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【事件名】営業表示「ワールド」の不正競争防止法違反事件(3)
【年月日】平成9年6月10日
 平成7年(オ)第1105号
 (一審・東京地裁平成元年(ワ)第17170号、二審・東京高裁平成5年(ネ)第854号)

判決
上告人 株式会社ワールドファイナンス
右代表者代表取締役 石川秀雄
右訴訟代理人弁護士 吉弘正美
被上告人 株式会社ワールド
右代表者代表取締役 畑崎廣敏

 右当事者間の東京高等裁判所平成5年(ネ)第854号表示使用禁止等請求事件について、同裁判所が平成7年2月22日に言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。


主文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。

理由
 上告代理人吉弘正美の上告理由について所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づき若しくは独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第3小法廷
 裁判長裁判官 大野正男
 裁判官 園部逸夫
 裁判官 千種秀夫
 裁判官 尾崎行信
 裁判官 山口繁


(平成7年(オ)第1105号 上告人 株式会社ワールドファイナンス)

上告代理人吉弘正美の上告理由
 原判決は、左記の理由により破棄されるべきである。
第1点 原判決には、不正競争防止法1条1項2号に定める営業表示の周知性に関する、解釈、適用の誤りがあり、かつ判例違反及び採証法則並びに経験則の違反があるから破棄されるべきである。
1 原判決は、営業表示が「本法施行の地域内において広く認識せらるる」とは、「営業表示が日本全国で周知であることを要せず、一地方に於いて周知であれば足りる」という最高裁判所昭和34年5月20日判決に違反するものである。
 即ち、不正競争防止法の周知性認定に関する、一定の地域において周知であれば足りるとの周知性認定の要件としては、
(1) 不正競争防止法1条1項2号の周知性を認定する場合には、先ず同一又は類似表示使用者の営業地域において営業主体を示す表示として周知であることを要する(大阪高裁昭和38年8月27日判決―本家田辺屋事件―判例タイムス793号12頁)
(2) 第2に同一又は類似表示の使用者の顧客層において周知であることを要する(大阪高裁昭和38年8月28日判決―前掲判決〈「決」は「例」の誤〉タイムス13頁)。これがないときは被上告人の請求は棄却されることになる。また同一又は類似表示の使用者が小売業者であって、その顧客が末端消費者のみである場合には譬え営業主体の表示が卸売或いは小売業者の間で周知であるとして末端消費者の間で周知でなければならない(前掲判決〈「決」は「例」の誤〉タイムス14頁)。また、一部の範囲で周知であると認められるとしても、使用禁止を求める側(上告人の側)の顧客の範囲で周知でなければならない。周知でないときは被上告人の請求は棄却されることになる(大阪高裁昭和38年2月18日判決―判例時報335号43頁、東京高裁昭和63年3月29日判決―無体財産判例集20巻1号98頁)。
 右の各判例の示すところに従って、本件の原判決の当否を判断すると、(1)については、一応肯定されているが、(2)については、何らの判断もしていない。従って要件欠缺の判断と言わざるを得ない。明らかな判例違反である。
 そもそも、全国的に周知性を獲得した営業表示というのは、「三井」「三菱」「住友」「カネボウ」といった大会社の営業表示であるとか、それ程大会社でなくとも例えば万年筆の「パイロット」の如く商品分類においては、万年筆と言えば「パイロット」と言われる程、全国あまねく一般に認識せられているような営業表示を言うのであって、被上告人の「ワールド」という営業表示の如きは、あまりにも漠然としていて、何の営業表示であるのか判らず、また東京都において数箇所のビルや店舗を設けたり、僅かな時間に宣伝放送した程度や業界紙に多数広告を出した程度の原判決が列挙した程度では、到底全国あまねく一般に認識せられているような営業表示に到達しているとは認め難いものである。この程度で全国的に周知性だとするならば、全国至る所に全国周知企業が生じることになり、不正競争防止法の救済を巡っての紛争を防止することはできなくなるものと言わざるを得ない。
