判例全文 line
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【事件名】「レオナール・フジタ展」カタログ事件
【年月日】平成元年10月6日
 東京地裁 昭和62年(ワ)第1744号 著作権侵害差止等請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同 古木睦美
右訴訟復代理人弁護士 高木佳子
同 那須克己
被告 株式会社アート・ライフ
右代表者代表取締役 Y
右訴訟代理人弁護士 丹沢三郎

 右当事者間の昭和62年(ワ)第1744号著作権侵害差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。


主文
1 被告は、別紙第2目録記載の書籍を印刷、製本及び頒布してはならない。
2 被告は、その所有する別紙第1目録記載の絵画、彫刻及び模型を撮影したフィルム、第1目録記載の絵画、彫刻及び模型の印刷用原版並びに同第2目録記載の書籍を廃棄せよ。
3 被告は、原告に対し、347万0920円及びこれに対する昭和62年2月20日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告、その余を被告の各負担とする。
6 この判決は、右1ないし3に限り、仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文1及び2同旨
2 被告は、原告に対し、2800万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 右1及び2について仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1(一) レオナール・フジタ(以下「レオナール」という。)は、別紙第1目録記載の絵画、彫刻及び模型(以下「本件著作物」といい、その著作権を「本件著作権」という。)の著作者である。
(二) 原告は、レオナールの妻であるところ、レオナールが昭和43年1月29日に死亡したことにより、唯一の相続人として、本件著作権を含むレオナールの全財産を相続により承継取得した。
2(一) 被告は、昭和61年10月頃、別紙第2目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に本件著作物を複製して掲載し、同書籍を頒布した。そして、被告は、現に、本件書籍を印刷、製本及び頒布するおそれがある。
(二) 本件著作物を撮影したフィルム(以下「本件フィルム」という。)及び本件著作物の印刷用原版(以下「本件原版」という。)は、いずれも専ら前記侵害行為の用に供されたもの、本件書籍は、前記侵害行為を組成したものであって、これらの廃棄は、前記侵害の予防に必要である。
3 被告は、前記本件書籍の頒布行為が本件著作権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、昭和61年10月頃、本件書籍を2万部頒布したものであるところ、損害の額と推定される右侵害行為による利益の額は、本件書籍1部当りの定価1900円から作成原価500円を控除した1400円に右販売部数2万を乗じた2800万円である。仮に右主張が理由がないとしても、原告は、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができるところ、右の本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、本件書籍1部当りの定価1900円の10パーセントの額に実際の販売部数1万8268を乗じた347万0920円であるから、原告は、少なくとも右額の賠償を請求することができる。
4 よって、原告は、被告に対し、本件著作権に基づき、本件書籍の印刷、製本及び頒布の差止め、本件フィルム、本件原版及び本件書籍の廃棄、損害賠償金2800万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)の第1文の事実は認め、同2(一)の第2文及び同2(二)の事実は否認する。
3 同3のうち、本件書籍1部当りの定価は認め、同書籍の販売部数は1万8268部の範囲で認め、その余の事実は否認する。
三 抗弁
1 本件書籍は、次に述べるとおり、著作権法47条に規定する小冊子に該当するので、被告の行為は、原告の本件著作権を侵害しない。
(一) 被告は、本件著作物の原作品の所有者から、本件著作物をその原作品により公に展示することについて同意を得た者である。
