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【事件名】元連合赤軍死刑囚名誉毀損・著作権侵害事件
【年月日】平成9年10月31日
 東京地裁 平成8年(ワ)第24327号 謝罪広告等請求事件

判決文
 平成9年10月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 福島勉

判決
東京都(以下住所略)東京拘置所内
 原告 坂口弘
右訴訟代理人弁護士 伊東良徳
東京都(以下住所略)
 被告 佐々淳行
東京都(以下住所略)
 被告 株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役 安藤満
右被告ら訴訟代理人
弁護士 古賀正義
同 喜田村洋一
同 林陽子


主文
1 被告らは、原告に対し、各自金35万円及びこれに対する平成8年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを15分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請 求
一 被告らは、原告に対し、朝日新聞の全国版朝刊社会面に別紙目録1記載の謝罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
二 被告らは、原告に対し、月刊誌「文藝春秋」に別紙目録2記載の謝罪広告を同目録記載の条件で1回掲載せよ。
三 被告らは、原告に対し、各自金550万円及びこれに対する平成8年6月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告佐々淳行(以下「被告佐々」という。)が執筆し、被告株式会社文藝春秋(以下「被告文藝春秋」という。)が出版した「連合赤軍『あさま山荘』事件」と題する作品(月刊誌「文藝春秋」平成8年2月号から4月号に掲載されるとともに、単行本としても出版)の記述により名誉を段損され、かつ、著作者人格権を侵害されたとして、被告らに対し、不法行為に基づき、謝罪広告の掲載及び損害賠償の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、新左翼の一党派の大衆組織であった「京浜安保共闘」の最高幹部であったが、昭和47年2月28日、あさま山荘事件の殺人等の被疑事実により現行犯逮捕され、平成5年3月9日、死刑判決が確定し、東京拘置所内に拘置されている。
2 被告文藝春秋は、雑誌、図書の印刷、発行及び販売等を目的とする株式会社であり、月刊誌「文藝春秋」を発行している。
3 被告佐々は、「連合赤軍『あさま山荘』事件」と題する作品を執筆し、被告文藝春秋の発行する月刊誌「文藝春秋」の平成8年2月号から4月号にかけて3回にわたって連載した上、右に若干の加筆修正をして、平成8年6月30日付けで同名の単行本を被告文藝春秋から出版した(以下、これらの作品を総称して「本件出版物」という。)。
4 本件出版物には、別紙1及び2記載のとおりの記述がある。
5 被告佐々は、本件出版物において、原告の短歌を次のように引用している。
「T君の死を知らぬ父上の、呼掛けを籠城の吾ら、俯くて聞く」
 右引用にかかる原告の短歌には、もともと読点はなく、被告佐々は、この読点を打つに当たり、原告の了解を得ていない。
二 争点
1 別紙1記載の記述の内、傍線を引いた部分の記述(以下「本件記述1」という。)は、原告の名誉を段損したか。
2 別紙2記載の記述の内、「『濡れた布団の下に隠れていました』これが坂口弘だった。」との記述(以下「本件記述2」という。)は、原告の名誉を段損したか。
3 被告佐々が原告の短歌に読点を打ったこと(以下本件改変」という。)が、原告の著作物の同一性保持権を侵害し、かつ、原告の名誉を段損したか。
4 原告の損害及び謝罪広告の要否
三 争点についての当事者の主張
1 争点1について
(原告の主張)
(一)本件記述1は、これを読んだ一般人に対し、警視総監公邸爆破未遂事件、日石・芝郵便局事件、土田邸小包爆弾事件を初めとして、右記述に掲げられた16件に及ぶ爆弾事件が「京浜安保共闘」の犯行であり、かつ、その構成員であるとともに最高幹部であった原告がこれらの爆弾事件に関与したとの印象を与えるものである。
 したがって、本件記述1により、原告の名誉は段損された。