 更に、原判決は、全国という不必要な地域での被上告人の営業表示の周知性を詮議した反面、上告人の営業地域である「首都圏を中心とする関東一円の地域」に於いて、被上告人の営業表示が周知性を獲得していたか否かという、必須の要件の吟味を脱落している。不正競争防止法が要求しているのは前述のごとく、あくまで相手方企業の営業地域において、差し止めを求める企業の営業表示が周知性を獲得していることであるから、本件にあっては、上告人の営業地域に於いて、被上告人の営業表示が周知性を獲得しているか否かの判断がなされなければならないのに、この判断を脱漏している違法な判決と言わざるを得ない。
 本件のような事件では、被上告人の営業表示「ワールド」が同業の「カネボウ」のような周知性を有していないことは明らかであるから、単に全国的に周知だという理由だけでは上告人の営業地域である「首都圏を中心とする関東一円」に於いて周知性を有することにはならないのである。
 前記のように、被上告人の営業表示が全国的に周知性を獲得したという判断そのものが誤りであるが、それを暫く置くとしても、仮に原判決の言うように被上告人の営業表示が昭和57年に全国的に周知性を獲得したとしても、それをもって直ちに上告人の営業地域においても周知性を獲得したとは言えない。
 本件の事実関係においては、首都圏を中心とする関東地区において、昭和57年当時は、上告人の企業は、被上告人に比し
@ 支店の数において圧倒的に多い
A 営業所、店舗の数においても圧倒的に多い
B 広告塔、看板類の設置数においても圧倒的に多い
C 上告人の顧客層は広く一般人であるのに対し、被上告人のそれは服飾業の問屋に限られ、一般人ではない
D 被上告人の業種は服飾業に限られ、上告人の業種である消費者金融業界に及んでいない。しかも、上告人の業界では上告人の営業表示の知名度は抜群である
 との事実が証拠上明らかであり、これらの事実関係からすれば、上告人の営業地域において被上告人の営業表示が周知性を獲得しているとは到底認められないのに、かかる見地からの検討をしなかったため重大なる事実誤認をしたものと言わざるを得ない。
 原判決は、周知性認定の前提となる不正競争防止法の解釈、適用を誤ったものと断ぜざるを得ない。
 以上のように、被上告人は、その営業表示の周知性について、上告人の営業地域に於いてそれを有する旨の立証が充分なされていない本件にあっては、認定そのものが誤りである。おそらく、関東一円の地域の一般の人々に被上告人の営業表示である「ワールド」と上告人の営業表示である「ワールド」とのいずれが周知性を有するかのアンケートを取ったならば、首都圏を中心とする関東一円に於ける「ワールド」の周知性は被上告人のそれを上回ることは必然の結果となるものと思われる。しかし、被上告人の営業表示が上告人の営業表示を上回ることの立証責任は、被上告人の側にあることは勿論である。この点においても原判決は、破棄を免れない。
2 原判決は、本件営業表示の周知性につき、不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの)1条1項2号の解釈、適用に誤りがあり、かつ民事訴訟法における採証法則違反があって破棄されるべきである。
 原判決は、被上告人の営業表示に周知性ありと判断し、その理由として「被上告人の様<「様」は「営業のよう」>に、卸売する商品の主力が服飾関係の製品であって、商品事態<「事態」は「自体」>の品質を通じて取引者、<「,」は「・」>需要者に与えるイメージ性が最も重視される営業においては、上告人の主たる営業である消費者金融業における宣伝活動と自ず<「自ず」は「はおのず」>から異なり、自己の商品や<「その」を挿入>ブランド或<「或」は「ある」>いは自己の商品の小売店自体の評価を高めることに重点を置き、商品の流通を通じて、自己の営業表示が<「,」を挿入>取引者・需要者の間に徐々に浸透して認識され、周知性を獲得するに至ることは<「は」は「が」>、むしろ周知性<「周知性」はトル>本来的な周知性獲得の経路であると<「,」を挿入>経験則上認められる」として被上告人の営業表示「ワールド」の営業表示の周知性を認定した(判決理由第二の1)。