(二) 本件書籍は、昭和61年10月31日から同62年4月5日までの間に、東京、大阪、京都、広島及び福岡において開催された被告主催のレオナール・フジタ展(以下「本件展覧会」という。)の観覧者のために、同展覧会に展示された本件著作物を含むレオナールの作品の解説又は紹介をすることを目的として発行された。本件書籍は、本件展覧会の観覧予定人数の範囲内の部数だけ発行されたが、このことは、本件書籍が専ら観覧者のために頒布されるものであることを示している。
(三) 本件書籍は、レオナールの作品中、本件展覧会の展示作品のみを掲載しているが、本件展覧会及びレオナールの作品の紹介又は解説を前段に、図版部を中段に、「レオナール・フジタ年譜」等の資料を後段にそれぞれ配置して、本件展覧会の意義並びにレオナール及びその作品の全体像が浮かび上がるよう構成している。また、図版部には、鑑定書と共に本件著作物を掲載しているが、各作品ごとに、題名、著作年、画材、彫刻・模型の場合には材質、手法、署名の有無・位置・態様、作品の大きさ、作品の所有者名等の資料的事項を例外なく記載している。そして、別紙第1目録25、28、29、69、74、75及び90記載の作品については、特別の説明文を付している。
(四) 本件書籍は、規格240o×240o、紙質はアート紙、装丁はフランス装、総頁数は143頁であり、また、本件著作物の複製形態は、最大でも右規格に納まる程度の縮小されたもの、複製枚数113枚、複製頁数89頁であって、これらの内容は、美術展において一般に小冊子として著作権者の許諾なしに観覧者に複製頒布されているカタログと同一であり、鑑賞用として市場で取引される画集のように独立の市場価値を有するものではない。
2 被告は、昭和60年頃から、東洋と西洋を結ぶ非凡な創造的芸術家であるレオナールの生誕100年を記念して、日仏文化交流を推進し、フジタ芸術を讃え紹介しようと、展覧会の開催を企画し、その準備を進め、昭和62年2月頃には、本件展覧会開催の実施可能性が見えてきたので、原告に対し、本件展覧会開催及び展覧会用カタログの発行についての許諾を、礼を尽くして丁重に要請したが、原告は、理由もなくこれを拒否した。被告は、原告に対し、著作権料相当額の謝礼金の支払いを提示するなど、更に協力を要請して交渉を続けたが、原告は、これをかたくなに拒否した。本件展覧会は、日仏両国美術界の一大催事であり、フランス側名士の協賛を得た国際的文化問題であるので、被告は、本件展覧会の開催を放棄することはできず、予定どおり開催した。本件書籍は、このような本件展覧会の観覧者のための出展作品の解説又は紹介を目的として発行された抗弁1のとおりの書籍であって、同書における本件著作物の複製及び同書の発行は、文化的所産の公正な利用であるから、著作権の恣意的行使によってこれを妨げる原告の本訴請求は、権利濫用であり許されない。
四 抗弁に対する原告の認否及び反論
1 抗弁1及び2は否認する。
2(一) 本件書籍は、次に述べるとおり、小冊子に該当しない。
(1) 本件書籍は、144頁であり、そのうち図版部は、98頁を占め、その中に130点の作品が複製掲載されているが、解説の付された作品は、このうち7点のみである。
(2) 本件書籍は、上質のアート紙を用い、表裏表紙は厚手の上質アート紙を用い、金色の装丁が施されており、また、本件著作物の複製形態は、最小55o×80oで、大部分は1頁の半分以上の大きさを有し、ほぼ原寸大のものも8点存するが、これらの点も含め、本件書籍は、鑑賞用として市場で取引される画集と比べ内容的に遜色なく市場価値を有するものである。
(二) 原告の本訴請求は、権利濫用に当たらない。すなわち、美術展の開催には、最低2年間程度の準備期間が必要であるのであるから、被告が真摯に原告の許諾を求めるのであれば、右準備期間の当初の段階でこれを求めるべきであるのに、被告は、開催のほとんど直前になって協力を求めたのであって、被告が真摯に許諾を求めたとは考えがたく、当初から本件展覧会の開催を強行するつもりであったことは明らかである。ところで、原告は、被告から協力を求められて後、調査したところ、被告は、昭和57年のダリ展において、ダリの拒否の手紙を承諾の手紙に変造するなどして展覧会を強行したことを知った。原告がこのような被告の協力の求めを拒否したのには、正当の理由がある。
第3 証拠関係
 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
1 請求の原因1及び同2(一)第1文の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、まず、抗弁1について判断する。