(二) 名誉毅損の成否については、一般の読者が通常の読み方をした場合に、どのような印象を持つかを基準として判断すれば足り、筆者が断定しているかどうかは必ずしも決め手にならない。
 被告らは、当時の警察当局やマスメディアの見解を紹介したに過ぎないと主張するが、警察当局の見解として紹介した場合には、「自ら見聞し、又は、取材した事実として報道した場合よりもかえって事実らしい印象を与えることになる」のであり、警察当局やマスメディアの見解を紹介したにとどまるという点は意味を持たない。
 また、当時の見解を紹介したに過ぎないという点も、当時の見解をそれが誤りであることを注記せずに出版することは、その不法行為の違法性を強める事情になり得ても、名誉毅損の成立に関して法的に意味を持つものとはいえない。
(三) 犯罪行為については、検挙、起訴、判決、処罰を受けるのは、通常、個人であり、一般人の関心も個人に収斂するのが通常である。
 とすれば、ある犯行が「京浜安保共闘の爆弾テロ闘争」として行われたと記述されれば、それを読んだ一般読者は、その犯罪には最高幹部が関与しており、その指揮命令の下にその組織の構成員が実行を分担して敢行したとの印象を持つのが通常であり、被告らの主張は、少なくとも犯罪行為に言及したことによる名誉毅損の成否に関しては、失当というべきである。
 また、最高幹部という点をおいて、構成員の立場としても、比較的少数の構成員からなる集団について、具体的な該当者を特定することなくその集団の犯罪や不正行為の疑いを公表する場合、該当者の特定がない故に、かえって、構成員全員が世間からその疑いを持たれ、結局、構成員全員の名誉を毅損することになるというべきである。
 したがって、一連の爆弾事件が京浜安保共闘の犯行であるとの印象を与える表現は、原告が最高幹部であったということからも、また、原告がその構成員であったということからも、原告の名誉を段損するというべきである。
(被告らの主張)
(一)本件記述1は、爆弾事件があった当時の、被告佐々を含む警察当局及びマスメディアの見解を紹介したものであって、爆弾事件が京浜安保共闘の犯行であると断定したものではない。
 そして、読者は、右記述内容が、爆弾事件のあった当時の警察当局及びマスメディアの見解をその前提として取り上げていることを了解し、被告佐々において爆弾事件を京浜安保共闘の犯行であると主張しているわけではないことを理解するから、本件記述1自体により、原告の名誉が毅損されることはない。
(二)また、一般的に、法人格の有無は別として、社会的に実体のある団体の行為は、当該団体そのものの行為として理解され、そのまま当該団体に所属する者の行為として理解されることはない。
 特に、政治党派の場合には、単にある犯行が政治党派によってなされたということによって、その犯行とその政治党派の最高幹部とが結び付けられるものでないことは、現代の日本社会において一般的に承認されていることである。
 とすれば、団体の名誉を毅損する表現がなされたとしても、そのことによって、当該団体とは別個の存在として認識されている自然人の名誉が毅損されることにはならないというべきである。
 本件については、爆弾事件の当時、原告は、京浜安保共闘の最高幹部ではあったが、京浜安保共闘はその名において声明を発表し、集会を催すなどの活動を行い、一般社会の中で実体のある団体として認識されていたのであって、京浜安保共闘と原告とは別個の存在であると認識されていた。
 したがって、仮に、本件記述1において、原告と別個独立の存在である京浜安保共闘について、「ある爆弾事件は京浜安保共闘の犯行である」との記述があるとしても、それ以上に、原告が爆弾事件で逮捕され、あるいは、起訴されたという記述がない以上、一般人が、本件記述1を読んだときに、原告が爆弾事件に関与していると認識することはない。
2 争点2について
(原告の主張)
(一)本件記述2は、これを読んだ一般の読者に対し、原告があさま山荘事件での逮捕時に、逮捕を避けるため、あるいは、銃撃戦におびえて、布団の下に隠れていたとの印象を与えるものである。
 そして、本件出版物では、全編にわたって警察官の勇敢さをことさらに強調し、それに対比する形で、逮捕時の状況につき、逮捕された長髪の犯人が、「わめき散らし、ワァワァ泣いている」という描写と、原告が布団の下に隠れていたという描写をおくことで、原告を含む犯人たちが卑怯で臆病者であるとことさらに印象づけるものである。
 したがって、本件記述2により、原告の名誉は毀損された。