 原判決は、被上告人の主張のみに基づいてワールドなる商品タック、洗濯ラベル(下げ札)は、当初から被上告人の販売商品に付けられていたと認定している。これは、上告人が被上告人の商品を販売する小売店にはワールドなる営業表示がないことを指摘した(このことは被上告人は自認している)後に、急に提出した下げ札について、上告人は最近のものについて慌てて下げ札をつけたものであると指摘したのにかかわらず、その点について何らの証拠調べもせず、しかも被上告人の陳述及び前記ラベルの存在のみに基づき、客観的な証拠によらず、当初から下げ札がついていたと認定した。
 当初からその下げ札がついていたかは、本件の周知性認定にとっては重要なことであり、かかる認定は民事訴訟法に定める自由心証主義の枠組みを越える、採証法則違反の違法なものである。
 第1審判決後、被上告人はその小売店にワールド商品である旨の表示をしたことは明らかな事実であるが(この点も上告人は、控訴審で指摘した)、それにもかかわらず、かかる認定をした根拠はない。その上、被上告人の売上高(これは、上告人が指摘した通り、卸売及び子会社の売上高を計上した累積的なものである)に目を瞑り、肝心の被上告人の営業表示であるワールドの表示を下げ札という消費者の目につかず、注意を払わないものに周知性認定の根拠としているものであって、違法極まりないものである。
 従って、原判決の云う経験則は、一般論としては兎も角、本件の周知性判断に当たっては妥当しない。右認定に際しては、被上告人の営業表示ワールドが営業開始当初から使用されていたことが大前提になっているのであるから、この点についての立証がなされていない本件にあっては、まさに採証法則違反が明らかである。原判決はこの点においても破棄を免れないものである。
 被上告人は、営業開始当初から、商品のブランド名を高める宣伝広告をしていたが、肝心のワールドの営業表示は、イメージダウンすることを恐れて、あえて使用しなかったものである(このことは被上告人は控訴審で自認している)。
 かかる重大な事実があるのに、原判決は、前記のように下げ札によって、周知性を認定したのは、本末転倒する明らかな経験則違反の判断と云わざるを得ない。
第2点 原判決は、不正競争防止法1条1項2号の営業表示の類否及び誤認混同の有無についての解釈・適用を誤り、かつ審理不尽の違法があり、破棄をされるべきである。
一 原判決は、いわゆる広義の混同説に基づいて[営業分野や営業形態の相違を超えての混同を包含するから、上告人の主張する営業分野の相違や一般消費者の上告人の営業の関わり方は、上告人の従前の営業表示「ローンズワールド」から「ローンズ」を削除して「ワールド」としたことによって、誤認混同の可能性が増大することはありえないとの上告人の主張を退け、また上告人の営業表示の先使用の抗弁を排斥し、その理由として、上告人の営業表示が首都圏においてある程度一般的にかなり認識されていることは第1審判決の認定するとおりであるとしながらも現在においても被上告人の営業表示との間に誤認混同を生ずる余地がないほど独自の識別力を有するものとして広く認識されるにいたっていることは、本件全証拠によっても認められない]として、上告人の主張を排斥した。
二 右の原判決の判断は、被上告人の営業表示が「ワールド」というありふれた標章を構成要素とする表示については、その要部の抽出やそれ故また、類否の判定や混同のおそれの認定において、一般の事例とはことなった考慮を必要とするにかかわらず、これを無視し漫然と広義の混同説を安易に適用した結果、誤った判断をしたものである。
1(1)上告人と被上告人の営業分野の違いや、営業表示の字体、配色、使用態様の相違にかかわらず営業表示の混同のおそれを肯定し、
(2)上告人の営業表示を構成する「ワールド」が普遍的な標章であって、一般的には識別力が乏しいと見られるにかかわらず、営業混同のおそれを肯定し、
(3)上告人の営業表示が関東地区でかなり認識されるようになっているにかかわらず、被上告人の営業表示との併存を認めることなく、営業混同のおそれを肯定している。
 このように、混同のおそれを否定する方向に働く要因を悉く排斥することにより、上告人の使用による営業混同のおそれを肯定したところに原判決の誤りがある。