 著作権法47条は、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第25条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる旨規定するところ、その趣旨とするところは、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、これらの著作物を公に展示するに際し、従前、観覧者のためにこれらの著作物を解説又は紹介したカタログ等にこれらの著作物が掲載されるのが通常であり、また、その複製の態様が、一般に、鑑賞用として市場において取引される画集とは異なるという実態に照らし、それが著作物の本質的な利用に当たらない範囲において、著作権者の許諾がなくとも著作物の利用を認めることとしたものであって、右規定にいう「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子」とは、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小型のカタログ、目録又は図録といったものを意味し、たとえ、観覧者のためであっても、実質的にみて鑑賞用の豪華本や画集といえるようなものは、これに含まれないものと解するのが相当である。この点について更に敷えんすると、右の「小冊子」に該当するというためには、これが解説又は紹介を目的とするものである以上、書籍の構成において著作物の解説が主体となっているか、又は著作物に関する資料的要素が多いことを必要とするものと解すべきであり、また、観覧者のために著作物の解説又は紹介を目的とするものであるから、たとえ、観覧者に頒布されるものでありカタログの名を付していても、紙質、規格、作品の複製形態等により、鑑賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものとみられるような書籍は、実質的には画集にほかならず、右の「小冊子」には該当しないものといわざるをえない。
 これを本件についてみるに、成立に争いがない甲第1号証によれば、(1)本件書籍は、規格240o×240o、紙質はアート紙、装丁はフランス装、表裏表紙は厚手の上質アート紙を用いた金色の装丁、総頁数は143頁であり、また、本件著作物の複製形態は、最大のものが右規格に納まる程度に縮小されたもの、最小のものが55o×80o、大部分が1頁の半分以上の大きさ、原寸に近いものが8点、複製枚数113枚、複製頁数89頁であること、(2)本件書籍は、レオナールの作品中、本件展覧会の展示作品のみを掲載し、本件展覧会及びレオナールの作品の紹介又は解説を前段に、図版部を中段に、「レオナール・フジタ年譜」等の資料を後段にそれぞれ配置して構成し、また、図版部には、鑑定書と共に本件著作物を掲載し、各作品ごとに、題名、著作年、画材、彫刻・模型の場合には材質、手法、署名の有無・位置・態様、作品の大きさ、作品の所有者名等の資料的事項を例外なく記載し、7点の作品については説明が付されていること、以上の事実が認められる。そして、成立に争いのない甲第3、第4、第5号証の各1、2、第6号証、第7号証の1、2、第8号証、第9号証の1、2、それぞれ「カラーブックス足立美術館」、「カラーブックス日本の画家―近代洋画」、「中国への旅 東山魁夷小画集」、「アートギャラリーブックス足立美術館」、「新潮美術文庫モディリアーニ」、「新潮美術文庫ロートレック」、「クリムトのデッサン」、「クレーの素描」であることについて争いのない検甲第1ないし第8号証によれば、本件書籍と同程度又はそれ以下の規格、紙質、作品の複製形態等を有する書籍が、鑑賞用の画集として市場で取引されている事実が認められる。以上認定の事実によれば、本件書籍は、実質的にみて鑑賞用として市場で取引されている画集と異なるところはないから、著作権法47条の規定に関する前説示に照らし、右規定にいう「小冊子」に該当するものとは認められず、したがって、被告の抗弁1は採用するに由ないものといわざるをえない。この点に関して、被告は、本件書籍の内容は、美術展において一般に小冊子として著作権者の許諾なしに複製頒布されているカタログと同一であり、鑑賞用として市場で取引される画集のように独立の市場価値を有するものではない旨主張するところ、成立に争いのない乙第1号証、第7号証の2、第9、第12号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第7号証の1、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第2ないし第6号証、第8、第10、第11号証、それぞれ「デュフィ展のカタログ」、「パスキン展のカタログ」、「キスリング展のカタログ」、「シスレー展のカタログ」、「ユトリロ展のカタログ」、「マネ展のカタログ」、「藤田嗣次〈「次」は「治」の誤?〉