ともに両名の名が記されている(原本の存在及び成立に争いのない甲第68号証及び乙第2号証、成立に争いのない乙第3号証及び乙第4号証、証人鴻池守の証言及び承継前被告亡大友本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第7号証)。
(4)本件絵本(一)の印税は、昭和57年4月15日まで原告個人名義の銀行口座に振り込まれていた。本件絵本(一)の売上が好調で印税や商品化事業からの収入が増加したため、前記土屋多弘の勧めもあって、節税のため、原告と亡大友は、両名が出資して昭和57年4月2日、商標権、意匠権、著作権の管理並びに販売代行業を目的の一つとし、本店所在地を当時の原告と亡大友夫婦の住所地(昭和58年9月22日に原告の実家の住所地に移転登記)とする被告会社を設立し、亡大友が代表取締役に、原告が取締役にそれぞれ就任し、昭和57年6月以降は、本件絵本(一)の被告会社の口座に支払われた(成立に争いのない甲第15号証、甲第106号証及び甲第109号証の1・2、乙第11号証)。
(5)本件絵本(一)の出版が継続する中、原告は、従前から仕事を引き受けていた「たのしい幼稚園」や「おともだち」にもいくつかの作品(カットやオリジナルの絵話等)を寄せ、特に「おともだち」の昭和57年2月号から昭和61年1月号には「こぎつねこんちゃん」という創作絵話が(但し、昭和59年2月号から同60年1月号までは休載されている)、また、「たのしい幼稚園」の昭和57年1月号から9月号には「ぽっぽちゃん」という創作絵話がそれぞれ連載されたほか、「たのしい幼稚園」の昭和58年9月号には「よんだのおばちゃんみなみのしまへ」、「よんだのおばちやんほしづくりのくにへ」、「よんだのおばちゃんケーキをつくる」という3話のオリジナル作品を寄せている(これら本件絵本(一)と並行し、あるいは後の別居に至るまでの間に発表された作品を「並行作品」ということがある。)。
 なお、右「こぎつねこんちゃん」の一部(昭和57年2月号と3月号)及び「ぽっぽちゃん」(昭和57年2月号)には「大友幸子」との著作者名が表示されているが、その余の作品については、従前と同様「大友おみ」のペンネームが使われていた(前掲甲第41号証に添付された作品18ないし31、甲第50号証、甲第103号証の1ないし6、乙第27号証の各存在自体、成立に争いのない丙第4号証の1ないし5及び丙第5号証)。
(6)また、昭和54年初夏ころ、原告と亡大友は、株式会社文芸春秋出版部の平尾隆弘からノンタン制作の裏話や二人のエピソードを書いてみてはどうかと勧められ、昭和57年4月に「二人でノンタン」という題名の書籍を著した。この書籍では、本件絵本(一)Bの前身となった「あかんべきつね」誕生の経緯や、本件絵本(一)の創作過程において、原告と亡大友とが共にテーマやストーリーを考え合い、互いに絵コンテを創作し合う様子、あるいは、生活習慣が朝型の原告が描いた原画を、夜型の亡大友が原告の寝ている間に色を塗り直してしまうエピソード等が記述されていた。
 「二人でノンタン」が発行されてから、原告と亡大友はマスコミにも取り上げられるようになり、昭和57年5月6日には、NHKの番組に二人で出演し、「二人でノンタン」と同様の創作過程が両名のビデオを交えて紹介された(成立に争いのない乙第1号証及び乙第50号証、昭和57年5月6日にNHKで放映された番組のビデオであることにつき当事者間に争いのない検乙第2号証)。
(7)原告は、昭和52年7月23日に亡大友との間に長女美佳(承継人美佳)をもうけ、昭和58年には第2子を妊娠したが、同年12月、死産した。そこで原告は、その体験をモチーフにした「わたしのあかちゃんえんじぇる」という絵本を制作し、昭和59年10月15日、これを講談社から発行したが、右書籍の奥書には「作・絵 大友康匠・幸子・美佳」との表示がなされている。
 なお、これに先立つ同年6月には、「おみちゃん さっちゃんのこども え じてん」が株式会社求龍堂から発行されており、「作・絵/大友康匠、大友幸子」との表示がされている(成立に争いのない甲第51号証、甲第118号証及び乙第21号証)。
(三)原告と亡大友との別居後の経緯
(1)原告は、昭和59年9月、一人で家を飛び出し、原告と亡大友との不仲が表面化した。原告は、その後一旦自宅に戻ったものの亡大友に離婚届を作成させ、同年11月23日に承継人美佳を連れて再び家を出た後は、亡大友の前から行方をくらまし、翌昭和60年5月14日、原告によって原告及び亡大友の署名押印のある離婚届によって協議離婚の届出がされた(なお、亡大友は、その後離婚無効の調停を申し立てたが、昭和61年6月2日に不調となっている。)。
 右当時、本件絵本(一)Iまでを発行し、売れ行きの良いノンタンシリーズの続編を望んでいた補助参加人は、原告が亡大友と別居し、原告からの連絡を待つしかない状況の中で対応に苦慮し、原告でも亡大友でもノンタンシリーズを描き継ぐことができる者が続編を制作すればよいとの考えから、亡大友に作品の試作を依頼した。しかしながら、亡大友が補助参加人に持ち込んだノンタンの試作は補助参加人の採用するところはならず、その後に持ち込まれたいくつかの絵本原稿についても同様であった。
 亡大友は、原告が家を出た後、補助参加人や講談社に対し、原告に印税を支払わないよう要請したり、原告名義の銀行口座での取引をできないよう措置をとったため、原告は、補助参加人に対し、新たに開設した銀行口座に本件絵本(一)の印税の半分を支払うよう要請するとともに、もし亡大友や原告の実家の妨害により印税が取得できないようであれば、本件絵本(一)の出版を停止する旨通告したが、昭和60年6月3日、原告は補助参加人に対し、本件絵本(一)の各出版契約期間の続行中は、補助参加人が印税を原告に支払う限り出版停止の異議を申し立てない旨の念書を差し入れた。また、この間、原告は亡大友に対しても、本件絵本(一)の印税の半分の取得を確保すべく電話で交渉している(成立に争いのない甲第71号証ないし甲第76号証及び乙第47号証、承継人美佳との間で成立に争いがなく被告会社らとの間では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第83号証の1・2、原本の存在及び成立に争いのない乙第43号証及び乙第44号証)。
