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【事件名】写真館撮影の婚礼写真の無断複製事件
【年月日】平成9年10月22日
 釧路地裁 平成8年(ワ)第69号 損害賠償請求事件

判決
釧路市(以下住所略)
 原告 株式会社工藤写真館
右代表者代表取締役 工藤寿男
右訴訟代理人弁護士 小野塚聰
釧路市(以下住所略)
 被告 エコースタジオこと 吉田三郎
右訴訟代理人弁護士 春日寛 
同 程島弘美


主文
一 被告は、原告に対し、金6万4250円及びこれに対する平成7年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを10分し、その1を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
 被告は、原告に対し、金80万円及びこれに対する平成7年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
一 前提となる事実(証拠により認定した事実については、適宜、証拠を掲記する。)
1 原告は、写真撮影等を業とする会社であり、釧路市内で写真館を経営している。被告も肩書住所地で写真館を経営している。
2 原告は、平成7年5月24日、原告の本店所在地のスタジオにおいて、訴外山崎智巳(以下「訴外智巳」という。)及び訴外渡辺明子(以下「訴外明子」という。)の婚礼写真(以下「本件写真1」という。)を撮影し、また、同月27日、同人らの結婚式に際し、釧路全日空ホテルにおいて、同人らの両家集合写真(以下「本件写真2」といい、本件写真1と合わせて「本件各写真」という。)を撮影した。(甲1ないし3号証)
3 被告は、右結婚式終了後の平成7年秋ころ、同人ら並びに訴外智巳の母親である訴外山崎敬子(以下「訴外敬子」という。)及び訴外明子の母親である訴外渡辺恵美子(以下「訴外恵美子」という。)に対し、本件各写真の複製の勧誘をした上、その注文を受けて、本件各写真を複製した(以下「本件複製行為」という。)。(甲1号証、2号証、乙8号証、9号証)
二 争点
 原告は、原告の著作物である本件各写真を複製した被告の本件複製行為が原告の著作権を侵害するものであり、右行為により、原告が本件各写真の焼増しにより通常得べかりし利益30万円及び信用低下に伴う経済的損失50万円、合計80万円の損害を被ったとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、80万円及びこれに対する不法行為の後である平成7年12月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
 被告は、本件各写真は著作権法の保護の対象となる著作物に当たらず、仮に著作物に当たるとしても、本件複製行為につき原告の黙示の許諾があるから、あるいは、本件複製行為は著作物の私的使用の補助にすぎないから、著作権侵害とならない旨主張し、また、その損害額も争っている。
 したがって、本件の争点は、
1 本件各写真は著作物といえるか。
2 本件複製行為につき原告の黙示の許諾があるか。
3 本件複製行為が私的使用の補助として著作権法30条1項に該当するか。
4 本件複製行為による原告の損害である。
三 当事者の主張
 本件の争点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。
1 争点1(本件各写真の著作物性)について
(一)原告の主張
 写真は、機械的作用及び技術的操作に依存するところが大きい点で他の著作物とは異なるが、その製作に当たっては、主題の決定、被写体・構図・カメラアングル・光量・シャッターチャンスなどの選択・調整、時には原版の修正、その他撮影、現像、焼付過程において、独創的な工夫を必要とするものであり、本件各写真のような婚礼写真は、単に実用を目的とする証明写真等とは異なり、著作物に当たる。
(二)被告の主張
本件各写真は、婚礼写真及び両家集合写真を撮れば、誰が撮っても大体同様の写真となるようなごくありふれた人物写真にすぎず、到底、思想又は感情を創作的に表現した著作物とはいえない。また、本件各写真、とりわけ、本件写真2は顔が重なって欠けている人物がいたり、視線がレンズに向いていない人物がいたりするなど、集合写真として技術度の低いものであり、著作物とはいえないというべきである。
2争点2(原告の黙示の許諾)について
(一)被告の主張
 一般的にネガを用いることなく写真を複製することのできるコピー機が販売されていること、ネガを用いることなく写真を複製することを営業として行なっている釧路市内の写真館が存在していること、ネガを用いることなく葬儀用の故人の遺影を複製しても著作権侵害の認識を持たないことからすれば、原告が、本件各写真を他人が複製することについて、黙示的に許諾していたことが推認できる。
(二)原告の主張
 原告は、他人が本件各写真の複製行為を行なうことを許諾したことはない。
3 争点3(私的使用の補助)について
(一)被告の主張