(二)原告は、事件当時、「銃による遊撃戦」「革命戦争」を標榜していた党派の幹部であり、警察側と長期間にわたる銃撃戦を行っていたものである。このような者に対しては、もともと勇敢な行動が、自らの行動規範としても、第三者の目からも期待されている。
 現に、原告は、あさま山荘事件等に関する刑事事件の1審判決の理由中でも、生きて逮捕されたこと自体が恥だとまで評価されている。
 このような立場にある原告については、逮捕時に布団の下に隠れていたなどということは、明らかに恥であり、社会的評価の低下につながるというべきである。
 加えて、本件出版物においては、前記のとおり、全体として、勇敢な警察官と卑怯な犯人という対比構造がとられており、警察官の勇敢な姿勢を読まされてきた読者は、逮捕時点において犯人が泣きじゃくっていたというエピソードと、原告が布団の下に隠れていたというエピソードを読まされることで、決定的に原告に対する軽蔑感・失望感を抱く構造になっているのである。
 逮捕を避けるための行動が、一般の場合にそれほど社会的評価の低下につながらないとしても、このような作品の構造の下では、特に社会的評価の低下につながるというべきである。
(被告らの主張)
 本件記述2は、被告佐々が、「原告が、濡れた布団の下に隠れていました」との報告を受けた旨を述べるものであって、それを読んだ読者に、原告がおびえていたような印象を与えるものではない。
 また、本件記述2によって、原告が逮捕を避けようとしていたとの印象を読者が受けたとしても、逮捕されようとする者が逮捕を避けようとすることは、通常よく見られるところであり、原告が逮捕を避けようとして何らかの行動を採ったと読者が理解しても、そのことによって、原告に対する社会的評価が低下することはあり得ない。そして、あさま山荘事件では、機動隊があさま山荘に入る前に大量の放水がなされていたのであり、中にいる者はこの放水を防ぐために布団をかぶっていたのであるから、原告が濡れた布団の下にいたというのは極めて自然である。しかも、原告の逮捕状況について記述されているのは、本件記述2の部分だけであり、ことさらに、原告が怯懦だったとか、卑怯だと記述されているわけでもない。
3 争点3について
(原告の主張)
(一)短歌は、極めて字数の少ない作品であるため、1字変えただけでも意味、歌の味わい、価値が大きく異なってくるところ、被告佐々の勝手な改変により、原告の短歌は著しく味わいを失った。
 また、短歌に読点を打つ歌人は、常識的にはおらず、さらに、右引用にかかる読点の打ち方は、通常の日本語の読み方とも異なるものである。
 とすれば、右引用文は、これを読んだ一般人に対し、朝日歌壇で度々1席に選ばれ、歌集も出版している原告が、このような味わいのない短歌を発表し、あるいは、短歌に句点を打つような歌人としての常識のない人物であり、読点の打ち方からも通常の日本語能力に欠ける人物であるとの印象を与えるものである。
 したがって、本件改変により、原告の著作物の同一性保持権(著作権法20条)が侵害され、かつ、原告の名誉は毅損された。
(二)被告ら主張のケースは、いずれも出版物の字数・行数の制約の下で引用するという必要性があり、そのような慣行があって、かつ、読者もそのように理解するところである。
 これに対して、本件では、そういった字数・行数の制約とは全く関係なく改変が行われたものであり、また、短歌を引用する際に勝手に読点を打ってよいなどという慣行は全くない。
 したがって、読者も、被告佐々が勝手に改変したとは理解せず、原作に読点が打たれていると理解するものである。
 また、読点は、その性質上、その打ち方により文の意味が変わるものであることは常識であり、改行の場合よりもはるかに大きな意味を持つ。しかも、短歌はその字数の少なさ故に、一般の文であれば微細と思われるような改変であっても重要な意味を持つのである。
 したがって、短歌に読点を打つことは、決して微細な変更とはいえない。
(被告らの主張)
 他人の詩歌を引用するに当たって、発表されたそのままの形ではなく多少の変更を加えることは時として見られることである。たとえば、長い詩を引用する場合には、行をいちいち分けることはせずに、間に斜線を入れて行が変わることを示すことが慣例的に行われているし、石川啄木の短歌のように、3行に分けて発表されたものであっても、1行にしてしまうということもある。
 しかし、これらの微細な変更が同一性保持権を侵害するとは考えられていない。