(2)補助参加人は、原告と亡大友のいずれにノンタンの続編を制作して貰うか決めあぐねていた時期、双方に対し、他方がノンタンの続編を制作しても異議を述べない旨の文書の作成を依頼したが、原告はその作成を拒否した。他方亡大友は、昭和61年5月、原告がノンタンの続編を描くことに同意するとともに、これと時期を同じくして、補助参加人に対し、亡大友がノンタンシリーズのキャラクターに酷似した登場人物の絵本を新たに創作刊行する場合には、事前に補助参加人に知らせ協議する旨の「覚え書」(昭和61年5月31日付け)を差し入れた(成立に争いのない甲第77号証)。
(3)原告は、その後、昭和61年8月から平成元年12月かけて本件絵本(二)を補助参加人から刊行し、平成8年7月には、ノンタン20周年記念として「ノンタンしゃっくりひっくひく」を刊行している。
 また、右作品の刊行に先立ち、原告は、昭和60年4月11日、講談社と「こぎつねこんちゃん」の単行本3冊につき出版契約を締結し、同じころ右絵本が刊行されている(成立に争いのない甲第28号証ないし甲第39号証及び甲第110号証、承継人美佳との関係において成立に争いがなく、被告会社らとの関係において弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第114号証)。
(4)右期間と相前後して、被告会社では、平成元年11月10日、原告を取締役から解任し、新たに亡大友の妹である大友篤美が取締役に就任した旨の登記がなされた。
 また、原告は、本件訴訟を提起(平成2年4月10日)した後の平成2年11月21日、補助参加人に対し、これまで亡大友側に支払われていた本件絵本(一)の半額分の印税を、原告に支払うかあるいは供託するよう催告した(原本の存在及び成立に争いのない甲第42号証の9ないし11、成立に争いのない乙第16号証)。
(四)亡大友死亡後の状況
 亡大友は、平成7年1月16日に死亡したが、その後同人の自宅から昭和60年4月26日付け遺言書が発見された。右遺言書中には、「絵本等の著作権はすべて大友秀典と大友美佳、清野光子がそれぞれ1/3ずつを与える」「有限会社大友の処分は、清野光子にすべてをまかせる。200万の株はもちろん清野光子のもの」との記載があり、その他の財産処分の項目に関して「以上の事々は清野光子が中心となってやる事」と記載されていた。そして、平成9年9月5日、承継人光子が被告会社の代表取締役に就任した。なお、承継人秀典は、既に被告会社の取締役になっていた前記大友篤美の子である。
2 亡大友は、先行作品及び「わたしのあかちゃんえんじぇる」を除く並行作品は、全て亡大友が創作したものであり、原告が「大友おみ」というペンネームを用いたのは、亡大友の創作にかかる作品を自己の名で発表することを原告が恥ずかしく思ったためである旨主張ないし供述をするとともに、亡大友が自己の著作名義を出さず原告の単独名義としたのは、仕事を受けてきたのは原告であるし、原告の名を売って同人に早く独り立ちして欲しかったためであると供述する。
(一)しかしながら、前掲甲第45号証、甲第64号証ないし甲第66号証によれば、「おともだち」や「たのしい幼稚園」の編集者は、原告に依頼した仕事については専ら原告と打ち合わせをし、亡大友がこれに参加することはなかったものと認められるうえに、先行作品においても並行作品においても、原告と亡大友との共同著作名義となっているものはない。
 亡大友が主張する右ペンネームの件については、先行作品のうち小学館の「めばえ」に掲載された作品は「キヨノサチコ」で発表されており(前記1(一)(2))、この事実は、当時(昭和47年ころ)の少女漫画家は複数の出版社で掛け持ちで仕事をすることはタブーであったため、講談社用のペンネームとして「大友おみ」を用いたとする原告本人の供述及び前掲甲第90号証における陳述記載に合致する結果となっているし、すでに商品のキャラクターに用いられていた「グリンとニャーミィ」については「?キヨノサチコ」との表示が付記されており、証人土屋多弘の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右商品キャラクターの売り込みは、専ら原告と土屋によってされていたものと認められ、亡大友がこれに関与していた形跡も窺われない。しかも、右「グリンとニャーミィ」の中には、描かれたキャラクターの横に「サチ?」との表示がされているものもあり(前掲甲第20号証の2、甲第41号証の添付作品5、7、9及び17)、亡大友はこれらの表示は原告に権利があるという意味であると供述するが、すでに原告のペンネームと「?キヨノサチコ」との表示が付記され、原告が著作権者であることは充分に表示されているのであるから、亡大友の右供述は趣旨不明である。
 また、前記1(二)(5)のとおり、「こぎつねこんちやん」の一部や「ぽっぽちゃん」では「大友幸子」と表示されているが、亡大友の主張を前提とすると、この作品は亡大友の関与がなかったために「大友おみ」とのペンネームが用いられなかったことになるはずであるが、亡大友は、全て自己が描いたものであるとしており、その主張には一貫性がない。
(二)また、「たのしい幼稚園」編集部では原告と亡大友とではカット等の依頼内容を区別しており(前記1(一)(3))、先行作品中に描かれたカット等と亡大友の名義で描かれたカット(前掲甲第78号証ないし甲第81号証)とでは、輪郭線はもとより実際に描かれた動物や人物等には明らかな相違が見られ、カットを載せる頁の性格やその内容の違いによって相違が生じるであろうことを割り引いたとしても、素人目にも同一人物の手による作品とは直ちに認めがたい。
(三)前掲丙第5号証の添付作品9(「おともだち」昭和59年1月号に掲載された「こぎつねこんちゃん」)の末尾には、「こぎつね こんちゃんは、作者・大友おみ先生のご都合により、しばらくの間、休載させていただきます。」とのお知らせが付記され、前記1(二)(5)のとおり、昭和59年2月号から同60年1月号まで同作品は休載されている。そして、承継人美佳との関係では成立に争いがなく、被告会社らとの関係では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第104号証によれば、昭和58年11月20日付けの編集者から原告に宛てた書簡には、妊婦を気遣う文面とともに右休載が1年間を予定している旨の記載が見受けられ、この休載の理由が原告の第2子の出産と育児を控えたためのものであることは、右文面からも休載の時期からも明らかである(なお、原告本人尋問の結果によれば、出産予定は昭和58年12月であったことが認められる。)。もし「こぎつねこんちゃん」の実際の創作者が亡大友であるならば、休載をする必要もその期間を1年間とする必要もないはずである。