 被告による本件複製行為は、訴外敬子及び訴外恵美子が本件各写真を個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする複製を補助したものであり、右複製は、公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器を用いてなされたものではない。なお、被告は、本件各写真を自動複製機器、いわゆるコピー機を用いて複製したものではなく、自らのカメラで本件各写真を撮影し、ネガを起こして〈「て」は「た」の誤?〉上で焼増しをしたものであるから、右のような方法による本件複製行為は著作権法が規制する複製には該当しないともいうべきである。
(二)原告の主張
 本件複製行為が私的使用の補助といえないことは明らかである。
4 争点4について
(一)原告の主張
 本件各写真のような婚礼写真及び両家集合写真は、両家合わせて2枚1組で30組の焼増注文があるのが通常であり、その場合の売上高は、基本料金及び2面組焼増料金(1組8500円)を合わせて30万円を下らない。また、本件複製行為により、原告が専属契約を締結しているホテルや一般顧客に対する対外的信用が失墜し、その信用低下に伴う経済的損失は50万円を下らない。
(二)被告の主張
 原告の設定する焼増料金では、少なくとも訴外恵美子が原告に焼増しを依頼する意思はなかったのであるから、本件複製行為と原告の主張する損害には因果関係がない。また、原告の主張する得べかりし利益は、経費等を控除しない売上高のみであり、これが損害額とならないことは明らかである。さらに、本件複製行為により何故に原告の対外的信用が失墜することになるのかは、まったく明らかではない。
第3争点に対する判断
一 争点1(本件各写真の著作物性)について
1 著作権法は、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽〈「の範囲」が脱落〉に属する著作物を保護の対象とし(著作権法2条1項1号)、写真の著作物についても著作物性を認めている(同法10条1項8号)。そして、著作物の創作者である著作者は、その著作物を複製する権利を専有するものである(同法21条)。
2 原告代表者本人尋問の結果によれば、本件各写真は、原告の従業員であるカメラマンが原告の営業として職務上撮影したものであり、本件写真1は、原告の本店所在地のスタジオで原告が特注した背景を用いて撮影され、本件写真2は、釧路全日空ホテル内の原告が内装工事、撮影器材及び照明設備等の設置を行なったスタジオで撮影されたこと、撮影に当たっては、撮影者が人物のポーズ等を含めた構図、カメラアングル、光量、シャッターチャンス等を自らの判断で選択・調整して本件各写真を撮影したことが認められ、本件各写真は創作性を有する著作物であり、本件各写真の著作権は原告に帰属するものというべきである。
3 被告は、本件各写真について原告の創作性がなく、とりわけ本件写真2については撮影技術が拙劣であるから、著作物とはいえない旨主張する。しかしながら、本件各写真が婚礼写真及び両家集合写真としてその構図に顕著な特異性がないとしても、右認定事実からすれば、撮影者の創作性を認めることができるし、被告の指摘するような撮影技術の巧拙が本件写真2の創作性を失わしめるものとまではいえないことは明らかであり、被告の主張は採用できない。
 なお、被告は、本件各写真を自らのカメラで撮影し、新たなネガを起こした上で焼増ししたのであるから、被告による複製はそもそも著作権法が規制する複製には該当しないと主張するかのようであるが、著作権法が規制する「複製」とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいうから(著作権法2条1項15号)、写真撮影の方法による本件各写真の再製が、著作権法上の「複製」に当たることはいうまでもない。
4 そして、被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件各写真の著作権が本件各写真の複製を依頼した訴外敬子及び訴外恵美子以外の者に帰属することを知り又は知ることができたことが認められるから、被告は、本件複製行為が著作者の許諾なく著作物を複製するものであることを知り又は知ることができたというべきである。
二 争点2(原告の黙示の許諾)について
1 乙1号証、2号証の1、3号証の1ないし3及びび6号証によれば、一般的に写真をコピーすることのできるコピー機が販売されていること、ネガを用いることなく写真を複製することを営業として行なっている釧路市内の写真館が存在していることが認められる。また、乙7号証の1ないし3、被告及び原告代表者各本人尋問の結果によれば、遺影用の人物写真については、撮影者の許諾を得ずに複製する場合があることが認められる。
2 被告は、右事実からすれば、本件各写真についてもその複製について原告の黙示の許諾があることが推認される旨主張する。しかしながら、そもそも右のような事実から、一般的に、あるいは、少なくとも釧路市内において、写真館等の撮影に係る人物写真の複製につき、他の者の複製行為を撮影者が許諾していることを推認することはできないし、原告のみが右のような許諾をしていたことを推認するに足りるような事情もない。かえって、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告のような写真館においては、本件各写真のような写真についてはその複製を自ら行うのが通常であり、そのネガは原則として譲渡又は貸与の対象としておらず、本件各写真のネガもその被写体ないしその親族等に譲渡又は貸与していないこと、遺影用の人物写真についても、撮影者が判明している場合はその許諾を得ている場合もあることが認められ、本件各写真の複製について原告の黙示の許諾があったといえないことは明らかである。また、右1の事実をもって、彼告が、本件各写真の複製について原告の黙示の許諾があると信じたとしても、その点に少なくとも過失があるというべきである。