 本件の如き「ワールド」等というありふれた普通名詞は不正競争防止法の適用除外の営業表示である。たまたま、被上告人の商号が登記されていたからといってこの理は変わらない。被上告人の営業表示が、「ソニー」とか「ニッサン」とか或いは被上告人の同業であり、かつ最高裁の判例が云う、所謂多角的経営をしている「カネボウ」等の有名な周知性を有する営業表示である場合には首肯しうるが、被上告人のようなありふれた普通名詞を営業表示にした場合には、妥当ではない。何故ならば、かかる用語は、現在では到底商号として登記され得ないものだからである。この点を置くとしても、かかる普通名詞の営業表示は、本来自由に使用し得るのが原則だからである。従って、その営業表示の誤認混同を判断するに当たっては、慎重にかつ営業の自由競争を阻害しない方法でなされなければならない。原判決のような認定によれば、被上告人と全く関係がないゴルフやテニスにおけるワールドカップ(世界選手権)の表示も差し止めの対象となり、不合理極まりない結果となるであろう。このことは誰の目にも明らかである。
2 ありふれた普通名詞の場合には、仮に広義の混同説を取っても、その他の差異である字体、色彩等を充分に吟味してなされるべきであって、狭く解すべきは、理の当然と言うべきである。
 かかる見地から本件の営業表示の誤認混同について判断するならば、この場合には呼称、観念が同一であるということはあまり重要ではなく、色彩、図形、字体等を充分に吟味してその点の判断がなされなければならない。
 本件にあっては、原判決が正当に判断しているように、被上告人の営業表示は、所有又は入居するビルの屋上、壁面、入り口付近や近隣の街路、スポーツ施設に掲示されているものは、青字に又は緑地の白抜き、白地に青、設置場所の背景の色の地に白、図形は青、文字は白等の配色であるのに対し、上告人の営業表示は、殆とが赤地に白抜き文字であり、字体もある程度異なるという差異があると判断しているのであるから、素直にその差異を認め、両営業表示に誤認混同はないと判断すべきであるのに、被上告人の営業表示が周知性を既に獲得しているという誤った判断を前提として、こじつけの誤認混同のおそれを認定したものである。
 被上告人の営業表示と上告人の営業表示の字体や配色の相違は、一般的に云っても混同のおそれを否定する方向に働く有力な事実である。特に「ワールド」のように識別力に乏しい表示の場合は、字体や配色における比較的僅かな相違にも取引関係者は敏感に反応するものである。本件のように原判決が正しく認定しているように上告人の営業表示の字体や配色は被上告人のそれとは相当に異なったものであるから、この事実を無視した原判決は、経験法則に著しく反するものであるから、その認定を維持することは困難であり破棄を免れないものというべきである。
3 営業表示が本件のようにありふれた普通名詞の場合には、業種の違いや顧客層の相違によって、慎重に判断すべきであるのに、最高裁の広義の混同理論に基づく判例があるからと言って、安易にこれに追随し混同を認定することは許されない。何故なら、営業表示とは、文言のみを要素とするものではなく、その一体性は、より広く、その字体や配色に及ぶものと考えられるからである。
 被上告人ほどの企業が街の消費者金融に手を染めたという誤認が取引関係者間に簡単に生じるものではない。まして上告人の営業表示である「ワールド」と混同が生じていないことは、上告人が主張し、立証した通りで、上告人の顧客層には全く混同が生じておらず、一方被上告人が混同事例として証拠を提出したものは、全て自社の顧客に頼んで書いたものや、自社の社員の供述であって、何れも客観的な証拠価値を有しないものである。
 原判決は被上告人の営業表示を構成する「ワールド」が普遍的な標章であって、一般的には識別力が乏しいと見られているにかかわらず、営業混同のおそれを肯定すべき論拠としているものを要約すれば
@ 表示の普遍的併存により混同のおそれが排除されるためには、上告人以外にも他に被上告人と同程度以上の企業か、少なくとも広く社会に認識されている企業がその種の表示を使用していることが必要であり、
A そのような企業が他に存在しない場合には、上告人が被上告人と同一表示を使用するには不自然なほど小規模な企業でなければ混同のおそれは排斥されないということになる。
 @のように表示の普遍的併存の意味に限定的に解釈すること、Aのように上告人企業規模の大小を問うことが妥当であろうか、