 しかも、原告本人尋問及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第101号証及び甲第102号証並びにトンガ旅行中の原告が亡大友に宛てた書簡(成立に争いのない甲第95号証及び甲第96号証)との筆跡対照からすれば、原告は日頃から創作ノートを作成していたことが認められるが、右ノートには「こぎつねこんちゃん」や「よんだのおばちゃん」についてのメモが記載されているし、前記1(三)(3)のとおり、原告は、昭和60年4月、講談杜から「こぎつねこんちゃん」の単行本3冊を刊行しているが、本件全証拠によっても、亡大友から、右単行本が亡大友が従前描いていた「こぎつねこんちゃん」を複製し、同人の著作権を侵害するものであるとの異議が申し立てられた事実は窺われない。
 また、前掲甲第103号証の1ないし6、甲第105号証の存在自体、成立に争いのない丙第6号証及び原告本人尋問の結果によれば、亡大友の死後、同人の自宅の屋根裏部屋から原告の私物をまとめた段ボールが発見されたが、その中に、右創作ノートや「こぎつねこんちゃん」の刷り出し及び絵コンテが納まっていたことも認められる。
(四)何よりも、先行作品及び並行作品を通じて、両者には、震えたような輪郭線で描かれた絵が数多く見受けられるが、証人鴻池守、同土屋多弘の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第16号証並びに原告本人尋問の結果によれば、原告はプロの作家としては決して上手な絵の描き手ではなく、真っ直ぐな線を引くことが苦手であるという欠点を逆に個性として伸ばした結果、震えたような輪郭線を用いて絵を描くようになったものと認められるのであって、右(一)ないし(三)に加え、先行作品及び並行作品における共通点をも勘案すると、先行作品及び並行作品はいずれも原告の創作によるものと認められ、後記二2でも述べるとおり、仮に亡大友が原告に何らかの助言をしたり、あるいは作品の仕上げ等に関与していたとしても、それは補助的作業にとどまり、著作物の創作行為と評価することはできない。
二 本件絵本(一)の著作者
1 前記のとおり、本件絵本(一)はいずれも原告と亡大友が共同著作者として表示されており、著作権法14条によれば、本件絵本(一)は両名の共同著作であることが推定される。そして、「二人でノンタン」及びテレビ放映においても、本件絵本(一)は原告と亡大友が共同で創作したものとして紹介されている。
2 ところで、著作者とは、著作物を創作する者であり、これをいいかえれば、当該著作物の思想又は感情の表現につき創作的関与をした者であり、たとえその創作過程において複数人が何らかの形で関与していたとしても、創作的寄与に及ばない単なる補助者は著作者とはなり得ない。
 そして、証人鴻池守の証言、承継前被告亡大友本人尋問及び原告本人尋問の結果によれば、本件絵本(一)の創作過程は、テーマやストーリー等の構想をまとめ、これを具現化するラフコンテや絵コンテを創作し、編集者に示してその意見を聞くなどしてストーリーや絵の大要を固め、実際の絵本の版下となる原画の作成に至るものであること、原画は鉛筆で下書きをした後、輪郭線を決め(これが耐水性ペンで引かれるか墨線を引くかについては、原告と亡大友との供述に齟齬がある)、色を塗り終えてから最後に絵の輪郭線を毛筆(墨)でなぞって完成に至ることが認められるが、本件絵本(一)が幼児を対象とし、比較的単純な絵柄と少ない文字で構成されていることからすれば、本件絵本(一)の創作的表現の核心部分は、扱うテーマやストーリーを構想し、これを具体的に表現する絵柄やその配置、配色の決定及び文字記述部分にあるものと解される。したがって、これらを創作した者が著作者たりうるものであって、単に決められた色を塗ったり輪郭線の仕上げをするにとどまる場合は、単なる補助的作業であって著作物の創作行為とは評価できないものと考えられる。
3 そこで、本件絵本(一)の右創作行為が原告と亡大友のどちらによってされたかを検討すると、以下に認定する事実からすれば、本件絵本(一)は原告が創作したものと認められ、原告が自認している創作過程における亡大友の関与は、いずれも補助的作業にとどまるものと解される。
(一)原告別居後のノンタンの続刊及び亡大友の対応等
(1)原告が亡大友と別居した後に出版されている本件絵本(二)は、いずれも原告の著作に係るものであり、亡大友はノンタンの続刊を創作しておらず、本件絵本(一)の続編の発行を望んだ補助参加人の求めに応じて亡大友が持込んだノンタンの試作品も、補助参加人の採用とならなかったことは前記一(三)(1)記載のとおりである。そして、前掲甲第83号証の2の絵コンテには、なるほど本件絵本(一)に描かれたものと同様のものと見受けられるノンタンやその他の動物キャラクターが描かれ、また、亡大友は新たに「しつけ絵本シリーズ」として6編の作品(前掲甲第71号証ないし甲第76号証)を持ち込んでいるが、証人鴻池守の証言によれば、長年絵本の編集に携わった鴻池守から見て、亡大友の持ち込んだ作品は、見開きのぺ一ジに時間と空間の違う複数の場面が描かれていて幼児にわかりにくいという画面構成上の問題点と、内容が子供の世界ではなく、しつけ教育的な筋立てで親の喜びそうな視点から描かれており、ストーリーの展開や子供に対する見方が本件絵本(一)と対極的な違いがあり、補助参加人が絵本として出版するに足る水準に達していないと判断され、補助参加人としてはノンタンの続編を描き継ぐ者として原告を選択せざるを得なかったことが認められる。
 もし、亡大友が本件絵本(一)の創作者であれば、原告が亡大友と別居し、各人が単独で著作活動を行わざるを得ない状況になったとしても、補助参加人の求めに応じて提出した作品は、本件絵本(一)と共通性があり、一定の水準に達して採用されるものがあるはずであり、また、本件絵本(一)の続編やこれと異なるキャラクターを用いた絵本作品を継続して著作できるはずである。
 この点につき亡大友本人尋問の結果中には、補助参加人がノンタンシリーズの続編の作成を原告に依頼したのは、補助参加人が新しいノンタンを出版しなければ、本件絵本(一)の出版を拒否する旨原告から脅迫されたためである旨の部分があるが、出版停止の件は、原告が本件絵本(一)の印税の取得に関連して出たものであって(前記一1(三)(1))、他社からの出版をにおわせて原告がノンタンの続編の制作者におさまったことを認めるに足りる証拠はない。