展のカタログ」、「ムンク展のカタログ」、「ジャコメッティ展のカタログ」、「マン・レイ展のカタログ」、「国吉康雄と近代ヨーロッパの名画展のカタログ」、「フォロン展のカタログ」、「アンリ・ルソーの夜会展のカタログ」、「ヘンリー・ムーア展のカタログ」、「ミロの世界展のカタログ」、「ターナー展のカタログ」、「鈴木信太郎展のカタログ」、「フランシス・ベーコン展のカタログ」、「松本竣介展のカタログ」、「写真の系譜U 大正期の細密描写」、「ミュンヘン近代美術展のカタログ」、「ガラス100年フランス・ドームの栄光展のカタログ」、「北海道の美術展のカタログ」、「世界現代ガラス展のカタログ」、「日本のガラス造形・昭和展のカタログ」、「1950年代展のカタログ」、「1960年代展のカタログ」、「1970年以降の美術展のカタログ」、「井上武吉新作展のカタログ」、「現代美術の40年展のカタログ」、「ひろしま美術館常設展のカタログ」、「近代日本画の名作展のカタログ」、「フランス近代絵画名作展のカタログ」、「レオナール・フジタ画集」、「デュフィ画集」、「キスリング画集」、「シャガール画集」、「マネ画集」、「ヘンリー・ムーア画集」、「ミロのリトグラフ画集」、「ルノワール画集」、「福岡県立美術館開館記念特別展のカタログ」、「高島野十郎展のカタログ」、「イギリスのニードルワーク展のカタログ」、「現代デザインの展望展のカタログ」、「ヨーロッパのレース展のカタログ」、「京都の日本画1910・・1930展のカタログ」、「今日のジュエリー世界の動向展のカタログ」であることについて争いのない検乙第2ないし第42号証、第44号証の1、2、第45ないし第50号証を総合すると、本件書籍と同程度ないしそれ以上の規格、紙質等を有するカタログが、著作権者の許諾を受け、あるいは許諾を受けないで、展覧会や美術館において、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とするものとして頒布されていること、美術館関係者や美術専門家の中には、著作権法47条の規定にいう「小冊子」の概念は、社会環境の変化、観覧者の要求等によって当然変わるものであって、その実情に照らすと、昨今のカタログは、右の小冊子に該当するものと解すべきであるとする意見を有する者があることが認められる。右認定の事実によれば、現に、本件書籍と同程度ないしはそれ以上の規格、紙質等を有するカタログの少なくとも一部は、著作権者の許諾を受けないで、展覧会等において、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とするものとして頒布されているという実情にあると認められるが、実情がそうであるとしても、著作権法47条の規定の趣旨に関する前説示によると、右のカタログをもって右規定にいう「小冊子」に該当するということはできず、したがってまた、許諾を受けていないということも、事実上そうであるというにとどまるものといわざるをえず、かえって、右のようなカタログが右の「小冊子」に該当するとすれば、右規定の趣旨とするところに反して、著作物を公に展示する者に対し、著作権者の許諾なしに著作物を本質的に利用することを許す結果となることを認め、著作権者の利益を不当に害することになるものというべきであって、社会環境の変化、観覧者の要求等から、昨今のカタログが本件書籍程度ないしはそれ以上のものになってきたという事実を著作権法47条の規定の解釈に当たって考慮するとしても、本件書籍のように実質的にみて観賞用として市場で取引されている画集と異ならないようなものまでも、右の「小冊子」に該当するものと解するときには、著作権者の利益を不当に害することになって、右規定の趣旨に反することになるものというほかはなく、したがって、被告の右主張は、採用することができない。
3 次に、抗弁2について判断する。
 被告は、原告に対し、本件展覧会の開催及び展覧会用カタログの発行について許諾ないしは協力を要請してきたが、原告は、理由もなくかたくなにこれを拒否したものであるが、本件書籍における本件著作物の複製及び同書の発行は、文化的所産の公正な利用であるから、著作権の恣意的行使によってこれを妨げる原告の本訴請求は、権利の濫用であり許されない旨主張するので、審案するに、成立に争いのない乙第14ないし第21号証によれば、被告は、昭和61年2月から同年9月までの間、原告に対し、被告主張の要請をしてきたことが認められるところであり、また、前認定の事実によると、本件書籍における本件著作物の複製及び同書の発行は、レオナールの著作物の解説又は紹介を目的とするものであって、文化的所産の利用に関するものであるということができるが、原告は、本件著作物の著作権者として、被告主張の要請に応じるか否かの自由を有するものであり、その要請に必ず応じなければならないとする理由はなく、また、文化的所産の利用であれば、それが著作権の対象であっても任意になしうるというものでもなく、かえって、著作物の利用を許諾するか否かは著作権者の任意になしうることであるところ、その反面、被告主張の事実が被告の行為を正当化するものとも認められないから、原告が許諾なしに本件著作物を利用した被告に対し本訴請求をすることは、何ら権利の濫用に当たらないものといわざるをえない。また、本件記録上、その他原告の本訴請求が権利の濫用に当たるものと認めるべき立証は存しない。したがって、被告の抗弁2も、採用の限りでない。