 本件では、被告佐々は、月刊誌ないし単行本の読者が、必ずしも短歌に慣れているとは考えられなかったことから、その理解を助ける意味合いもあって読点を加えたものである。ことさらに原告の短歌の価値を減じさせようとしたものでないことはもちろん、現実にもそのようなことは起きていないのであるから、このような微細な変更では、損害賠償を必要とするような同一性保持権の侵害があったとはいえない。
2<「2」は「4」の誤?〉争点4について
(原告の主張)
(一)被告佐々は、原告の名誉を毅損し、原告の著作者人格権を侵害する記述のある本件出版物を執筆し、被告文藝春秋は、これを月刊誌「文藝春秋」に掲載し、単行本として出版した。
(二)被告らの本件不法行為により、原告は、名誉を傷つけられ、著しい精神的打撃を受けた。
 そのため、原告は、右名誉を回復するための措置として前記謝罪広告の掲載を求めるとともに、右精神的苦痛に対する慰籍料として少なくとも500万円の支払を受けることが必要である。
 原告は、本件訴訟の提起・遂行を原告訴訟代理人に依頼したが、その弁護士報酬の内金50万円は、被告らに負担させるのが相当である。
(被告らの主張)
 原告の主張はすべて争う。
第3 当裁判所の判断
一 争点1について
1 本件記述1が原告の名誉を毀損するか否かは、一般読者の通常の注意と理解の仕方を基準として、記述内容自体が名誉毀損事実の存在を読者に印象づけるか否かによって判断すべきである。
 この点、被告らは、本件記述1は爆弾事件発生当時における被告佐々を含む警察当局及びマスメディアの見解を紹介したものに過ぎない以上、一般読者は、爆弾事件が京浜安保共闘の犯行であるとの印象を持つことはなく、原告の名誉が毀損されることはないと主張している。そこで、一般読者が、本件記述1を読んだときに、どのような印象を持つと考えられるのかについて検討する。
2 証拠(甲1の1、甲2の1)によれば、本件記述1は、以下のような文脈における記述であることが認められる。
 まず、赤軍派が爆弾闘争を展開していったとの記述がなされた上で、「上赤塚交番事件で射殺された柴野晴彦の復讐戦とみられる京浜安保共闘の爆弾テロ闘争がそれに加わった。」との記述がなされ、右各記述に続いて爆弾事件の事件名が列挙されている。
 次に、昭和46年10月23日夜から24日未明にかけての爆弾事件についての記述がなされた後、上赤塚交番事件の1周年記念日の12月23日に、「京浜安保共闘は、10月23日夜のように総力をあげて警視庁に復讐戦を挑んでくるにちがいない。」との記述がなされ、右記述にある12月23日に土田邸が爆破されたという事件についての記述の後、右事件が、「京浜安保共闘の犯行と推定された。」、赤軍派と京浜安保共闘は、銃による遊撃戦勝利を声高にアジっていたが、「さすがに土田邸小包爆弾事件の犯行声明は出されなかった。」との記述がなされている。
 そして、右記述においては、記述内容が被告佐々等の当時の見解を紹介したものに過ぎないと明言されている部分は存在しない。
3 以上のような記述内容及び記述順序を前提に検討するに、本件記述1の京浜安保共闘に関する部分は、そのほとんどが断定的記述であり、また、「さすがに……声明は出されなかった。」との表現は、京浜安保共闘が土田邸小包爆弾事件を敢行したが、声明までは出さなかったとの趣旨に読める。このように、本件記述1は、何の留保を付けることなく、一連の爆弾事件が京浜安保共闘の犯行と認められたかのような記述内容となっており、一般読者がこれを読んだときに、右記述が単なる被告佐々等の当時の見解を紹介したものであると理解するとは到底思われず、かえって、右記述における一連の爆弾事件が、現実に京浜安保共闘によって引き起こされたとの印象を持つものといわざるを得ない。
 したがって、被告らの右主張は採用できない。
4 次に、被告らは、仮に一般読者が、京浜安保共闘が爆弾事件を引き起こしたとの印象を持つとしても、それによって、原告「個人」の名誉が毀損されることはないと主張する。
 しかし、この点についても、一般読者の印象を基準に判断すべきところ、本件記述1においては、京浜安保共闘が爆弾事件を敢行したとの印象を持たせる記述の直後に、.原告を含む幹部らの氏名を列挙して、連合赤軍結成に際し、京浜安保共闘から右幹部らが連合赤軍の中央委員として選任されたとの記述がなされている(甲1の1、甲2の1)。
 このような記述を読んだ一般読者は、爆弾事件が、京浜安保共闘という「団体」によりなされた行為であるとの印象を持つことに加え、団体の構成員、特に最高幹部である原告の行為(少なくとも原告の関与による行為)であるとの印象まで持つといわざるを得ず、被告らの右主張は採用できない。