(2)また、前記一1(三)(2)のとおり、亡大友は、昭和61年5月ころ、補助参加人に対し、原告がノンタンの続編を制作することに同意するとともに、亡大友がノンタンシリーズのキャラクターに酷似した登場人物の絵本を新たに創作刊行する場合には、事前に補助参加人にこれを知らせ、協議する旨の「覚え書」を差し入れている。
 亡大友は、右「覚え書」は、原告の補助参加人に対する右申入れのため、補助参加人としては新たなノンタンを出版せざるを得ず、後になって辻棲を合わせるために補助参加人から求められて作成したものである旨主張ないし供述し、右同意の件も、紛争を予防し、世話になっている補助参加人に迷惑をかけたくないという思いからしたものである旨主張する。
 しかしながら、亡大友は、右「覚え書」と同時に、原告がノンタンの続編を制作することに同意する旨の文書も作成した旨供述しており、亡大友のその同意が昭和61年5月にされたことは、反訴事件における抗弁2で亡大友自ら主張するところであって、ノンタンの続編である本件絵本(二)@が昭和61年8月に出版されていることからすると、「覚え書」作成に関する亡大友の右供述内容は時期的に整合しない。
 むしろ、成立に争いのない甲第60号証、前掲甲第67号証、証人鴻池守の証言及び原告本人尋問の結果によれば、亡大友は、昭和61年4月1日、訴外ひかりのくに株式会社から「ぴこちゃんえほん4 ボールがポン」という絵本を刊行したが、その内容や登場する動物には、本件絵本(一)I(ボールまてまてまて)のそれと相当に似かよった点があったことから、亡大友がノンタンシリーズと類似した絵本を作成することに対し、補助参加人が抗議を申し入れた結果、亡大友が「覚え書」を差し入れたものであることが認められ、「覚え書」の記載内容も右経緯に即していると認められるから、右亡大友の「覚え書」作成経緯についての主張は採用しがたい。
 もし、亡大友が本件絵本(一)の著作者であったならば、同人が「覚え書」を作成し、原告によるノンタンの制作に同意していることは、絵本作家としての自己の能力やこれまで築いてきた地位を自ら否定することに他ならず、原告と別居後、離婚無効の調停を申し立てたり原告の銀行口座を閉めさせる等して紛争の渦中にある亡大友が、単に紛争の予防や補助参加人への義理立てで右同意をしたり、自らの著作活動に枠を設ける「覚え書」を作成することは、本件絵本(一)の著作者であるならば理解しがたい行為である。
(二)印税の支払い
 本件絵本(一)の印税は、被告会社が設立されるまでは全て原告名義の銀行口座に振り込まれていた(前記一1(二)(4))。もっとも、承継前被告亡大友及び原告本人尋問の結果によれば、補助参加人は、原告の銀行口座に印税全額を振り込む一方、源泉徴収については、原告分と亡大友分とを分けて徴収し、税務署へ通知、納付していたことが認められるが、これは、当初の契約を除く出版契約書上、原告と亡大友の両名が著作権者となっていたことに従ったものと認められる。原告本人尋問の結果によれば、補助参加人の支払う印税が原告名義の口座に振り込まれるようになったのは、当初鴻池から印税の振込先を聞かれて、原告が亡大友に相談したところ、「あなたが描いているんだからあなたのところに振り込んでもらえばよい。」といわれて、亡大友も納得の上であったことが認められる。
 亡大友は、鴻池に「あかんべきつね」は原告と共同で創作した旨応えていながらも、当初の出版契約書には、著作権者として亡大友のみを記載している(前記一1(二)(1)及び(3))。このような亡大友の態度に照らすと、もし亡大友が本件絵本(一)の著作者であるならば、自己の銀行口座等、直接自己への印税の支払いを求めるのが自然である。
 この点亡大友は、当時かなりの賃料収入があったため、税金対策として原告の口座へ支払われるようにした旨主張する。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、印税の支払先の話は、最初の契約書が作成される以前に鴻池から切り出されたことが認められ、本件絵本(一)@ないしBは、初めて出版される絵本であって、これが税金対策が必要となるほど好評を博す結果になることは当初の時点では判らないはずである(なお、本件で提出されている補助参加人から原告への印税の支払通知書は、昭和53年2月15日のものが最初であるが(前掲甲第106号証)、印税の対象書籍として記載されている本件絵本(一)@ないしBの第1刷日と異なる発行日が記載されているとともに、右絵本の第1刷日から2年余も経過しており、右通知書が最初の印税の支払いであるとは考えがたい。)。また、成立に争いのない丙第3号証の1及び2によれば、亡大友の昭和52年度及び翌53年度の特別区民税及び都民税の課税対象総所得(昭和51年及び昭和52年の所得)は92万円ないし93万円余に過ぎず、そもそも節税対策が必要な金額とも思われない。
 このような点を考え合わせると、原告と亡大友との間において、原告が印税全額の支払いを受けることの了解がなされていたことは、両者間では、本件絵本(一)の創作者は原告であるとの共通の認識があったためであると推認できる。
(三) 先行作品及び併行作品と本件絵本(一)等
(1)本件訴訟に表われた先行作品及び並行作品が、原告の創作によるものであると認められることは前記一2で認定判断したところであるが、先行作品や並行作品中には、本件絵本(一)で描かれた表現や登場する動物等に次のような共通点が看てとれる。
 本件絵本(一)に描かれたノンタンやその他の動物キャラクターが、太く震えるような輪郭線で描かれていることは前記一1(二)(2)記載のとおりであるが、先行作品及び並行作品においても同様に震えるような輪郭線が認められるし(前記一2(四))、前掲甲第19号証によれば、「おともだち」の昭和49年4月号に掲載された「へっこきよめさん」の挿し絵には、大きなおならによって生じた風の様子が描かれているが、本件絵本(一)Eの中にも、風の流れを同様の表現によって描いた箇所がある。また、本件絵本(一)BDH及びIには、昼間の屋外の場面に小さなハチの絵が描かれているが、これに極めて酷似したハチが、先行作品中(前掲甲第41号証の添付作品1の2、3の2、3の4、9、11、13の1・2、15の3)にも幾度となく描かれている。