4 以上の認定判断を総合すると、特に反証のない本件にあっては、請求の原因2(一)第1文及び同2(二)の事実を認定することができる。
5 次に、原告の損害賠償の請求について判断するに、前項までに認定したところによれば、被告は、少なくとも過失により本件著作権侵害行為をしたものと認められるところ、原告は、損害の額と推定される利益の額について、定価から作成原価を控除した額である旨主張するにとどまる。しかし、書籍の出版には、一般に作成原価のほか、広告費、人件費等の諸経費を要するところ、これら経費をも控除した額をもって利益の額であると解すべきである。そうすると、諸経費に関する主張立証のない本件にあっては、結局、右利益の額を認定することができない。そこで、次いで、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額の主張について検討するに、本件書籍の定価が1900円であり、実際の販売部数が1万8268部である事実は、当事者間に争いがなく、そして、成立に争いのない乙第21号証及び弁論の全趣旨によれば、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、本件書籍の定価の10パーセントの額が相当であると認められるから、その総額は、計算上347万0920円となる。
6 結論
 以上のとおりであるから、原告の請求は、本件書籍の印刷、製本及び頒布の差止め、本件フィルム、本件原版及び本件書籍の廃棄、損害賠償金347万0920円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和62年2月20日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条、92条本文、仮執行宣言について同法196条1項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清永利亮
 裁判官 設楽隆一
 裁判官 長沢幸男


(別紙)第一目録
1 「パリの高架鉄道」 1917年 個人蔵
2 「凧あげ」 1917年頃 個人蔵
3 「横たわる二人と鳩」 1917年頃 パリ 【C】氏蔵
4 「腰かける二人の少女と鶏」 1917年頃 個人蔵
5 「鳥かご」 1917年頃 個人蔵
6 「若い娘とバラ」 1917年頃 パリ 【C】氏蔵
7 「花に水をやる女」 1917年頃 パリ 【C】氏蔵
8 「読書する若い娘」 1918年パリ 【C】氏蔵
9 「黒シャツを着た男の子」1918年 パリ 【D】夫人蔵
10 「二人の少女」 1918年頃 ジュネーブ プチ・パレ美術館蔵
11 「カーニュ風景」 1918年頃 個人蔵
12 「カーニュ風景」 1918年 スイス 【E】氏蔵
13 「ビセートルの門」 1918年 【F】氏蔵
14 「涅槃」 1918年頃 個人蔵
15 「お茶をもつ三人の娘」 1918年頃 【F】氏蔵
16 「聖母子」 1918年 パリ 【C】氏蔵
17 「キリストの磔刑」 1918年頃 個人蔵
18 「キリストの降誕」 1918年 個人蔵
19 「聖母子」 1918年頃 ヴァチカン美術館蔵
20 「桃の枝」 1917年頃 【F】氏蔵
21 「白い酒壺とバラ」 1918年頃 【F】氏蔵
22 「アネモネ」 一九一八年頃 個人蔵
23 「栗色と金髪と赤毛の少女たち」 1920年 個人蔵
24 「若い娘と鏡」 1922年 パリ 【C】氏蔵
25 「私の部屋、目覚し時計のある静物」 1921年 パリ ジョルジュ・ポンピドウー芸術文化センター、国立近代美術館蔵
26 「バラのある静物」 1922年 ツウエルン=アイジンベル画廊蔵
27 「横たわる裸婦」 1922年 フランス ニーム美術館蔵
28 「私の部屋、アコーデオンのある静物」 1922年 パリ ジョルジュ・ポンピドウー芸術文化センター、国立近代美術館蔵
29 「友情」 1924年 リブルヌ美術館蔵
30 「自画像」 1924年 ブリュッセル 個人蔵
31 「自画像(慈善病院のベッドにて)」 1924年 個人蔵
32 「パイプを吸う自画像」 1926年頃 ツウエルン=アイジンベル画廊蔵
33 「画家の肖像」 1927年 【G】氏蔵
34 「作家自作の肖像マスク」 1931年頃 個人蔵
35 「聖母子」 1924年頃 個人蔵
36 「ソファーに腰かける少女」 1924年 個人蔵