 仮に原判決の判旨がこのようなものだとすれば、それまで小規模であった企業が一人だけ競争状態を抜け出して規模を拡大した場合は、表示の使用を禁止されることになる。本件はまさにこれに当たる。この結論に無理があることは明らかであろう。
 取引関係者は、上告人の営業表示に接したとき、被上告人が消費者金融に進出したと誤認するよりも、上告人が群小事業者の域を抜け出して営業規模を拡大したと認識する可能性がより高いと云い得るはずである。判例には、企業規模が小さいことを混同否定事例として指摘するもの(大阪大一ホテル事件―大阪地裁昭和48年9月21日判決―無体財産判例集5巻2号321頁)がある一方企業規模が小さくても混同のおそれが否定されることはないとするもの(公益者事件―昭和53年6月20日―無体財産判例集10巻1号237頁)がある。
4 原判決は、上告人の営業表示「ワールド」と被上告人の営業表示「ワールド」の周知地域は、首都圏において重なり合っていることを認定している。このような場合両表示間の権利処理は次のように行われるべきものと考える。
(1) 上告人の営業表示が首都圏において周知性を取得する以前から被上告人の営業表示が周知性を取得しており、かつ被上告人の営業表示がそれを上回っている場合、即ち、被上告人の営業表示が周知性を取得した後に、上告人の営業表示が首都圏に及んで来たが、その周知性は現在のところ被上告人の営業表示の周知性の域に達していないという場合には、上告人の営業表示はその使用を差し止められるのは原則である。
 但し、本件のように、被上告人の営業表示が首都圏に周知となる以前から上告人の営業表示が善意で使用されていたときは(被上告人の営業表示が未周知の段階で上告人の使用が開始されるわけだから、上告人の営業表示の使用は善意である)上告人の営業表示のため不正競争防止法2条1項4号(平成5年改正前)により善意先使用権が成立する。従って、被上告人は上告人に対して混同防止表示の付加使用を求めることは出来ても、上告人の使用行為自体の差し止めは出来ないものとなる。
(2) また、被上告人が首都圏において周知性を取得したのは、上告人の営業表示の周知性取得の後の事であるが、被上告人の営業表示の周知性は現在上告人の営業表示のそれを上回っている場合、即ち、上告人の営業表示が首都圏において周知性を取得した後に、被上告人の営業表示の周知性が首都圏に及んで来て、その後被上告人の営業表示が上告人の営業表示の周知性を上回ってしまった場合である。この場合も周知性の低い上告人の営業表示は、被上告人の営業表示と混同されるおそれが発生するので、上告人の営業表示の使用は差し止められるかのようであるが、右(1)の善意使用権の規定の趣旨に鑑み、そのように解するのは妥当ではないことは明らかである。
 また上告人の営業表示の「ワールド」は、被上告人が周知となる以前から単に善意で使用されていただけでなく、使用されて周知でもあったわけであるから、その既得権的利益に鑑み、被上告人は上告人に対して、混同防止表示の付加使用を求めることが出来ないと解すべきである。この場合、首都圏において被上告人の営業表示「ワールド」と上告人の営業表示「ワールド」の両者が併存する結果になるが、それが本件にとって最も妥当な結論であると云わざるを得ない。(前掲大阪地裁の大阪大一ホテル事件は、この併存を認めている。判例時報1467号214頁―本件の第1審判決の判例批評)
5 更に原判決の判断の誤りは、被上告人は、現在本業以外には殆ど他の分野に進出していないのに将来多角的経営をする可能性があるから、上告人の営業表示と被上告人のそれとは混同のおそれが拡大したと認定しているが、前述のように、現実に実質多角的経営をし、混同が生じているなら兎も角、将来の可能性のみで営業表示の混同を判断することは到底許されることではない。これは広義の混同説の拡大解釈であって、社会の経済活動の実態を無視した違法な解釈と云わざるを得ない。原判決は、この点についての審理が尽くされておらず、かつ、経験則にも違反する判断であるから、原判決は破棄されるべきである。
結語 以上、いずれの理由によっても、原判決は破棄を免れないものである。
 よって、原判決を破棄し、被上告人の本件請求を棄却する判決をお願いする次第である。
 以上
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