5 以上より、本件記述1は、一般読者に、爆弾事件が原告を含む幹部らによってなされたとの事実を印象づけるものであって、原告の社会的評価を低下させるものと認められる。
二 争点2について
1 本件記述2が、一般読者に、原告が卑怯で臆病者であるという印象を与え、原告の社会的評価を低下させたといえるかどうかについて検討する。
2 証拠(甲8、甲17、甲18、甲22)によれば、原告は、警察があさま山荘に突入し、1、2階を制圧した後も、逮捕される直前まで、連合赤軍の他のメンバーと共にあさま山荘の3階のベッドルームにバリケードを築いて立てこもり、銃などを使って警察に抵抗していたこと、警察側は、原告が立てこもっているベッドルームに対して、山荘の外から催涙ガス弾を撃ち込んだり、延長ホースを使って多量の放水を行ったりして抵抗の抑圧を図ったこと、そして、何回かの放水の後、ベッドルームに数名の機動隊員が突入して、原告らを逮捕したこと、本件出版物における記述は、逮捕に至るまでの右のような状況を述べた後に、原告が他のメンバー4人の逮捕にやや遅れて逮捕されたとし、その逮捕の際の具体的状況が本件記述2のようであったとしていることが認められる。
3 右認定事実を前提に検討するに、一般に、逮捕されようとしている者が、逮捕を避けようとするのは通常よくみられることであり、そのような行動は、とりたてて臆病な行為であるとは考えられていない。特に、本件では、原告らは、警察の逮捕行為に対して徹底的に抵抗していたものであって、最後の瞬間まで機動隊に逮捕されることを避けようとして何らかの行動を採ることはむしろ自然なことである。したがって、機動隊員がベッドルームに突入した後に、それまで抵抗を試みていた原告が、布団の下に身を隠したとしても、一般読者の通常の感覚を基準とすれば、そのことから原告が臆病であり、卑怯であるとの印象を抱くものと断ずることはできない。
 もっとも、本件記述2は、原告より前に逮捕された連合赤軍のメンバーの一人が泣きわめいたとの記述の後に、原告が隠れていたのが「濡れた布団」の下であったという表現を用いており、これらを併せて読めば、原告を含む連合赤軍のメンバーが、最終的に逮捕された際にはいわば人間的弱さを露呈したとの印象を与えかねないものとなっている。
 しかし、右の記述は単に連合赤軍のメンバーも通常の人間と何ら異なるところがないということを強調しているに過ぎないと見ることもできるのであって、濡れた布団の下に隠れていたとの表現も、原告が逮捕の直前にベッドルームに立てこもり、警察側はそのベッドルームに向かって放水をしたとの事実に照らせば、ことさら悪意によるものとはいえない。そうだとすると、右のような表現があるからといって、それが原告の人格を貶め、侮辱するものと捉えるのは一般読者の感覚を超えているといわざるを得ず、本件記述2が原告の社会的評価を低下させるものということはできない。
 この点、原告は、本件記述2の発表当時、原告は、一般人から勇敢な行動を採るべきことが期待されていたことから、右記述によりかかる原告に対する社会的評価が低下したと主張するが、右記述の発表当時、原告が、一般人からみて特に勇敢な行動を採るべきことが期待されていたことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告の主張する刑事事件の1審判決の記載も単なる量刑の理由の一部に過ぎないものであって、原告が一般的に「勇者」でなければならないことの理由となり得るものではなく、原告の右主張は採用できない。
4 よって、本件記述2は、原告の社会的評価を低下させたとはいえず、原告の名誉を毀損したとは認められない。
三 争点3について
1 著作権法20条1項は、著作者はその著作物及び題号について同一性を保持する権利(同一性保持権)を有すると規定しているが、右にいう「変更、切除その他の改変」とは、著作物の外面的表現形式に増減変更を加えることを意味するものと解される。
 そして、被告佐々による本件改変は、短歌という極めて字数の少ない表現形式に二つもの読点を加え、しかも、その読点の打ち方も理解を助けるものではないといわざるを得ないものとなっている。このような改変を、原告の了解を得ずに、その意思に反して行った以上、短歌の外面的表現形式に増減変更を加えたものであることは明らかであり、被告佐々の本件改変は、原告の著作物の同一性保持権を侵害するものと認めるべきである。