 「おともだち」に連載された創作絵話「こぎつねこんちゃん」の中には、本件絵本(一)に登場するその他の動物キャラクターに酷似した絵が少なからず見受けられるし(例えば、前掲甲第65号証の添付作品C13ないしC20及び第4号証の1ないし3と本件絵本(一)に登場するブタ、クマ、ウサギ)、サブキャラクターとして登場する「ももちゃん」の正面からの絵は、本件絵本(一)に描かれたノンタンと非常に似かよって描かれていることが認められる(例えば、前掲甲第65号証の添付作品C21ないしC61)。
 なお、甲第23号証の存在自体及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第24号証の1・2によれば、昭和51年ないし翌52年当時に製作されたノートの表紙には、本件絵本(一)に登場するウサギと酷似したキャラクターが描かれているが、その絵の横には「SACHI」との表示が付されている。
(2)また、原告と亡大友が最初に補助参加人に持ち込んだ絵本原案(あかんべきつね)の主人公は子ギツネであったものが、後に子猫を主人公とした作品に変更されているが(前記一1(二)(1))、証人鴻池守の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は当初、主人公を子キツネから子猫に変更することに抵抗を示したこと、原告は、子ギツネの主人公に愛着があり、これが後に「こぎつねこんちゃん」を創作する理由となったことが認められる。絵本作家としてスタートするきっかけとなった作品が、再び姿を変えて原告の創作絵話として発表されるに至っていることは、そもそも、右「あかんべきつね」が原告の創作によるものであることを裏付ける結果となっているし、右「あかんべきつね」に表われた着想や絵柄が評価されて本件絵本(一)の刊行につながっていったことも考え併せると、本件絵本(一)が、原告によって創作されたものであることを窺わせるに足りるものと考えられる。
(3)しかも原告は、本件絵本(一)が刊行された時期と並行して、右「こぎつねこんちゃん」や前記「ぽっぽちゃん」及び「よんだのおばちゃん」といった創作絵話等を創作しており(前記一1(二)(5))、絵本作家としての活動の幅を広げていったものと認められるし、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第52号証の1及び成立に争いのない甲第52号証の4によれば、原告は、本件絵本(一)Iの刊行後も新たなキャラクターによる絵本の制作にも意欲を示していたことが認められる。
 これに対し、本件絵本(一)が発行されていた時期における亡大友の著作活動は、同人の陳述書である前掲乙第36号証によっても、本件絵本(一)を除けば絵本の制作はなく、学習雑誌のカット等や「おみちゃん さっちゃんのこども えじてん」(前記一1(二)(7))の仕事にとどまっているし、右陳述書に添付された著作活動年表には、昭和60年11月以降、絵本と思われる作品が11作記されているが、本件訴訟で実際に証拠として提出されているのは、前記「ボールがポン」と平成5年になって発行された3冊の絵本(成立に争いのない丙第2号証の1ないし3)に過ぎず、本件絵本(一)の刊行前の亡大友の作品の中に、本件絵本(一)と共通点を有するものと認められる作品を見出すこともできない。しかも、前掲丙第3号証の1及び2によれば、亡大友の昭和52年度の地方税の課税対象総所得(昭和51年の所得)は92万4000円、翌53年度(昭和52年の所得)は93万5000円であったと認められるが、承継前被告亡大友本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第40号証の8によれば、亡大友は大田区西蒲田にアパートを所有し、昭和48年当時約120万円の賃料収入があり、必要経費を控除した不動産からの所得は80万円であったものと認められるのであるから、昭和51年から翌52年当時、亡大友には著作活動による収入はさしてなかったことが窺える。
(4)また、甲第48号証の1及び2、甲第97号証、甲第115号証及び甲第116号証の各存在によれば、本件絵本(一)@の原画及び同Iの原画には、原告の筆跡と認められる鉛筆による記載があり、また、本件絵本(一)@ないしBが発行される前に、それら3作とともに作成された絵コンテ(前記一1(二)(1))にも、同様に原告の筆跡と認められる記載があることが認められる。原告本人尋問の結果によれば、右甲第97号証は、亡大友と原告が別居するまで住んでいた自宅の屋根裏部屋から発見された原告の私物をまとめた段ボール中に納まっていたことが認められるのであって、これらの原画や絵コンテが原告によって創作されたものであることを窺わせる結果となっている。
 なお、被告会社らは、亡大友が創作した絵コンテとして乙第30号証を提出し、その内容自体から、本件絵本(一)Hの絵コンテであると推察されるところ、文字の筆跡(特に「か」に特徴がある)から少なくとも文字部分は亡大友の手によるものと認められるが、成立に争いのない甲第82号証及び原告本人尋問の結果によれば、右絵コンテは、絵についても文字部分についても鉛筆の下書が一旦消された上で作成された跡が窺えるのであって、実際に編集者との打ち合わせや原画作成のため使用された当時とは異なったものであると認められる。
4(一)もっとも、原告は、当初作品を携えて亡大友と補助参加人を訪れた際、亡大友が鴻池に対し「あかんべきつね」は原告と亡大友とが共同して作成した旨答えても特にこれを否定することはなく、本件絵本(一)の契約書の作成も亡大友に任せ、本件絵本(一)の著作者が原告と亡大友であるとの表示を放置しており(前記一1(二)(1)及び(3))、亡大友と別居した後、原告が補助参加人や亡大友に支払いを求めた本件絵本(一)の印税額もその半分にとどまっている。(前記一1(三)(1)及び(4))。
 しかしながら、@原告と亡大友は、当初漫画の師匠と弟子という間柄で交際が始まり、両者には13歳もの年齢差があること、A証人鴻池守及び同土屋多弘の証言によれば、原告は亡大友を立てるような言動を日頃からしていたものと認められること、B前記一1(二)(7)のとおり、「わたしのあかちゃんえんじぇる」(昭和59年10月15日1刷)は専ら原告が創作しながら、その奥書には「作・絵 大友康匠・幸子・美佳」との表示がなされており、原告の供述によれば、右創作の時点で既に亡大友との不仲が決定的であったにも関わらず、亡大友も著作者に加えていること、以上からすると、原告は、当初は、指導者としての夫を立て、また後には夫婦絵本作家としてできあがったイメージを維持するために、原告と亡大友との共同著作名義を黙認していたものと考えられ、証人鴻池守の証言及び原告本人尋問の結果によれば、「二人でノンタン」もそのようなイメージを所与の前提として著述されたものと認められる。また、原告が当初は印税の半額しか請求しなかったのも、紛争の最中にあって、自己と承継人美佳との生活を維持するため、少なくとも半額は確保したいとの思いから出たものと考えても不自然ではない。