三 争点3(私的使用の補助)について
 著作権法30条1項は、私的使用の目的で著作物を複製することができる場合について規定しているが、同項は私的使用の目的であれば、使用する者本人が著作物を複製することを認める規定であり、本件各写真の複製物を使用する者でない被告がこれを複製した場合には同項の適用がないことは明らかである。
 被告は、本件複製行為は、訴外敬子及び訴外恵美子の私的使用目的の複製を補助したものにすぎない旨主張するが、前記2の一記載の事実に加え、被告本人尋問の結果によれば、被告がその営業として本件複製行為を行なっていることが認められるから、被告の行った本件複製行為を訴外敬子及び訴外恵美子の複製行為と同視することはできず、本件複製行為が本件各写真の被写体の親族の依頼に基づくことを考慮しても、なお、本件各写真の複製の主体は被告であるというべきである。
 したがって、その複製の方法について検討するまでもなく、同項の適用はないというべきであるから、被告の主張は採用できない。
四 争点4(原告の損害)について
1 原告は、本件複製行為により、本件各写真の焼増しにより原告が通常得べかりし利益30万円及び信用低下による経済的損失50万円の損害が生じたと主張する。
2 まず、本件複製行為による原告の信用低下及びこれによる経済的損失については、その具体的内容も明らかではなく、これを認めるに足りる証拠もない。
3 次に、原告が本件各写真の焼増しにより通常得べかりし利益について検討する。
 甲3号証、証人山崎敬子、同渡辺恵美子の各証言並びに被告及び原告代表者各本人尋問の結果によれば、原告においては、本件各写真のような原告撮影に係る婚礼写真等については、通常、基本料金に加えて、2枚1組の焼増しにつき8500円の料金を受領しており、ホテルで撮影した写真については焼増料金を含め売上の30パーセントの手数料を支払っていること、被告は、本件各写真について、訴外敬子より13組26枚、訴外恵美子より9組18枚、計22組44枚の注文を受けてこれを複製したうえ、1枚につき2500円で販売し、計11万円の売上を得たこと、訴外敬子は、本件各写真の複製については、その料金にかかわらず、もともと同数量の複製を依頼する予定であったこと、訴外恵美子は、本件各写真の複製についてはその料金を勘案した上で被告に右数量の複製を依頼したものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
 そうすると、被告による勧誘及び本件複製行為がなければ、原告は、少なくとも、訴外敬子により本件各写真13組の焼増しを依頼されたであろうこと、これにより焼増料金として合計11万500円(8500円×13組)の売上を得たであろうこと(なお、原告は焼増しに係る基本料金を設定している旨主張するが、右基本料金の内容、料金体系等は何ら明らかではないからこれを考慮することはできない。)が認められるところ、右焼増しは、原告が有するネガを用いて行われるものであるが、なお、ホテルに支払うべき手数料や焼付けのための原材料費、台紙代等の経費を要すること等の事情を考慮すれば、原告には、少なくとも、訴外敬子の焼増しの依頼に係る得べかりし利益の喪失として、右売上金額の半額に当たる5万5250円の損害があったと認めるのが相当である。
 一方、訴外恵美子の複製の依頼についてみるに、右認定事実によれば、被告による勧誘及び本件複製行為がなければ、訴外恵美子が原告に同数量の焼増しを依頼したであろうことを直ちには認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、著作権侵害者が侵害行為により利益を受けているときは、その利益の額を著作権者が受けた損害の額と推定することができる(著作権法114条1項)ところ、被告が訴外恵美子の依頼に係る本件各写真の複製により合計4万5000円(2500円×18枚)の売上を得ていることは右認定のとおりであり、被告本人尋問の結果によれば、被告が本件各写真を自らのカメラで撮影して新たなネガを起こした上で焼増ししており、右ネガからの焼増しを外注していることが認められ、これらの事情を考慮すれば、被告は、訴外恵美子の依頼に係る本件複製行為により、少なくとも、右売上の2割に当たる9000円の利益を受けたと認めるのが相当であり、これを原告の受けた損害の額と推定することができる。そして、右推定を覆すに足りる証拠はない。
 以上によれば、原告が被告の本件複製行為により受けた損害は、合計6万4250円と認めることができる。
五 結論
 よって、原告の請求は、前記損害金6万4250円及びこれに対する不法行為の後であって訴状送達の日の翌日である平成7年12月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条を、仮執行宣言につき同法196条を適用して、主文のとおり判決する。

釧路地方裁判所民事部
 裁判官 竹田光広                  
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