2 次に、原告は、本件改変により、原告の名誉が襲損されたと主張する。
 しかし、本件改変によって、右短歌の文学的価値に影響があるとしても、そのことから直ちに、一般読者が原告の歌人としての常識まで疑うとはいい難い。本件出版物は、もともと、あさま山荘事件という特異な出来事を警察の側から記録したものに過ぎないものであるから(甲7)、その中に原告の心境を紹介するために短歌を引用しても、一般の読者が、その短歌の文学的価値に着目してこれを読むことは稀であって、本件改変によって、その作者の常識あるいは日本語能力にまで読者が思いをいたすことは通常ないといえよう。そうだとすれば、本件改変により原告の名誉が毀損されたとまで認めることは困難であるといわざるを得ない。
四 争点4について
1 本件記述1が、原告の名誉を段損し、また、本件改変が、原告の著作者人格権を侵害するものであることは前記認定のとおりであるから、被告らは、不法行為責任を免れない。
2 そして、本件記述1及び本件改変の内容のほか、本件出版物が出版されたのは、あさま山荘事件発生から約20年後、原告の死刑判決確定からも約3年後のことであり、原告の社会的評価は既にある程度低下した状態にあったこと、本件出版物における短歌の引用は、短歌自体の評価を特に問題としたものではないこと、本件出版物の単行本第11刷(平成9年2月10日付け)からは、原告の短歌から読点を外していること(乙20)等、本件証拠に現れた一切の事情を総合的に勘案すると、原告が右不法行為によって被った精神的苦痛を慰籍するための金額としては30万円が相当であり、また、本件と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は5万円が相当である。
 なお、原告は、そのほか、原告の名誉を回復するためには謝罪広告の掲載が不可欠であると主張するが、前記認定の事情を勘案すれば、損害賠償に加えて謝罪広告の掲載が必要であるとは認められない。
第4 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償として金35万円及びこれに対する不法行為の日である平成8年6月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条、93条を、仮執行の宣言につき同法196条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第25部
 裁判長裁判官 相良朋紀
 裁判官 安浪亮介
 裁判官 和波宏典

目録1
 謝罪広告
 月刊誌「文藝春秋」1996年2月号から同年4月号に連載し、その後単行本として出版いたしました「連合赤軍「あさま山荘」事件」の中で、京浜安保共闘が総監公舎、日石・芝郵便局、土田邸を始め多数の警察関係者に対する爆弾事件を敢行したとする部分及び坂口弘氏が逮捕されるときに布団の下に隠れていたとする部分は事実に反するものでした。また、坂口氏の短歌を引用した部分は、著者が勝手に読点をうって坂口氏の短歌を改変したものです。坂口比及び京浜安保共闘関係者の名誉を毀損し、坂口氏の著作者人格権を侵害し、大変ご迷惑をおかけしました。ここに心からお詫び申し上げます。
 佐佐淳行
 株式会社文藝春秋
坂口 弘殿

掲載条件
1.字格 5号活字使用
2.見出し並びに被告及び原告の氏名
  ゴシック活字使用
3.2段組、7センチメートル幅

目録2
 謝罪広告
 月刊誌「文藝春秋」1996年2月号から同年4月号に連載し、その後単行本として出版いたしました「連合赤軍「あさま山荘」事件」の中で、京浜安保共闘が総監公舎、日石・芝郵便局、土田邸を始め多数の警察関係者に対する爆弾事件を敢行したとする部分及び坂口弘氏“が逮捕されるときに布団の下に隠れていたとする部分は事実に反するものでした。また、坂口氏の短歌を引用した部分は、著者が勝手に読点をうって坂口氏の短歌を改変したものです。
 坂口氏及び京浜安保共闘関係者の名誉を毀損し、坂口氏の著作者人格権を侵害し、大変ご迷惑をおかけしました。ここに心からお詫び申し上げます。
 佐佐淳行
 株式会社 文藝春秋
坂口 弘殿

掲載条件
1.字格 9ポイント活字使用
2.見出し並びに被告及び原告の氏名
  ゴシック活字使用
3.タテ2分の1頁(天地179ミリメートル、左右59ミリメートル)
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