(二)亡大友は「あかんべきつね」の原案を補助参加人に持ち込む際にも、また、補助参加人における本件絵本(一)の打ち合わせの際にも原告と同行しているが(前記一1(二)(1))、証人鴻池守の証言及び原告本人尋問の結果によれば、補助参加人に「あかんべきつね」の原案を持ち込んだ際に亡大友が同行したのは、亡大友の知人から補助参加人を紹介されたことが要因であると認められるし、証人鴻池守の証言によれば、その後の本件絵本(一)出版のための原告と鴻池との打ち合わせに亡大友が同席しても、作品に対する意見等は専ら原告が述べていたことが認められる。
 また、補助参加人との出版契約書作成の手続は亡大友が行ったのであるから(前記一1(二)(3))、当初の出版契約書の著作権者欄に亡大友のみが記されていたとしても、これを原告が認識していたかは疑わしく、前記印税の支払方法のように、原告と亡大友との共通の了解事項になっていたものとは認めがたい。
(三)亡大友は、原告には筆を用いる技術がなく、また、本件絵本(一)と本件絵本(二)には、本訴請求原因に対する認否及び反論2四(2)の@ないしIの相違点があると主張する。
(1)しかしながら、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第44号証の2の1、前掲検乙第2号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告もまた筆を用いて輪郭線を仕上げていたことが認められ、この点に関する亡大友の主張は採用しがたい。
(2)亡大友が、本件絵本(一)と本件絵本(二)の相違点として、指摘するEを除く事項は、原本の存在及び成立に争いのない甲第43号証及び甲第88号証1ないし3からも看て取れるように、そもそも作者の執筆時期や執筆状況、あるいは当該作品におけるストーリーや場面において変化しうる事柄であり、亡大友が指摘する相違点があったとしても、そのことから直ちに本件絵本(一)と本件絵本(二)の著作者が異なるものと判断できるものとは思われない。
 また、右E(背景)の点は、本件絵本(一)と同様に背景が描かれている本件絵本(二)@ないしBには当てはまらないことが認められ、原告本人尋問の結果によれば、本件絵本(二)CないしKは読者対象を乳児まで下げた作品のために、極力背景は省いたものと認められるし、亡大友が指摘するA(ひげと角度)、B(耳の形や大きさ)、C(指)、D(動物の輪郭線)、F(小物類の形)、H(ノンタンのあご)、I(絵の丸味)の各事項について、本件絵本(一)と本件絵本(二)との間に、有意な差異が存することも見出しがたい。
(3)亡大友は、輪郭線(@AD)や絵の具の配合(G)を問題とするが、色塗りや仕上げの輪郭線を引く作業に亡大友が関わったことは原告も認めるところであり、その作業の中で亡大友が豊富な経験を生かして絵の具の配合したり、原告よりも上回る技術を駆使して仕上げの輪郭線を引いていたとしても、前記2のとおり、これらは本件絵本(一)の創作過程における補助的作業にとどまるものであって、仮にプロの目からすれば右の諸点に差異が認められるとしても、それは単に補助的作業の領域における差異に止まるものというべきである。
5 以上によれば、本件絵本(一)の著作者は原告であると認められ、これに反する被告会社らの主張は理由がない。
三 被告会社らの責任等
1 亡大友及び被告会社らが、昭和62年4月ころ以降、本件商品を訴外三恵及び同センモリとともに製造販売していることは、原告と被告会社らとの間では争いがない。
 なお、弁論の全趣旨によれば、承継人美佳は、昭和62年4月には9歳で、当時から原告と常に生活をしていることが認められるから、本件商品の製造販売行為に承継人美佳が関与していないことは明らかである。
2 複製行為について
(一)ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ、本件に即していえば、複製といいうるためには、本件商品に表示されたノンタンの図柄が本件絵本(一)のうちの特定の画面に描かれたノンタンの絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴が本件絵本(一)に描かれたノンタンを描いたものであることを知りうるものであれば足りと解される。
 本件においては、別紙物件目録1のとおり、本件商品に表示されたノンタンの図柄は、前記一1(二)(2)に記載されたその外面的特徴を備えており、本件絵本(一)に登場するノンタンを描いたものであることを知りうるものであるから、本件絵本(一)に描かれたノンタンの絵の複製に当たる。
(二)なお、原告は、主位的に、本件商品にノンタンの図柄を付する行為は、著作物としてのキャラクターそれ自体を複製するものであると主張する。一般にキャラクターといわれるものは、物語等において、著作者から一定の名称、容貌、役割等の特徴を付与された登場人物や動物等を指称する概念として用いられるが、このようなキャラクターは、ある著作物の具体的表現から昇華した登場人物や動物の人格あるいは性格といった抽象的概念であって具体的表現そのものではないから、著作権法上の著作物、すなわち、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)には当たらないと解される。したがって、原告の主位的主張は採用できない。
3 著作権ないし商品化許諾権の譲渡
 被告会社らは、原告は本件絵本(一)の著作権ないし商品化許諾権を被告会社に譲渡した旨主張するところ、承継前被告亡大友本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第10号証によれば、被告会社と訴外センモリとの昭和59年9月29日付け使用許諾契約書の冒頭には、被告会社が著作権者である旨記載されていることが認められる。