37 「少女と子狐」 1924年 パリ レバノン・フランス銀行蔵
38 「女ともだち」 1925年 スイス 【E】氏蔵
39 「裸婦座像」 1925年 ル・アーブル アンドレ・マルロー美術館蔵
40 「裸婦」1927年 パリ ギャラリー・ギニエ画廊蔵
41 「女ともだち」 1926年 個人蔵
42 「女ともだち」 1926年 ジュネーブ プチ・パレ美術館蔵
43 「アンナ・ド・ノワイユの肖像(油絵のための下絵)」 1926年頃 パリ 【C】氏蔵
44 「アンナ・ド・ノワイユの肖像」 1926年頃 パリ 【C】氏蔵
45 「若い女性の肖像」 1927年 個人蔵
46 「エレーヌ・ベルトロの肖像」 1927年 個人蔵
47 「眠れる女」 1928年 個人蔵
48 「二人の裸婦」 1929年 パリ ジョルジュ・ポンピドウー芸術文化センター、国立近代美術館蔵
49 「少女と猫」 1929年 フランス 個人蔵
50 「おさげの少女」 1929年 フランス 個人蔵
51 「インク壺のある静物」 1929年 個人蔵
52 「寝そべる猫」 1925年【H】氏蔵
53 「犬」 1929年頃 パリ市近代美術館蔵
54 「跳びかかる猫」 1933年頃 パリ市近代美術館蔵
55 「ライオンと女調教師」 1930年 ジュネーブ プチ・パレ美術館蔵
56 「若い女性の肖像」 1931年 個人蔵
57 「母と子」 1933年 ベルギー ヴュイスト美術館蔵
58 「日本の子供」 1936年 個人蔵
59 「少女像」 1934年 個人蔵
60 「中国の赤ん坊」 1934年 個人蔵
61 「満州(旧)の女」 1934年 個人蔵
62 「公衆浴場の入口」 1935年 個人蔵
63 「フランス人形と日本人形」 1935年 【I】氏蔵
64 「満州(旧)の男」 1934年 個人蔵
65 「メイ」 1939年 スイス 個人蔵
66 「若い女性の肖像」 1939年 個人蔵
67 「若い女性の肖像」 1939年 個人蔵
68 「白い帽子の女(胸像)」 1939年 個人蔵
69 「カフエ」 1949年 パリ ジョルジュ・ポンピドウー芸術文化センター、国立近代美術館蔵
70 「少女と猫」 1950年 パリ 【D】夫人蔵
71 「二人の少女」 1950年頃 パリ 【D】夫人蔵
72 「母と子」 1950年 個人蔵
73 「パリの小さな広場」 1950年頃 個人蔵
74 「エドガー・キネ・ホテル」 1950年 パリ カルナヴァレ美術館蔵
75 「花河岸、ノートル=ダム・ド・パリ」 1950年 パリ ジョルジュ・ポンピドウー芸術文化センター、国立近代美術館蔵
76 「フォークを持つ少女」 1951年 パリ 【C】氏蔵
77 「ピンクのリボンの少女」 1951年 パリ ダニエル・マラング画廊蔵
78 「女性の肖像」 1951年 個人蔵
79 「【J】の肖像」 1952年 パリ 【J】氏蔵
80 「雉子のある静物」 1952年 個人蔵
81 「少女と猫」 1952年頃 個人蔵
82 「寝そべる猫」 1952年 個人蔵
83 「少女と猫と犬」 1952年 【K】氏蔵
84 「母と子」 1952年 パリ市近代美術館蔵
85 「母子像」 1952年 個人蔵
86 「少女と子供」 1952年 パリ市近代美術館蔵
87 「少女と鳥」 1952年頃 個人蔵
88 「ジャン・ロスタンの肖像」 1955年頃 パリ市近代美術館蔵
89 「ジャン・ロスタンの肖像」 1955年 パリ カルナヴァレ美術館蔵
90 「少年像」 1956年 個人蔵
91 「少女像」 1956年 個人蔵
92 「少女とコーヒー挽き」 1957年フランス カーニュ=シュル=メール城砦美術館蔵
93 「少女と果物」 1958年頃 個人蔵
94 「【L】夫人とその娘たち」 1957年 スイス 【L】氏蔵
95 「カフェの中(サン・ジェルマンのビストロ)」 1958年 パリ市近代美術館蔵
96 「聖母子」 1959年 ランス サン=ドニ美術館蔵
97 「聖母子」 1959年 個人蔵
98 「少女と鳩」 1960年 パリ 【D】夫人蔵
99 「黄色い帽子の娘」 1961年 パリ 【M】氏蔵
100 「少年像」 1961年 個人蔵
101 「少年像」 1961年 個人蔵
102 「少女像」 1961年 個人蔵
103 「少女像」 1961年 個人蔵
104 「少女とパン」 1966年 パリ 【D】夫人蔵
105 「キリスト」 1966年 ジュネーブ プチ・パレ美術館蔵
106 「作家自作のノートル・ダム・ド・ラ・ペ礼拝堂の模型」 1966年 ランス シャンパーニュ・ムーム社蔵

(別紙)第二目録
 被告の編集、製作、発行の「生誕一〇〇年記念 レオナール・フジタ展 L´eonard Foujita」と題する書籍
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