 しかしながら、右契約書に添付されている昭和59年7月1日付け「別項」の(2)では、契約商品には、原告と亡大友が著作権者である旨の表示又は「この商品は、当社と大友康匠・幸子氏との契約に基づき製作されたものです」とのコピーを入れなければならない旨規定されており、右冒頭の記載と矛盾する契約内容となっているばかりでなく、昭和59年9月29日は、前記一1(三)(1)記載のとおり、原告が家出をして亡大友との不仲が表面化した時期に重なるものであって、このような時期にわざわざ被告会社が著作権者であると記載していることは不自然の感を否めない。
 また、前掲甲第68号証、乙第2号証ないし同第4号証によれば、本件絵本(一)に関する補助参加人との出版契約書には、著作権を第三者に譲渡しようとする場合には、あらかじめ補助参加人の文書による同意を必要とする旨規定されているが、本件では、補助参加人がそのような同意文書を発行したことも原告がその発行を求めたことも窺われず、その他原告が右譲渡の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。
 更に、前記一1(四)認定のとおり、亡大友自身、昭和60年4月26日付け遺言書中で、「絵本等の著作権」が自己の財産に属していることを前提にその遺贈を記載しているのみか、本件訴訟に至っても、被告会社らは、亡大友が本件絵本(一)の著作者であるとの前提に立って、亡大友は被告会社設立とともに、著作権及びその二次的使用権である商品化許諾権を同社に譲渡した旨主張しているが、原告と亡大友一家にとって重要な財産の譲渡であるのに譲渡契約書もなく、反訴請求では、亡大友はその生前本件絵本(一)の著作権が自己に帰属していることを前提に、その確認等を請求していたことは本件訴訟手続上明らかであり、また、原告本人尋問の結果によれば、原告も自己の著作権の被告会社への譲渡を否認していることが認められ、被告会社ら主張の譲渡契約の双方の直接の関係者である原告と亡大友が譲渡を否定しているのであるから、被告会社に本件絵本(一)の著作権や商品化許諾権を譲渡する旨の意思表示がなされていないことを裏付けるものと言える。
 なるほど、被告会社の設立の目的は、著作権等の管理とともに、本件絵本(一)や商品化事業による収入の高額化に対処して節税することにあり(前記一1(二)(4))、そのためには、被告会社が本件絵本(一)の著作権について何らかの権限を有し、自社の収入として著作権使用料を収受できることを要する。
 しかしながら、右のような目的を達するために本件絵本(一)の著作権が譲渡される必要はなく、本件絵本(一)の複製権及び本件絵本(一)の一部(登場動物)の商品や包装への複製権(キャラクターの複製権)の再許諾権付の利用許諾で足りるのであって、被告会社への著作権の譲渡は否定しつつ、被告会社による他社とのキャラクターの商品化のための契約を認め、被告会社が補助参加人からの本件絵本(一)の出版による印税を収受することを認めていた原告及び亡大友の態度からすれば、原告は被告会社との間で、本件絵本(一)の著作権の管理を委託するために、黙示の前記のような再許諾権付の利用許諾契約をしていたものと認めるのが相当である。
 したがって、被告会社らの著作権譲渡の主張は理由がない。
4 管理委託契約の解除
(一)原告が、平成4年7月7日の準備手続期日において、予備的に管理委託契約としての著作権譲渡契約の解除の意思表示をしたことは本件記録上明らかである。
 原告の右著作権譲渡解除の意思表示には、その主張内容からして当然に右管理委託契約及びそのための再許諾権付の利用許諾契約の解除の意思表示も含まれるものと解するのが相当である。
 また、被告会社は、その設立目的の一つとして商標権、意匠権、著作権の管理並びに販売代行業務を掲げるとともに、本件絵本(一)から得られる印税の管理や税務対策を目的として設立された会社であって、平成元年11月1日に原告が被告会社の取締役を解任される直前までは、被告会社の社員も役員も原告と亡大友の二人に過ぎず、その本店所在地も当初は原告と亡大友夫婦の住所地であり、その後に原告の実家の住所となっており(前記一1(二)(4))、その実体は原告及び亡大友の個人会社であると評価できる。
 したがって、原告と亡大友との夫婦関係や家庭生活が維持され、本件絵本(一)やキャラクターの複製権の再許諾契約から生じる使用料が、当初予定されたとおり役員報酬、給料、出資持分に対する配当などの形で原告に配分されることが、右管理委託契約を締結する前提となっていたものと認められる。
 してみると、前記一1(三)(1)のとおり、原告と亡大友との夫婦関係が破綻し、昭和60年5月14日に協議離婚の届出がされ、前記一1(三)(4)のとおり、被告会社では平成元年11月10日に原告を取締役から解任し、被告会社から原告に対し、訴外三恵及び同センモリから得られたキャラクターの使用許諾料の分配がされなくなった本件においては、管理委託契約の前提となる原告と亡大友の夫婦関係や家庭生活は解消し、原告は被告会社の取締役から解任され、被告会社の収益の配分も行われなくなり、原告と被告会社の間の信頼関係は崩壊しており、原告の被告会社に対する右解除の意思表示は、催告を要することなく適法であり、効力を生じたものと認められる。
(二)被告会社らは、原告と亡大友の関係を破綻させた原告は、信義則上、右解除の意思表示をなしえないし、被告会社から適法にキャラクターの使用許諾を受けている訴外三恵及び同センモリがいる以上、被告会社が本件商品の製造等の差止めを受ける立場にはない旨主張する。
(1)前掲甲第91号証、弁論の全趣旨により原本の存在及びそれが真正に成立したものと認められる乙第8号証並びに亡大友本人尋問の結果によれば、前記一1(三)(1)のとおり、原告が昭和59年9月に一人で家を飛び出し、一旦帰宅したものの、同年11月23日、承継人美佳を連れて再び家を出て行方をくらました間、単に身を隠して別居したというにとどまらず、他の男性と国内、国外の各地を転々としたことが、原告と亡大友の婚姻の破綻の決定的要因となったことは否定できない。
 しかしながら、被告会社は、原告を取締役から解任し、著作権者である原告に対し、訴外三恵及び同センモリから得たキャラクター使用料を当初予定された方法で原告に分配しておらず、その点に管理委託契約の重大な債務不履行が認められる以上、信義則違反をいう被告会社らの主張は理由がない。
(2)また、訴外三恵及び同センモリが被告会社とキャラクターの使用許諾契約を締結しているからといって、原告の解除権の行使に制約が付されるわけではない。
 したがって、この点の被告会社らの主張も理由がない。
5 差止請求及び損害賠償請求について
(一)以上によれば、被告会社らが平成4年7月8日以降、本件商品を訴外三恵及び同センモリとともに製造している行為は、本件絵本(一)に関する原告の複製権を侵害するものであり、原告は、被告会社らに対し、本件商品の製造(ノンタンの絵柄の複製)の差止めを求めることができる。
 なお、本件商品の頒布の差止請求を理由ありとするためには、著作権を侵害する行為によって作成された物であるとの情を知って頒布する行為であることを要するところ、被告会社らは、本件判決の送達によって、本件商品が本件絵本(一)に関する原告の著作権を侵害する行為によって作成された物であることを知るものと認められるから、本件判決の送達時以後の限度で、本件商品の頒布の差止めを求める原告の請求は理由があるが、その余は失当である。
(二)また、亡大友及び被告会社らは、本件絵本(一)の著作権が原告に帰属することを知ることのできる立場にあったものと認められるから、原告の著作権を侵害して本件商品を製造したことにつき、少なくとも過失があったものと認められ、民法709条、719条により、原告の蒙った損害を各自連帯して賠償すべき責任がある。
6 原告の蒙った損害
(一)前掲乙第10号証及び証人土屋多弘の証言、原告本人尋問の結果によれば、被告会社は、昭和59年7月以降、平成6年7月当時も更にその後も、訴外センモリからノンタンのキャラクター使用料として、訴外センモリが小売店に卸す価格の4パーセントの支払を受けているか、1年ごとに支払われる前金50万円は最低保証額として支払いを受けていること、原告が家を出た後は、右金員の管理・使用は、実際には亡大友がこれを差配していたことが認められる。そして、亡大友及び被告会社らは、前記管理委託契約が解除された平成4年7月8日以降、権限なく本件商品を製造販売し、毎年50万円の割合で利益を得ていたものと認められ、亡大友及び被告会社らが得た利益は、原告が受けた損害額と推定される(著作権法114条1項)。
 平成4年7月8日以降亡大友が死亡した平成7年1月16日までの間の約2年6か月に見合う使用料合計額は125万円と認められるから、これが原告の蒙った損害額と推定される。
 したがって、亡大友と被告会社は、亡大友の死亡時までの損害賠償金として連帯して125万円の支払義務があるところ、亡大友の債務は相続人である承継人美佳が承継した。
(二)また、亡大友死亡後本件口頭弁論終結時までの約2年間に見合う使用料合計額は100万円と認められ、これが、原告の蒙った損害額と推定されるから、被告会社は、右金額の損害賠償義務を負うが、承継人美佳は本件商品の製造販売に関与していないから、右支払義務があるとは認められない。
(三)したがって、承継人美佳は、原告に対し125万円の、被告会社は合計225万円の損害賠償債務を負うところ、原告は、「承継人美佐及び被告会社は、原告に対し、金300万円を支払え。」との請求をしているから、原告は、両者に対し150万円ずつの請求をしているものと解される。
 よって、被告会社に対する請求は、請求のとおり150万円の限度で理由があり、承継人美佳に対する請求は125万円の限度で理由がある。なお、被告会社の関係で認定する150万円のうち100万円を控除した50万円の限度で、承継人美佳の債務と不真正連帯関係にあるものと認める。
第2 反訴請求について
一 反訴請求の趣旨1項、2項及び予備的請求について
 前記のとおり、本件絵本(一)の著作権はいずれも原告に帰属するものと認められるから、亡大友に本件絵本(一)の著作権の全部又は一部が帰属していたことを前提とする右請求はいずれも理由がない。
二 反訴請求の趣旨3項について
1 原告は、反訴請求3項は反訴の要件を満たさない旨主張するが、原告の金員引出行為が不法行為となるかどうかは、被告会社名義の預金口座に入金されていた金員が本来誰の所有に帰するか、すなわち、本件絵本(一)の著作権者が誰かという点から直接結論が出せるものではないにせよ、深く関わるのであるから、反訴請求は、本訴請求の内容又は発生原因において法律上又は事実上共通点を有し、反訴請求は本訴請求と関連するものと認められ、反訴要件を満たさないとする原告の主張は採用できない。
2 原告が、被告会社名義の預金口座から金760万0800円を引き出したことは当事者間に争いはない。
(一)前記のとおり、本件絵本(一)の著作権は原告に帰属しているものと認められるから、本件絵本(一)から得られる印税収入は本来原告の所有に帰するものであり、被告会社名義の預金口座に入金された金員は、本件絵本(一)の印税収入やノンタンのキャラクター使用料等と推認されるが、原告が亡大友とともに、節税が目的であれ、被告会社を設立し印税やキャラクター使用料を被告会社が収受する法律関係を形成し、これを利用している以上、被告会社から原告への正当な支出の手続を経ずに原告が右金員を引き出した行為は違法であり、原告の行為は不法行為に当たると解するのが相当である。
(二)原告の右引き出し行為は、昭和59年11月2日及び同月20日に行われているところ、前掲乙第8号証によれば、亡大友(被告会社の代表取締役)は、昭和61年7月16日の時点で原告の不法行為を知っていたことが認められるところ、反訴が提起された平成3年10月22日の時点で既に3年以上が経過している。そして、原告が、平成4年9月21日の本件準備手続期日に消滅時効を援用したことは本件記録上明らかである。したがって、被告会社の原告に対する損害賠償債権は消滅しており、反訴請求の趣旨第3項の請求は理由がない。
三 よって、亡大友承継人ら及び被告会社の反訴請求はいずれも理由がない。
第3 結論
 以上の次第で、原告の本訴請求1項及び被告会社らに対する同2項(但し、頒布の差止めは本判決送達後の将来請求の限度で)は理由があるからこれを認容し、同3項中被告会社に対する請求は全て理由があるが、承継人美佳に対する請求は金125万円の限度で理由があるから認容し、その余の本訴請求及び反訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条ただし書き、65条1項本文を、仮執行宣言につき民訴法259条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 西田美昭
 裁判官 高部眞規子
 裁判官 池田信彦
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